聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ

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 ──その日。

 魔物の中には、空を飛べるものもいる。王都を囲う城壁を越え、空中から侵入しようとした魔物が宙で弾かれるところを、兵士と共に、何人もの民が目撃した。
 
 それはすぐに城へと報告され、アーリンの元にも、その知らせはすぐに届いた。

 聖女の存在はあっという間に国中を駆け巡り、アーリンはようやっと、自身の居場所を見つけたような気がして、一人静かに、安堵の涙を流した。



 結界の規模が大幅に縮小されたからだろうか。祈りを捧げても、アーリンはかつてのような倦怠感に襲われることはなく、いつも起きていられた。それがとても嬉しくて。

「だからわたし、教会のお仕事も少しずつ手伝わせてもらっていて」

 教会の礼拝堂の椅子に座り、隣にいるルーファスに嬉々として話すアーリン。ルーファスはずっと笑顔だったが、ふいに表情を曇らせた。

「たぶんね。きみは、栄養失調だったと思う。身体が疲れやすかったのは、そのせいだよ」

 考えたこともない可能性に、アーリンは目を丸くした。

「栄養失調、ですか……?」

「そう。もちろん、結界の大きさも関係あるし、他にも理由はあるのかもしれないけど……きっと、それも倦怠感の原因の一つだと思うよ。テンサンド王国にいるとき、どんな食事をしていたの?」

 テンサンド王国でのことを訊ねられたのはこれがはじめてだったので、アーリンは少し、動揺した。

「えっと……パンと野菜スープ、ですね」

 すかさずルーファスが「それでお腹は膨れていた?」と重ねて聞いてきた。アーリンが口ごもる。

「……いえ。正直、味もなく、量も少なかったですし……一日二回どころか、一回のときもありましたから」

 そう、と答えるルーファスの瞳には、確かな怒りが宿っていた。アーリンはそれだけで、心が満たされいくのを感じた。


 アーリンは教会で寝起きし、祈りを捧げ、一日をそこで過ごす。ルーファスは城で暮らし、日中は学園。仕事も城でこなす。だから同じ城内とはいえ、そう顔を合わすことはないだろう。そう思っていたが、ルーファスは毎日のように、教会に顔を出してくれた。

 教会で暮らす神官たちが気を使い、ルーファスが訪ねてくると、そそくさと礼拝堂から出ていく。そうして二人となった礼拝堂で、アーリンとルーファスは二人のときを過ごす。時間にして、一時間といったところだろうか。

 最近は、ブリアナを連れ立って来てくれることもしばしば。婚約者を差し置いて二人で会うのはやはりどこか気が引けていたので、ほっとしたのも本当。けれど少し残念な気がしたのも、本心だった。


 金で無理やり他国に連れてこられた哀れな聖女──とまで思われているのかは定かではないが、近いことはきっと思われているだろう。

 アーリンはそれでも、素直に嬉しかった。同情でも何でもいい。気にかけてくれること。それだけで、心が満たされたから。


 アーリンは、ふっと小さく頬を緩めた。

「今は美味しい食事がお腹いっぱい食べられて、本当に幸せです。罰があたらないか。それだけが心配ですが」

 そう言うと、ルーファスは、聖女のきみが? と、一つ笑った。



 クリーシャー王国に来てから、ひと月後。

 順風満帆──とは言えない出来事が起こる。だが、負の感情をぶつけられることはむしろ、アーリンにとっては、逆に日常のことだった。だからこそ、冷静になれたのかもしれない。

 ──あくまで、途中まで。の話しだが。

 

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