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式が終わり、二つのクラスに振り分けられた新入生たちが、それぞれの担任の後に続き、教室に向かう。
ゲームの通り、クライブとイアン、ヒロインとは、別のクラスになった。ヒロインの担任は、攻略対象者の一人である、ティモシー先生。色素の薄い長い髪を後ろに一括りした、穏やかな、おっとりした性格の先生だ。
後に、まわりから浮いた存在であるヒロインを気にかけ、特待生として成績を維持しなければならないヒロインに、勉強を教えてくれる存在となる。
かかわることはそうないが、好感を持たれることもまずないだろうから、できる限り近付かないようにしようと心に誓う。
──それにしても。
ふう、と安堵の息を吐く。
なによりヒロインと違うクラスになれたことに、心の底から安堵していると、隣を歩くリンダに、残念だったわね、と二の腕を指で軽くつつかれた。
「クライブ殿下と別のクラスなんて。しかも、殿下があの特待生と同じなんて、不安よね」
「ありがとう、心配してくれて。でも、リンダと同じクラスなのは、とても嬉しいし、心強いわ」
「それはあたしも同じよ」
笑い合い、一階にある階段教室に着くと、リンダと並んで座った。壇上に立った女性教師が、挨拶、そして明日からはじまる授業内容などを説明する。
「それではみなさん。明日から頑張りましょうね」
それが締めとなり、女性教師は教室から出て行った。本格的な学園生活は明日からで、今日はこれで、解散となる。
「──少し、お話してもよいでしょうか」
教師が出て行ったタイミングで、緊張した面持ちの女子生徒に話しかけられたフェリシアは戸惑いながらも、はい、と答える。
すると、同じクラスの──主に女子生徒たちが、わらわら集まってきた。
「突然、すみません。あ、あなた様は、クライブ殿下の、その」
入学式にて。クライブがフェリシアに駆け寄ったのは、みなが見ていた。それがずっと気になっていたのか。女子生徒だけでなく、男子生徒も、こちらに耳を傾けているのがわかった。
「──はい、そうです。この子が、クライブ殿下の婚約者。フェリシア・ハウエルズです」
にこっと紹介したのは、フェリシアの隣に座るリンダだった。その事実に、教室が、わあっとわいた。
「やっぱり、そうなのですね。私、クライブ殿下のお写真をはじめて見たときから虜になりまして」
「わたくしもです! もう、もう! 役者などよりずっと顔が整ってらして!」
「私、あんな素敵すぎる方が近くにいたら、息をするのも忘れてしまいそう!」
きゃあきゃあ。女子生徒たちが、楽しそうに盛り上がる。
「クライブ殿下、すごい人気ねえ。わかってたことではあるけど」
「……虐められたらどうしよう」
「王子様の婚約者で、公爵令嬢のあなたを? どうやって?」
真剣にリンダに訊ねられ、思わず彩香だったころの感覚でぼやいてみたものの、確かにと一人、納得した。
「フェリシア様。クライブ殿下は、普段、どんな生活をされているのですか?」
目をキラキラさせながら迫ってくる女子生徒たちに圧倒され、視線を彷徨わせるフェリシア。
教室の出入り口である扉に、自然と目がいった。そこに姿を現したのは、まさに話題に上がっている、クライブだった。
あ。
一つ、鼓動が跳ねる。
けれど。
「──デリア!」
教室の中から声を上げ、クライブの元に駆け寄る、一人の男子生徒。正確には、クライブの後ろ。
「きゃっ」
躓いたのか。よろけた女子生徒──黒い制服をまとったヒロインが、前に立つクライブの腕にしがみ付み、慌てて離れた。
「す、すみません。あたしったら、ドジで」
あわあわするヒロインの腕を、焦ったように男子生徒が支える。
「大丈夫? デリア」
「う、うん。ありがとう、テッド」
テッド。覚えのある名前に、フェリシアは口元に、手を添えた。
(ヒロインの幼なじみだ……っ)
そばかすがある、素朴な、優しい青年。他の攻略対象者とは違い、はじめからヒロインを想い、愛していた存在。
(ヒロインの名前、デリアなんだ。佳奈じゃないのね)
この世界観で佳奈はないだろうが、それでもどこか、ほっとする自分がいる。
「……いや。気をつけて」
わざとデリアの方を見ないように、クライブがそっぽを向く。あれでは、意識してますと言っているようなものだ。
「なに、あれ」
「平民が殿下に触るなんて、図々しいにもほどがありますわ」
こそこそと、女子生徒たちが吐き捨てる。
(……そっか。わたしが虐めなくても、他の人がデリアを虐めて、それで──)
五人の男たちが、ヒロインを守る。それはきっと、逃れられない運命なのだ。
「フェリシア。この後は、王宮だろう? 一緒に行こう」
クライブが笑う右斜め後ろには、イアンが。左斜め後ろには、テッドと話す、デリアがいる。
(……駄目。無理っ)
「クライブ殿下。わたし、リンダとお茶をする約束をしました」
「え?」
「王妃教育の時間には、決して遅れないようにします。なので、先に王宮に」
「そう、か。久しぶりの再会だしね」
「はい。せっかく迎えに来ていただいたのに、申し訳ありません」
深く頭を下げるフェリシアに、クライブが、いいよ、と小さく笑う。
「勉強詰めだったし、楽しんでおいで」
「ありがとうございます」
行こう。イアンに声をかけ、その場を後にしようとするクライブ。そこに。
「──あ、あの。クライブ殿下」
震える声で名を呼んだのは、デリアだった。
「今朝は庇っていただいて、ありがとうございました。あのとき走って行ってしまわれたので、ろくにお礼も言えず、すみませんでしたっ」
「……礼はいいよ。庇うなんて、大袈裟だ」
「そんなっ。あたし、テッドとはぐれて心細くて泣きそうだったので、本当に嬉しかったです。だからどうしてもお礼を言いたくて追いかけてきたんですけど、クライブ殿下、足が長いから歩くの早くて。おまけに躓いちゃって。情けないです」
へへ。
照れくさそうに笑うデリアと、視線を合わすまいとするクライブ。事情を知らない生徒たちは、それを、クライブがデリアを迷惑に感じているからだと解釈していたが──。
(……あなたにとってリサ様は、きっと、わたしなんかとは比べものにならないほど、大切なお方だったのですね)
そしてきっと、それはデリアに受け継がれるのだろう。
事情を知るイアン、リンダが、切ない瞳をクライブに注ぐフェリシアを、心配そうに見詰める。
けれど。そんな想いを宿したのは、数秒で。フェリシアはくるりとリンダに顔を向けると、小声で謝罪した。
「ごめんなさい、勝手に。お茶は大丈夫だから、学園の外までは一緒にいてくれる?」
リンダが「あら。お茶、してくれないの?」とおどけてみせると、フェリシアは、ふっと頬を緩めた。
「いいの?」
「もちろん。喜んで」
「ありがとう」
行きましょう、と二人並んで歩き出す。教室の出入り口はあいにく一つしかないので、まだ近くに留まっているデリアたちの横を通らなければならず、フェリシアはごくりと唾を呑み込んだ。
「デリア。クライブ殿下も困ってるよ。早く帰ろう」
テッドが落ち着かない様子で説得するも、デリアはその場から立ち去るつもりはまだないようで。
「……そうなのですか? あたし、迷惑ですか?」
デリアが目を潤ませながら詰め寄る。クライブは、はっきり否定せず、そんなことは、としか言わない。
その横を、ぺこりと頭を垂れながら通り過ぎるフェリシアとリンダ。しばらくして、そっと振り返る。フェリシアの目線の先には、イアンがいた。
(……可哀想なイアン。あなたも、ヒロインと話したいでしょうに)
『あなたに王妃は相応しくありません』
脳裏を過ったイアンの台詞に、息が詰まる。
(……そうだ。こんなこと考えている場合じゃなかった。みんなに嫌われるカウントダウンは、もうはじまってしまったんだから)
フェリシアは前を向き、覚悟を決めたように、ゆっくりと歩き出した。
ゲームの通り、クライブとイアン、ヒロインとは、別のクラスになった。ヒロインの担任は、攻略対象者の一人である、ティモシー先生。色素の薄い長い髪を後ろに一括りした、穏やかな、おっとりした性格の先生だ。
後に、まわりから浮いた存在であるヒロインを気にかけ、特待生として成績を維持しなければならないヒロインに、勉強を教えてくれる存在となる。
かかわることはそうないが、好感を持たれることもまずないだろうから、できる限り近付かないようにしようと心に誓う。
──それにしても。
ふう、と安堵の息を吐く。
なによりヒロインと違うクラスになれたことに、心の底から安堵していると、隣を歩くリンダに、残念だったわね、と二の腕を指で軽くつつかれた。
「クライブ殿下と別のクラスなんて。しかも、殿下があの特待生と同じなんて、不安よね」
「ありがとう、心配してくれて。でも、リンダと同じクラスなのは、とても嬉しいし、心強いわ」
「それはあたしも同じよ」
笑い合い、一階にある階段教室に着くと、リンダと並んで座った。壇上に立った女性教師が、挨拶、そして明日からはじまる授業内容などを説明する。
「それではみなさん。明日から頑張りましょうね」
それが締めとなり、女性教師は教室から出て行った。本格的な学園生活は明日からで、今日はこれで、解散となる。
「──少し、お話してもよいでしょうか」
教師が出て行ったタイミングで、緊張した面持ちの女子生徒に話しかけられたフェリシアは戸惑いながらも、はい、と答える。
すると、同じクラスの──主に女子生徒たちが、わらわら集まってきた。
「突然、すみません。あ、あなた様は、クライブ殿下の、その」
入学式にて。クライブがフェリシアに駆け寄ったのは、みなが見ていた。それがずっと気になっていたのか。女子生徒だけでなく、男子生徒も、こちらに耳を傾けているのがわかった。
「──はい、そうです。この子が、クライブ殿下の婚約者。フェリシア・ハウエルズです」
にこっと紹介したのは、フェリシアの隣に座るリンダだった。その事実に、教室が、わあっとわいた。
「やっぱり、そうなのですね。私、クライブ殿下のお写真をはじめて見たときから虜になりまして」
「わたくしもです! もう、もう! 役者などよりずっと顔が整ってらして!」
「私、あんな素敵すぎる方が近くにいたら、息をするのも忘れてしまいそう!」
きゃあきゃあ。女子生徒たちが、楽しそうに盛り上がる。
「クライブ殿下、すごい人気ねえ。わかってたことではあるけど」
「……虐められたらどうしよう」
「王子様の婚約者で、公爵令嬢のあなたを? どうやって?」
真剣にリンダに訊ねられ、思わず彩香だったころの感覚でぼやいてみたものの、確かにと一人、納得した。
「フェリシア様。クライブ殿下は、普段、どんな生活をされているのですか?」
目をキラキラさせながら迫ってくる女子生徒たちに圧倒され、視線を彷徨わせるフェリシア。
教室の出入り口である扉に、自然と目がいった。そこに姿を現したのは、まさに話題に上がっている、クライブだった。
あ。
一つ、鼓動が跳ねる。
けれど。
「──デリア!」
教室の中から声を上げ、クライブの元に駆け寄る、一人の男子生徒。正確には、クライブの後ろ。
「きゃっ」
躓いたのか。よろけた女子生徒──黒い制服をまとったヒロインが、前に立つクライブの腕にしがみ付み、慌てて離れた。
「す、すみません。あたしったら、ドジで」
あわあわするヒロインの腕を、焦ったように男子生徒が支える。
「大丈夫? デリア」
「う、うん。ありがとう、テッド」
テッド。覚えのある名前に、フェリシアは口元に、手を添えた。
(ヒロインの幼なじみだ……っ)
そばかすがある、素朴な、優しい青年。他の攻略対象者とは違い、はじめからヒロインを想い、愛していた存在。
(ヒロインの名前、デリアなんだ。佳奈じゃないのね)
この世界観で佳奈はないだろうが、それでもどこか、ほっとする自分がいる。
「……いや。気をつけて」
わざとデリアの方を見ないように、クライブがそっぽを向く。あれでは、意識してますと言っているようなものだ。
「なに、あれ」
「平民が殿下に触るなんて、図々しいにもほどがありますわ」
こそこそと、女子生徒たちが吐き捨てる。
(……そっか。わたしが虐めなくても、他の人がデリアを虐めて、それで──)
五人の男たちが、ヒロインを守る。それはきっと、逃れられない運命なのだ。
「フェリシア。この後は、王宮だろう? 一緒に行こう」
クライブが笑う右斜め後ろには、イアンが。左斜め後ろには、テッドと話す、デリアがいる。
(……駄目。無理っ)
「クライブ殿下。わたし、リンダとお茶をする約束をしました」
「え?」
「王妃教育の時間には、決して遅れないようにします。なので、先に王宮に」
「そう、か。久しぶりの再会だしね」
「はい。せっかく迎えに来ていただいたのに、申し訳ありません」
深く頭を下げるフェリシアに、クライブが、いいよ、と小さく笑う。
「勉強詰めだったし、楽しんでおいで」
「ありがとうございます」
行こう。イアンに声をかけ、その場を後にしようとするクライブ。そこに。
「──あ、あの。クライブ殿下」
震える声で名を呼んだのは、デリアだった。
「今朝は庇っていただいて、ありがとうございました。あのとき走って行ってしまわれたので、ろくにお礼も言えず、すみませんでしたっ」
「……礼はいいよ。庇うなんて、大袈裟だ」
「そんなっ。あたし、テッドとはぐれて心細くて泣きそうだったので、本当に嬉しかったです。だからどうしてもお礼を言いたくて追いかけてきたんですけど、クライブ殿下、足が長いから歩くの早くて。おまけに躓いちゃって。情けないです」
へへ。
照れくさそうに笑うデリアと、視線を合わすまいとするクライブ。事情を知らない生徒たちは、それを、クライブがデリアを迷惑に感じているからだと解釈していたが──。
(……あなたにとってリサ様は、きっと、わたしなんかとは比べものにならないほど、大切なお方だったのですね)
そしてきっと、それはデリアに受け継がれるのだろう。
事情を知るイアン、リンダが、切ない瞳をクライブに注ぐフェリシアを、心配そうに見詰める。
けれど。そんな想いを宿したのは、数秒で。フェリシアはくるりとリンダに顔を向けると、小声で謝罪した。
「ごめんなさい、勝手に。お茶は大丈夫だから、学園の外までは一緒にいてくれる?」
リンダが「あら。お茶、してくれないの?」とおどけてみせると、フェリシアは、ふっと頬を緩めた。
「いいの?」
「もちろん。喜んで」
「ありがとう」
行きましょう、と二人並んで歩き出す。教室の出入り口はあいにく一つしかないので、まだ近くに留まっているデリアたちの横を通らなければならず、フェリシアはごくりと唾を呑み込んだ。
「デリア。クライブ殿下も困ってるよ。早く帰ろう」
テッドが落ち着かない様子で説得するも、デリアはその場から立ち去るつもりはまだないようで。
「……そうなのですか? あたし、迷惑ですか?」
デリアが目を潤ませながら詰め寄る。クライブは、はっきり否定せず、そんなことは、としか言わない。
その横を、ぺこりと頭を垂れながら通り過ぎるフェリシアとリンダ。しばらくして、そっと振り返る。フェリシアの目線の先には、イアンがいた。
(……可哀想なイアン。あなたも、ヒロインと話したいでしょうに)
『あなたに王妃は相応しくありません』
脳裏を過ったイアンの台詞に、息が詰まる。
(……そうだ。こんなこと考えている場合じゃなかった。みんなに嫌われるカウントダウンは、もうはじまってしまったんだから)
フェリシアは前を向き、覚悟を決めたように、ゆっくりと歩き出した。
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