6 / 41
第5話 会議室での秘めゴト side若菜
しおりを挟む「おっ、えらいな。星海ちゃん。今日は手作り弁当か?」
私はお弁当を食べる手を止め、顔を上げた。
ーーこの声はーー吉野先輩だ。
急にドキン、と胸が鳴る。
告白前に玉砕したとはいえ、やっぱり私はまだ、吉野先輩が……。
『好き』
と、心の中でさえ、思っていいのか戸惑いがある。だって今は、雅貴のカノジョだから。
「は、はい。今日はお弁当なんです」
「お料理女子、いいな」
「そんなことないですよ」
ーーうう。本当は私が作ったんじゃないんです。
と言えたらどれだけ楽か。
罪悪感から、ぐうっと肩に重みが乗しかかる。
そして。
先輩と話すのは、やっぱり緊張する。
「吉野先輩、今日は社食なんすね」
私たちのテーブルに来て声を掛けたのは、雅貴だった。
営業仲間なだけあって、先輩のクールな顔つきはふわりと柔らかくなる。
「おう、鈴木。調子はどうだ? 最近営業成績いいじゃないか。頑張ってるな」
営業の話で盛り上がるイケメン2人。
気づいてないのかな? 2人とも。
食堂にいる女子も、男子も。
2人に釘付けになってるって。
今この瞬間の2人の写真に撮ったら、買う人がいそうなくらいだよ。
なんて変なことを考えてしまう私。
と、そんなことよりも。
気がかりなのは、状況上、お弁当のお礼が今言えないところ。私が絞り出した言葉は、
「あ、雅貴」
だけだった。
「おう。水澤さんもお疲れ様」
「鈴木くんも、お疲れ様~」
「鈴木はいつも気さくでいいな。同性ながら、感心するよ」
と、吉野先輩が言う。
褒め言葉なのに、雅貴の顔が少しかげった気がした。気のせいかなぁ。
「若菜、食べ終わったら時間もらえるか? 休み中に申し訳ないんだけど、ちょっと相談したいことがあって」
「う、うん。いいよ」
「空いてるA103の会議室で待ってるから」
「わかった」
「すみません、先輩方、若菜借りてきます」
「それはいいんだが、鈴木、顔色悪いぞ。夏バテしないようにな」
「あ、ありがとうございます」
雅貴、具合悪いのかな?
お弁当作るために、無理して早起きしてくれたのかな。会議室でお礼、言わないと。
私も急いで片付けて、雅貴の後を追った。
◆ ◆
ーーひゃあああああああナニコレナニコレナニコレエエエエエエェェェ!
「ええと……雅貴? 会議室に来たのはいいんだけどね? この体勢は何?」
私、会議室に入ったら、雅貴に壁際にトンって急に押されて、完全に雅貴の中にすっぽり入るかのように、ガードされてる。
これって、まさかこれってーー。
壁ドンってヤツ~⁉︎
今までご縁なんてなかったよ~!
身体中から、汗が吹き出しそう。
あっ、私汗臭くないかな。
大丈夫かな。
汗でメイクも崩れてそうだし……。
ていうかそんなことよりも(いや、これも重要だけど)、ナニコレナニコレ! どういう状況っ⁉︎
「何って、若菜は俺のだっていうのを若菜に知ってもらうためにやってるんだけど?」
ーー心臓が、ドキン、と鳴る。
『俺のモノ』……。
モノ扱いされてもドキドキするなんて、まさか私ってMだったの? そうなの?
「でっ、でも……」
「大丈夫。鍵かけてるから誰も来られないし、この位置からじゃ誰からも見えない」
そうかもしれないけど。
すっごくすごく、顔と顔の距離が近い。
「あ……のね……、顔、近……」
「うん。わかってる」
雅貴はもっと顔を近づけてきた。
それも私の、耳元に……。
雅貴の、吐息がかかる。
身体が、じぃんとあつくなる……。
「さっき吉野先輩と話してただろ? これは、そのお仕置きだ」
「お仕置きって、大したことしか話してないよ?」
「それでも、だーめ」
ーー『だーめ』ってなぁに? そんな言い方する人だったっけ雅貴って。急に子犬キャラ?
しかも耳元で囁くなんて。
なんか身体が、ゾクッてする。
どうしよう、足まで震えてきちゃった。
震えてるのバレたら恥ずかしいな。
雅貴、今何考えてるんだろ。
じーっと私のこと、見つめてきて。
私、わたし……。
私、本当に身体があつくって……もう……
「まさ、たか……。私、もう……」
……さすがに限界……!
「今度また吉野先輩と話したら、お仕置きするからな」
と言って、耳に軽くキスされた。
ちゅって。
背中が急に、ぞくりとする。
「キャッ! 雅貴、何するの……」
「若菜は俺のだっていう、マーキング」
「うぅ~」
もう、ダメ……。
足から崩れ落ちそうになる私を、腕と腰を支えてくれた雅貴。
極めつけはーー
「今日も可愛い。好きだよ、若菜」
ーーうう。認めます、多分私、Mです。
「……うう。押し、強いよ」
「知ってる。ホントは唇にキスしたいけど、俺、我慢してるから」
「ええっ」
ーーキーンコーンカーンコーン
ここで、始業のチャイムが鳴った。
た、助かった……。
「さ、俺は行くな」
「会議室、もう少し使えるように予約してあるから、その真っ赤な顔、おさまってから来いよ? 水澤さんには、俺が伝えとく」
「な、なんて言うの?」
「今若菜は身体が熱いから来られませんって」
やめてやめて、それは困る!
恥ずかしくて出勤できなくなっちゃうよ!
「や、やめてよ~」
やばい。
緊張とか、ドキドキとか、身体があついのとか、全部ひっくるめて、涙が出そう。
「嘘だよ。ちょっと雑務お願いしたから、時間かかるかもって言っとくから」
「うん……、わかった」
「じゃあな」
「うん、また、後で……っと、その前に」
雅貴は私の左手を取って、甲に軽く口付けた。
「ひゃあっ!」
「ふはっ! いい声イタダキマシタ! それじゃな」
私はついに、ずるずると壁沿いに腰を抜かしてしまった。
そんな私を見て、不敵な笑みをクスリと浮かべて。雅貴は足早に会議室を出て行ってしまった。
しぃんと静まる会議室。
余計に私の鼓動は大きく聞こえる。
壊れちゃったみたいに。
「会議室にまだ使って大丈夫って言ってくれたけど、始業時間過ぎてるし急いで戻らないと。でも……」
相変わらず、ドキドキはおさまらないし。
きっと顔も真っ赤だろうな。
「葵になんて言って誤魔化そう……」
◇
「おかえり若菜! 大丈夫だった? なんの内容だったの?」
「ええと……雑務のお願い、かな……」
葵は頬杖ついて私をじーっと見つめる。
「ふーん。そういうことに、しといてあげる」
「ええっ?」
もしかして、なにか察した? 察したの?
恋愛初心者の私、前途多難です……。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる