《くすぐり》設定別ショート・ショート

柊一郎|くすぐり小説

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満員電車でのくすぐり我慢

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「ドラえもんてさ。微妙に浮いてるらしいよ」

 直斗が、瑠夏の真後ろから話し始める。

「ふーん。なんで?」

 瑠夏がスマホを弄りながら応答する。

「なんでっていうか……公式がそう言ってるんだよ」

「じゃあ便利じゃん。高いとこにあるもの取ったり」

「いや、浮いてるの3ミリらしいから。ただ、靴を履かなくても足が汚れないだけだから」

「……」

「……」

 2~3秒の間が空いたのち、直斗と瑠夏は顔を見合わせて、小さく、ぷっと吹き出した。

**

 二人は、割と混んでいる電車に乗って、大学の授業に向かっていた。終了までに入室さえすれば単位が貰えるコマなのでサボるわけにもいかず、通学という無駄時間に少しでも色を添えようと、こうしてしょうもない会話を繰り広げている。退勤ラッシュと重なってしまい、電車は満員に近かった。

 入学当時から仲が良く、図書館、学食、喫煙所など、色々な場所で二人で時間を潰している。家も近いので、通学すらも待ち合わせることが多く、謂わば学内パートナーのようなものであった。

 特段付き合っている訳でもなく、肉体関係もない。しかし距離が遠いわけでもない、ファジーな関係性であった。

 実を言うと瑠夏は、直斗のことが少し気になっているのだが、この心地良い関係性が崩れるのが嫌で、素で(なんなら少しぶっきら棒に)接している。

 今日の話題の出発点は「ドラえもん」であった。満員電車内なので、周りに迷惑にならないよう小声で話す。

**

「ドラえもんてさ。ポケット付けてるよね」

 大体いつも、直斗が話を振る。

「うん、付けてるね。ほぼ存在意義の」

 瑠夏は割とクールキャラを貫いているが、根はいい娘であることを、直斗は知っている。

「いや、本体に失礼だろ。でもあのポケット欲しいよね」

「欲しいね」

「だいたいの道具入ってるしね。生き物も入れるし」

「……いや、だめだよ確か」

 と、瑠夏がボソっと反論する。

「え、なに」

「中に生き物が入ったりしたとき、くすぐったがる描写がままある」

 直斗がおぉ~っ、と反応する。

「割とコアな設定知ってるね」

 瑠夏は少し得意になって続ける。

「しかも獄門疆 裏 的な要素あったでしょ。別ポケットからいつの間にか生き物が入ってて、突然お腹がくすぐったくなるとか怖すぎる」

「いや、なんで同じくお腹に付ける想定なんだよ」

「そこ崩したら議論にならないでしょ」

 瑠夏は見た目とは裏腹に、真面目なタイプなのであった。

「そもそもあれはドラえもんがくすぐったがりであるという設定であって、別にポケットがそういう仕様という訳ではないだろ」

「私もくすぐったがりだもん」

--瑠夏の真面目な性格が裏目に出た。

 直斗は、意外な感を抱き、へぇ、と呟いた。

 瑠夏は、しまった、と思った。直斗の性格はよく知っているはずなのに……。

「え、そうなの?瑠夏が?」

 直斗はにやにやしながら耳元で訊いてくる。直斗のイタズラ好きな性分が刺激されていた。

「え、いや別にそこまでではないんだけど」

 直斗はちらっと、瑠夏の着ているジャケットの両サイドに、それぞれポケットがあることを視認した。

 瑠夏はその一瞬の挙動を見逃さなかった。

「これは四次元ポケットではない」

「検証の必要がある」

「いや、ない」

 そんな問答をしているうちに、直斗の両手は、いつの間にか瑠夏のジャケットの両ポケットに這入っていた。

「……あのね、指動かしたら承知しないわよ」

**

 停車中の主要駅で、乗客がもっと増えたような気がする。大学の最寄りまであと3駅ほどであった。

「ここ、電車よ。人もいっぱいいるのよ、変態」

「いや、初耳だったからさ。本当かなって。丁度ポケットあったし」

 後ろからポケットに手を突っ込んでいる格好のため、なんだかバックハグされているような感じであり、瑠夏は少しドキドキしたが、直斗にバレてはいけない。そんなことより、この時点で両わき腹がソワソワする。

 直斗の指が、瑠夏のわき腹にそっと触れた。

「ひっ!」

 瑠夏の小さな悲鳴は、ドアが閉まるドアにかき消された。

「今、声出した?」

 直斗が意地悪っぽく指摘する。瑠夏はふるふると首を横に振って、少し縮こまっている。直斗の指がまた動き出す。ポケット越しに、こすこすとわき腹を擦る。

「--っ、ふっ」

 瑠夏は本当にくすぐりに弱かった。小さい頃から自覚しており、小学校の時分、クラスでくすぐりあいっこが流行った際などは、本当にしんどかったのを覚えている。

 直斗の指がポケットの中でモゾモゾと動き、わき腹にくすぐったい刺激を与えてくる。

「うふふ……くく……やば……、直斗やめ……」

 なんといっても満員電車、周りに人がたくさんいるのだ。こんなところで爆笑するわけにもいかない。恥ずかしすぎる。

「あ、これは弱いね。ふふ、これは面白いことを知ったね」

 直斗は完全に楽しんでいる。

 指はポケットから出て、今度はジャケットの内側に侵入し、ブラウスの上に着地した。外から見ると、ジャケットに隠れて直斗の手は見えない。そのまま柔らかいサテン生地の上で、直斗の指が軽く踊り出す。

 こうなるともうただのくすぐりの刑である。瑠夏にとっての甘い地獄が始まった。

**

「くふふふふふ……はふ、あは、んんっ」

 直斗は一応、周りの迷惑になってはいけないので、くすぐり方を調節していた。瑠夏が笑うか笑わないかのラインを見極めて、絶妙な刺激を与えているのだ。

 瑠夏の声が出そうになると、タッチを弱める。慣れてくる前に、他の場所にトコトコと移動する。直斗は、天性のイタズラっ子であった。

「どう?これは笑っちゃう?」

 わき腹から少し上に登り、あばらのあたりをくるくると刺激する。

「あはっ……ふ……」

「これは大丈夫だよね?」

 背中に近いわき腹を撫でる。

「ちょっと、もう」

「ここは笑っちゃいそうだから、触らないでおくね。おっとごめん手が滑った」

 おへそに指を入れる。

「っっははは……」

 耳元で囁かれながらくすぐられ、瑠夏は恥ずかしいやらくすぐったいやら、最小限に身悶えしながら堪え忍ぶ。くすぐったいくすぐったいくすぐったい……それしか考えられなくなり、ポケットの話など疾うに忘れ去っていた。

 一方直斗は、この異様な状況に少しだけ興奮してきており、やりすぎている自覚はあるものの、どうしても瑠夏に対する加虐心が抑えられなくなっていた。

 直斗の指は、とうとう約束の地、わきの下に潜り込んだ。

 瑠夏は、これまでの我慢が噴き出すように、周りの注目を浴びるほど、大声で笑ってしまったのであった――。

**

 授業中、瑠夏はずっと膨れていた。満員電車で突然爆笑した女になってしまった。

「なあ、こちょこちょ手袋って道具知ってる?」

「あとさ、くすぐりノミってのがヤバくて……」

「マジックおなかとかあるぞ!」

 電車を降りてから、直斗はGoogleで検索しながら、瑠夏にずっとくすぐり関連の話を振りまくってきたのであった。完全に反応を楽しんでおり、不愉快この上ない。

 今晩の飲みでは潰してやると、瑠夏は心に誓ったのであった。

-fin-

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