《くすぐり》設定別ショート・ショート

柊一郎|くすぐり小説

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フェチ可視化メガネ

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「飯館さん、くすぐりが好きなの?」

 飯館美香は、好きな男子から突然に質問され、凍結されたように固まった。かいたことのない汗が吹き出し、身体中を伝う。

 賢介のメガネ越しには、美香の頭上に、"くすぐり"と表示されている。

ーー突拍子もないが、これは、疑いようのない、大変興味深い事実であり、二人の邂逅であった。

**

ーside賢介ー

 嶺岸賢介が高校三年生の夏ーー父親が経営する会社のひとつであるAIベンチャーのCOOから、こっそり連絡があった。

 彼はまだ34歳で、ノリや考え方が若々しく、賢介ととても仲が良かった。よく遊びに連れて行ってくれるし、高校の話を楽しそうに聞いてくれる。しかも色恋やエロ寄りの話も、サッパリと笑って語れるーー近所の気の良いお兄さん的な感じだった。

 今回は、雑な手紙と共に、一本のメガネが届けられた。見たところ普通のメガネであるが……。

ーー賢介よ。素晴らしいメガネができた。他者の性的嗜好を可視化できるのだ。AIがその人間のフォルムを読み取り、ビッグデータとの突合で個人を特定し、WEBの検索履歴などを……おっと、ここからは明かせないな。とにかく良いメガネだ。賢介にこれをやるから、蓋然性をレポートしてくれ。インタビューと、あとは出来れば行為のフィードバックも欲しいな。もちろん女子に対してだ。なに、まあまあモテる君なら造作もないだろう。以下にFormsリンクを記載するーー

 ……なんだか違法性が垣間見えた気がするが、とにかく最高のメガネだと、賢介は思った。さっそく明日からこのメガネをかけていこうと、枕元に大事に置いたのであった。

**

 翌朝、メガネをかけて外へ出ると、町往く人々の頭の上に、性的嗜好が表示されている。圧巻であった。賢介は取扱説明書を確認し事前にフィルターをかけており、10~30代の女性のみ表示させるようにしていた。

 ……これは決して他意がある訳ではない。親を含めた身の回りの大人たちや、野郎どもの性的嗜好など、知りたくもないからだ。賢介が高校生ということを鑑みると、割と広めのゾーン設定と言える。

 あの信号待ちをしている大学生は……血管。何フェチ?と訊かれた女子の半数が言うというアレか。実在するんだな。

 あそこの若い夫婦……主従関係……どっちがどっちなのであろうか。

 あの大人しそうなOL……ラバー?……ゴム……が何なんだ。

 あ、クラスメイトの佐竹さん。医療……ふうん……なかなか……コアだな。

 賢介はそのメガネの魅力に取り憑かれていった。学校に着くと、周りの同学年の女子たちが集まってきた。眼鏡姿が珍しかったということで、どうしたのとか、似合うねとか、そんなような事を言われた。

 賢介は、そこそこの容姿を持ち、成績も運動もそこそこということで、そこそこにモテていた。

 しかし本人は全く意に介さず、とにかく同級生のフェチをくまなく見ていくことに執心していた。本来なら隠しておきたいであろう核となる部分ーーそれが自分にだけ見えていることに、賢介は興奮する。

 賢介は、生粋の変態なのであった。

 余談だが、教育実習の先生の頭上には、"完全拘束"と表示されていた。社会に縛られたうえに、ベッドの上でも身動きを……やるな……と賢介は小さく頷いた。

**

 賢介は、隣のクラスの飯館美香を探していた。理由はズバリ気になる女子だからである。

 以前賢介が資料室に、担任の遣いで物を取りに行った時のことーー飯館が突然資料室から飛び出してきて出会い頭にぶつかった。振り返ると、飯館はなぜかスカートを履いておらず、ブレザーを腰に巻きながら顔を真っ赤にして、「お洒落でしょ!」と言い走り去ってしまった。

 また、賢介が購買でパンを買おうと並んでいた時のこと。よく見ると飯館がなぜか購買のおばちゃんの横でパンを売っており、そのことを疑問に思って問うと、「人違いです」と言いながらスッと影に隠れてしまい、それ以降出てくることは無かった。

 それ以外にも奇行が目立ち、大変に興味を引かれる存在なのであった。

 飯館は隣のクラスの机に座って弁当を食べていた。変態・嶺岸は、飯館の頭上に掲げられている"くすぐり"の文字に、強烈に興味を掻き立てられた。

 思わず本人に直接聞いてしまうほどにーー。

**

ーside飯館ー

「飯館さん、くすぐられたいの?」

 お気に入りの具を最後に残す派の美香は、楽しみにしていた焼売を、口に放り込むところであった。

 好きな男子が、自分の顔を覗き込みながら、とんでもないことを訊いてきた。口をあんぐりと開けたまま、「……はひ?」と訊き返す。

 美香は、くすぐられるのが好きであった。小学生の頃、体育館倉庫でマットに包まれ、簀巻きの状態で複数人に足の裏をくすぐられたことがきっかけであった。

 動けないのに、沢山の指が、自分の足の裏に群がっている。

 くすぐったい。

 強制的に笑わせられる。

 いやと言うのに、笑っているから伝わらない。

 自分の顔が紅潮していくのが分かる。

 いわゆる悪戯のようなもので、ものの数分で終わったのだが、美香の脳裏には深く焼きついた。好きな男子がその場にいて、「こちょこちょ弱いんだな」と肩を叩かれたことも、恥ずかしさと悔しさが相まって、性的倒錯に繋がったと自覚している。

 それから中学~高校とある程度の恋愛をしてきたが、自分の身体をくすぐってもらえる(?)ようなシチュエーションは無かった。たまに同級生がふざけてわき腹をくすぐってきたりして、嬉しくてちょっと大袈裟に反応したりしても、すぐに終わってしまう。

 消化不良。

 なので、嶺岸が再度、「だからさ、くすぐられるのが好きなの?」と質問してきた際、

「はい、好きです……」

 と自白してしまったのであった。

**

 賢介は美香からその答えを受け、COOからの宿題であるインタビュー対象として選定することとした。

 繰り返すが、賢介は変態である。美香にそもそも興味を持っており、くすぐりという特殊な嗜好にも興味を持ったため以外の何でもなく、ある意味では当然の選択と言えた。

 美香は美香で、賢介のことが気になっていた。ちょっと好きと言ってもいい。

 以前資料室から出た際に、賢介と勢いよくぶつかった。ちょっとしたクラスの流行りに乗っかり、その日はスカートを短めに履き、ブレザーを腰に巻いていたのだが、

「……スカート忘れてきたの?」

 と意味のわからないことを言われ、咄嗟に「いやお洒落だから!」と反駁し逃げてきたことがあった。

 また、購買でまとめてパンを買い、それぞれの友達に渡していると、突然嶺岸から声をかけられ、

「就職したの?早くない?」

 と意味のわからないことを言われ、誰かと勘違いしていると思い、そのままフェードアウトしたこともあった。

 それから変な人だなと思いつつ、よく視界に入るようになり、いつの間にか気になる存在になっていたのであった。そんな賢介がなぜか自身のフェチを言い当ててきたことに驚き、もしかしたら賢介も同じなのかしらと、微妙に期待してしまった。

**

 賢介が場所を移そうと提案し、普段誰も来ない階段の踊り場で、二人は腰を下ろした。美香はもうドキドキである。どうやら、くすぐりについて質問をさせて欲しいということであった。これまた意味がわからないが、賢介にならと、全てをさらけ出してみることにした。

 それでは質問を始めますーーと賢介が何やらスマホにメモを取り始めた。

「あらためて、くすぐられるのが好き?」

「……うん。」

「どんなふうに?」

「うーん……足の裏とか、お腹とか……こちょこちょされるのが好き」

「なんで?」

「なんでって……うーん、くすぐったい感覚も嫌いじゃないし、どちらかというと、無理矢理笑わされてるカンジがよくて」

 なるほど、と賢介は言い、スマホに色々と書き留めている。

 美香は、恥ずかしすぎて顔から火が出そうであったが、賢介と話せるのが嬉しくて、また普段誰にも言えないことを、言葉にして誰かに話していることに興奮も覚えており、嫌な気持ちはしなかった。

「笑っちゃうのがいいんだ」

「そう……だね。」

「どこが弱い?」

「……足の裏と、多分だけど、おへそのあたり」

「なんで分かったの?」

「昔されたことあったし……おへそは、自分で触ってもくすぐったいから」

「少しくすぐってみてもいい?」

ーー???

 美香は、え、あの、と言いながら、顔を赤くして戸惑う。いまから?うそでしょ?

 賢介はまっすぐな目で美香を見据えている。くすぐられてみたいーーそう思ってしまった。

「ちょっとだけなら……」

「そうこなくちゃ」

**

 美香は上履きを脱ぐように言われ、恥ずかしがりながらそっと脱ぐ。両足を、賢介の膝の上に乗っける格好になった。

 賢介は、それでは、と言い、美香の足の裏、土踏まずのあたりに指をあてがった。

 まだ指を動かしてもいないのに、たしかなくすぐったさとなって、美香の身体を駆け巡った。

「あはははっ」

階段の踊り場に、美香の笑い声が反響する。

「だいぶ弱いんだね」

 冷静な言い振りが、逆に刺さる。賢介の指が、細かく動き出す。

「うん、だから言って……あははっ、うふふはははっ!いやっ、くすぐったい」

 まあ、くすぐってるからね、と賢介は冷静に続行する。今度は指の付け根あたりに指を集中させ、びくびくと動く足の裏を追跡するように、こちょこちょとくすぐってくる。

「いやははははっ、無理っ、そこ弱いっふふふ、きゃあはははっはは……」

 つま先からかかとまで、また足の甲まで、縦横無尽にくすぐってくる。

 恥ずかしさとくすぐったさが混じり合う。この異様なシチュエーションも、美香を興奮させる。ちょっとパンツも見えていたが、美香は気づいていない。

 突然ソックスを剥かれて、両足とも裸足にされ、直接こちょこちょとされる。

「ちょっ、きゃはははっ!だめ、裸足はやばい、あはははははっ、くすぐったい……!」

 明らかに笑い声が大きくなっている。誰かに聞こえてはいけないと、我慢しようとする。我慢できずに吹き出す。その繰り返し。

「さすがにおへそは無理?」

 賢介がくすぐりながら質問してくる。

「それは恥ずかしっあははははっ……あーっはっはっは……おへそはだめ!」

「このまま裸足を延々とくすぐられるのとどっちがいい?」

 なんと不自由な選択だろうかと、美香は身悶えしながら少し切なくなった。

「おへそっ……ははははっ……おへその方がまだマシですっ」

 裸足にされてからのくすぐったさは、美香の思い出よりも鋭く、堪え難いものであった。目の前の刺激から逃げる意味でも、とりあえずで不本意な回答をしてしまった。

「了解」

 そう言うや否や、美香の後ろに回り込み、お腹のあたりを弄りだした。色々な意味で、堪らない。

「あははははははっ、ちょっと……そこじゃなっ……きゃはははっ、そこわき腹だって!分かってるくせに……あはははっ、ちがう、もっと内側の方っっ」

 なぜか自分で自分の弱点に誘導しているような格好になり、おかしくて笑いそう……と思ったが、その前にくすぐりで笑わされていた事に気づいた。ーー私は何を言ってるのだろうか。

 賢介の指が、ブラウスの上を踊っている。たまに脇の下の方に冒険してくる。いじわるすぎる。とうとうおへそのあたりをこちょこちょとしだして、美香は笑いの渦に飲み込まれた。

「あはははっーーあはは、きゃははは、ダメだ、やっぱダメ、そこは死んじゃうかもっ」

 身体が熱を持って、自身の意思とは関係なく動いてしまう。苦しくて、逃げたい。この逃走本能は本物であった。

 やめてほしいけど、続けて欲しい……この矛盾は、永遠のテーマであった。

**

 階段の下の方から話し声が聞こえた気がして、二人はくすぐりプレイ(?)を中断した。

「どうだった?」

 賢介が、またスマホを取り出してメモしている。

「いやもう……大変くすぐったかった……です」

 そこからくすぐられた場所ごとの感想を聞かれて、恥ずかしいやら何やら……。しかし意外にも、二人の会話は弾み、最初はぶっきら棒に話していた賢介も、美香との会話に魅力を感じていた。

「じゃあ今度、裸足で試してみない?」

 という賢介の提案は、もうインタビューとは関係がなかった。

 二人が付き合ったらしい、という噂が学年に出回るまで、そうかからなかったそうだ。

 ちなみに、メガネは開発段階で様々な方面からストップがかかり、製造はされなかったそうだ。
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