可愛い姉より、地味なわたしを選んでくれた王子様。と思っていたら、単に姉と間違えただけのようです。

ふまさ

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 何事かと馬車が止まり、馭者と護衛の男が血相をかえて馬車の扉を開けた。中には「早く、早くとって!」と叫ぶヒューゴーに、やけに冷静に「わかりましたから、じっとしていてください」と答えるリネットの姿。リネットが開け放たれた扉の向こうにある空間に向かって、ヒューゴーの肩にのっていた蜘蛛を手ではらった。

「とりましたよ」

「ほ、本当か?」

「はい。何なら、その人たちに聞いてみてください」

 ヒューゴーは、ちらっと馭者と護衛の男二人を見た。護衛の男が「あ、ああ。はい。確かに、殿下の肩についていた蜘蛛は、リネット様が外にはらわれましたよ」と戸惑い気味に答える。ヒューゴーは、ようやくほっとしたように息を吐いた。それから、じっとリネットに視線を向けた。

「……虫、怖くないの?」

「好きではないですが、怖くはないです」

「……男のくせに、情けないって思っただろ」

 ぷい。そっぽを向くヒューゴー。誰かにそう言われたのだろうか。

「いいえ? 誰にだって、苦手のものの一つや二つ、あるものでしょう?」

 事も無げに答えると、ヒューゴーはぽかんと口を開けた。

「……そう思う?」

「はい。実際、わたしのお父様も虫が大の苦手ですよ?」

「そうなんだ……」

 小さく呟くヒューゴー。やけに大人しくなったなと思いつつ、リネットは今がチャンスだと口を開いた。

「あの。ここからならお屋敷も近くなので、わたしはここで失礼したいのですが」

 焦ったのは、ヒューゴーの護衛の男だった。

「そ、そんな。きちんとお屋敷までお送りしないと、私どもが叱られます」

(……そうよね)

 あまりにヒューゴーと一緒の空間が嫌で思わず言ってしまったが、考えてみれば、貴族の令嬢が一人で外を移動するなど、許されるはずもない。

「そうですね。困らせてしまい、申し訳ありません。では、お屋敷までお願いします」

 頭を下げるリネットにほっとした男たちは、すぐに馭者席へと移動した。再び、馬車がゆっくりと動きはじめる。

「何でここで馬車を降りようとしたの? 何処か寄りたいところでもあった?」

 不思議そうに首をひねるヒューゴー。あなたと一緒に居たくないからですとも言えず、リネットは返答に困った。

「……いいえ、お気になさらず。それより、先ほどの答えですが。わたしはヒューゴー殿下に好かれようとは思っていませんし、今すぐにでも婚約解消したいと思っています」

 ヒューゴーは「な、なにそれ」と、身勝手にも傷付いた表情を浮かべた。

「ヒューゴー殿下がお好きなのは、お姉様でしょう? ご両親に反対をされて辛いのはわかりますが、わたしにはどうすることもできません。ですからどうか、ご自身でご両親を説得されますよう」

 深々と頭を下げるリネット。ヒューゴーはぐっと唇を引き結ぶと、顔を背け、黙ってしまった。やけに長く感じた道のりを経て、ようやく屋敷に着き、リネットが馬車から降りた後も、ヒューゴーはずっとそっぽを向いたままだった。

(……怒らせてしまったかしら。でもこれで、わたしに声をかけてくることはもうないわよね)

 リネットは声をかけることなく静かに頭だけをさげ、さっさと屋敷に入った。

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