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「駄目だ。お前はここで待っていなさい。どう転んでも、お前にとっては辛い話し合いになるだけだ」

「そうですよ、エノーラ。お母様とここで待ちましょう?」

 諭すような両親の口調にも、エノーラは頭をふった。

「いいえ、行きます。わたしは決して怒ってはいないことと、ミッチェルとの婚約を取り止めることに合意していることをおじさま──ヴォルフ伯爵に伝えなくてはなりませんので」

 これには、この場にいる三人が瞠目した。

「ば、馬鹿を言うな、エノーラ! これのどこが合意だ。ミッチェルの身勝手な理由によるこれは、どう考えても婚約破棄だ!」

 ブラート伯爵がエノーラの両肩に手を置き、声をあげる。一方のブラート伯爵夫人は、ミッチェルに鋭い視線を向けていた。

「……あなた、エノーラに何を吹き込んだのです」

 ミッチェルが青い顔をしながら「な、何も……していません」と混乱しながら答える。そう問われても仕方ない、という思いはあるものの、本当にわからないから答えようがないのだ。

「お母様。わたしは何も吹き込まれてなどいません。全て、わたしの意思です。言ったでしょう? ミッチェルは誠実に気持ちを打ち明けてくれたのですから、罰など必要ありません」

 真剣に、真っ直ぐな双眸でエノーラが語る。それは罵られるよりも、喚かれるよりも、ミッチェルの心をより深く抉った。

「……エノーラ。裏切り者のぼくのことなんか、庇わなくていいんだ。責めてくれよ……頼むから」

 懇願しても、エノーラは「できません」と首を左右にふるだけ。ブラート伯爵はこれ以上押し問答しても無駄だと、ため息をついた。

「──もういい。日も沈みはじめた。早く出かけるぞ」


 ミッチェルが一人、馬車に揺られる。前を走る馬車には、ブラート伯爵とブラート伯爵夫人。そしてエノーラが乗っている。お前はどちらの馬車に乗るんだ。ブラート伯爵の質問に、エノーラは迷うことなく「もちろん、お父様たちと同じ馬車です」と答えた。これにミッチェルは勝手だと知りながらも、密かにショックを受けていた。

(二人で馬車に乗れるのは、これが最後だったかもしれないのに……)

 思う資格もないのは理解していたが、それでも感じる寂しさは、否定できなかった。

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