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 ヴォルフ伯爵の屋敷に着いたのは、午後九時が過ぎたころだった。

「夜分にすまない、と言いたいところだが。原因は貴殿の息子にあるからな。謝罪はなしだ」

 ブラート伯爵の第一声に、ミッチェルの両親はそろって怪訝な顔をした。約束もなしに突然訪ねてきた四人にえもいわれぬ雰囲気を感じ、立ち話もなんだからと、ヴォルフ伯爵は応接室へとみなを案内した。


「──それで。我が息子が原因とは、いったい」

 エノーラの両親の機嫌が最悪なのが見てとれ、ヴォルフ伯爵が困惑しながら質問する。隣に座るヴォルフ伯爵夫人も、訳がわからずそわそわとしている。二人の目の前にはエノーラとエノーラの両親が座っていたが、ミッチェルは立ったままだ。

 ブラート伯爵がミッチェルに向かって、くいっと顎を動かした。さっさと言え。暗にそう促され、ミッチェルは腰を折り、口火を切った。

「──父上。母上。お許しください。ぼくは、エノーラ以外の女性を愛してしまいました」

 ミッチェルの両親がはち切れんばかりに目を見開く。ミッチェルは頭を下げたまま続けた。

「期待を裏切り、申し訳ございません。ただぼくは、知ってしまったのです。一人の女性を、恋愛対象として愛するとは、こういうことなのかと。愛する人と一緒になれないのなら、ヴォルフ伯爵家から出る覚悟もしています」

 ヴォルフ伯爵が声をなくす。ヴォルフ伯爵夫人は「ミッチェル……あなた、何てひどいことを……それはあまりにエノーラに対して失礼すぎますよ……」と、顔面蒼白になりながら震えはじめた。これでは婚約者のエノーラを女として見たことなど一度もない、と言っているようなものだ。失礼ではすまされない。

「──ご理解いただけか。ヴォルフ伯爵」

 静かな怒りを含ませた低い声色で、ブラート伯爵は吐き捨てた。

「そんなわけで、こいつはエノーラとの婚約を取り止めたいそうだ。貴族同士の婚約をなめているとしか思えんが、私としても、もはやこんな馬鹿に大事な娘をやろうとは思わん。喜んで、婚約破棄してやろう」

「……っ。待ってください、お父様。わたしは」

 口を挟もうとするエノーラの肩に、ブラート伯爵は優しく手を置いた。

「エノーラ。あとは私に任せて、黙っていなさい。悪いようにはしないから」

「嫌です。だってわたしは、婚約の取り止めに合意しています。だから此度のことは、婚約破棄ではなく、婚約解消です」

 ?!

 寝耳に水のようなエノーラの科白に、ヴォルフ伯爵とヴォルフ伯爵夫人は、思わず立ち上がっていた。

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