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「わたしに用とは、何でしょうか」

 馬車に揺られ、ヒューゴーと向かい合いながらリネットが訊ねる。ヒューゴーは何やらご機嫌斜めといった様子で、口を開いた。

「……兄上が、父上と母上に、話した。僕が間違って、きみに婚約を申し込んでしまったこと」

 リネットは「……はあ」と答えながら、まだ話してなかったのかという呆れと、それをキースが伝えてくれた嬉しさで、ごっちゃになっていた。

「全部。全部話したから、僕は父上たちに、叱られてしまった。特に母上には、相手がリネット嬢だから婚約を認めたのにと怒鳴られた」

「……わたしだから、ですか?」

 不思議そうに首を傾げるリネットに、ヒューゴーが「だろう? そう思うだろ?!」と身を乗り出してきた。

「僕も変だと思ったよ。アデラ嬢じゃなく、どうしてきみなんだって。どう考えても釣り合わないだろ?」

 リネットは顔をひきつらせながら「そうですね」と答え、先を促した。いちいち腹を立てていたら、この王子様とは会話が出来ない。

「僕は頼りなくて、甘えただから、きみのように強くて、しっかりしている女性が合ってるって言われた……逆にアデラ嬢は、社交界でも評判が悪いから、絶対駄目だって」

 姉の噂は、もう社交界まで広がっているらしい。考えてみれば、当然のことだろう。リネットは思ったが、口には出さなかった。

「ねえ、僕、どうしたらいい?」

 ──知りませんよ。

 すがるような目を向けられ、リネットは胸中で突っ込んだ。冷たい双眸を向けながら。けれどヒューゴーは気付かず、なおも続ける。

「……僕は、きみと結婚するしかないのかな。でも、僕がきみを好きになるなんてこと、ありえると思う?」

「──ないと思います」

 きっぱり告げると、ヒューゴーは頬を膨らませた。

「何で最初から諦めるのさ。ひと月の猶予をあげたのは、何のためだと思ってるの? 僕にきみを惚れさせてみせてよ!」

 リネットの頭の血管が、限界を迎える。だが、相手は腐っても王子。下手なことは言えない。もうここでおろして下さい。そう伝えようとしたとき。

「──ヒューゴー殿下。肩に、蜘蛛が」

 ヒューゴー殿下の肩を、リネットが静かに指差した。瞬間。ヒューゴーは、つんざくような悲鳴をあげた。

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