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「──だから違うんだって。はずれの方の、マイヤー伯爵令嬢と婚約したんだよ」

「ああ。あの陰気な方と?」

「そう。会話も弾まないし、こっちまで暗いのがうつりそうでさ。なんか幽霊と話してるみたいで」

「幽霊って。まあ、分からなくはないけど」

「だろう?」

 婚約者であるマイクが、人気のない学園の廊下で友人と話している。それを、マイクたちからは見えない曲がり角のところで聞いたアリシアは、くるりと踵を返した。驚いてはいない。哀しんでもいない。何故なら、婚約者のこういった陰口を聞くのはこれがはじめてではないからだ。

 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名しているのは承知している。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。

 そもそもアリシアは基本無表情で、滅多に感情を露にすることはない。

 正直、マイクは気の毒だと思う。これは完全なる政略結婚だからだ。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。

 アリシアの機嫌をそこねると婚約の話しもなしになると思っているのか、表向きマイクはアリシアに親切にしてくれる。けれどそれがよほどストレスなのだろう。友人にアリシアの陰口をたたいているのを、意図しないところでたまに耳にしてしまうことがあった。

(……人気のないところを探すのがいけないんだよね)

 わかってはいたが、アリシアは一人になりたかった。そうでないと、息がつまるのだ。

 ただ、楽に息がしたかった。
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