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第一部:第四章 ラーソルバールの休暇(前編)

(四)名代②

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 税率は王都と同じく収入の二割。その四分の一が国税、残りが地方税、つまり領主の取り分となっている。だが、表向きとは異なり、地方税のほぼ全てが自衛団の運営や、食料備蓄、村の整備費用に充てられている。
 ミルエルシ家に入る金は、微々たるもので、お手伝いのマーサに給与を払えばほぼ残らない。
「村長のお言葉が、皆の総意だと受け取ってよろしいですか?」
 その場に居る全員が、無言で頷いた。
「では、本件は独断で処理させて頂きます」
 村長宅で対策の取り決めを行うと、ラーソルバールは即座に出立する旨を伝えた。
 自衛団の団長と交代人員でやって来た一人を護衛とし、フェスバルハ伯爵邸のある街、ランデラに向け、出発した。

 馬での移動で約半日。食事休憩を挟んで夕方の頃の到着予定となる。
 年齢的にも体格的にも、まだ一人で馬に乗るのは危険ではないか。周囲のそんな不安をよそに、ラーソルバールは一人で馬に乗る事を選択した。乗馬は元々不得手ではないし、騎士学校で実習機会が増えたこともあり、人並みにはこなせる自信があった。
 しかし、その考えが甘かった事を、この後痛感することになる。
 道中は天候にも恵まれ、特に問題が起きることも無かったのだが、さすがに長時間の乗馬は体力的に厳しかったようで、ランデラに到着する頃にはふらふらになっていた。
 下馬した後も足どりは怪しく、街の入り口で身分証明をする際も、肩を支えられながらという有り様で、門番に本気で心配されてしまった。
 伯爵邸への取次ぎの間が、良い休憩になったが、それが無ければ伯爵の前でどんな醜態を晒していたか知れない。ラーソルバールは過信することの怖さを思い知った。
 伯爵の邸宅前まで案内されると、執事らしい男性がラーソルバールらを出迎えた。
「事前のご連絡の無いご来訪、如何なる御用にございましょうか」
「父、クレストの名代で参りました。ラーソルバール・ミルエルシで御座います。伯爵様に急ぎご相談したき件がございます。失礼の段、御容赦下さい」
 ラーソルバールは頭を下げると、懐から短剣を取り出した。
 国王から爵位を与えられる際に、証として長剣と短剣が下賜される。爵位によって装飾は異なるが、いずれも王家の紋様が刻印されており、これを所持している事が、名代の証ということになる。
 執事はそれを確認すると、厳しい表情を改めた。
「中で少々お待ち下さい。主に確認して参ります」
 待たされる間、応接室で待つように指示され、侍女達に武器を預けると、応援室へ通される。護衛についてきた自衛団の二人は、別室に待機ということになった。

 あまり待たされる事もなく扉が開くと、がっしりとした体格の初老の男性が現れた。
「久しいな、ラーソルバール嬢」
 優しさと豪快さを内包したような声が、広い室内に響く。
「フェスバルハ伯爵様も、お元気そうで何よりでございます。本日は急な申し出にも関わらず、お目通り叶いましたこと、感謝致します」
 ラーソルバールは胸に手をあてると、深々とお辞儀をする。
「堅苦しいのはいらん。して、急ぎの用件とは何かな。息子の嫁に来る件、ついに決心されたか?」
 伯爵は子供のように、悪戯っぽい笑顔を浮かべると、困った様子のラーソルバールを見つめた。
「いえ、その件は後々…」
「なんと、つまらん。そなたのような賢く美しい娘であれば、私も安心して隠居できるに」
 冗談に本気の部分が混ざって、何処まで素直に受け取って良いやら分からない。伯爵は豪気で飾り気の無い人柄だと知っているし、そういう人物は好ましく思う。
「身の丈以上の評価をしていただいているようで……、恥ずかしくて隠れてしまいたい思いです」
 とりあえずここは、笑顔でさらりと切り抜けようと決めた。
「で、本題だが」
 伯爵の顔つきが変わる。柔和な表情は消え、伯爵としての威厳のある、やや厳しいものに変わった。
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