誰だおまえは。

隠岐 旅雨

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Stay! / ステイ!

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「よー、秋介。どうしたなんか暗いぞ──?」
 昼休み。ひとり学食に向かうオレに、大智は声をかけてきた。
「は? べつにいつも通りだろ。それにおまえは学食じゃなくて弁当だったろ、なんでついてくんだよ」
「べつに弁当を学食に持ち込んじゃダメなルールなんてねえだろ。いつも席、いてんだし」
 まあ、実際のところその通りだ。値段のわりにイマイチな学食メニューが原因なのは明らかだったが。
 そのまま無言で学食に向かうオレのすぐ後ろに大智がなんか知らんがついてくる。オレからしてみれば、自身よりも圧倒的にデカいヤツが無言で背後についてくるんで圧迫感というか、なにか謎の緊張感があるが。周囲からはオレが大智をしたがえて連れ立っているように見えているようで、またしてもざわざわ・・・・とウワサの的になっている──今はそれが、ただ面倒だった。

「なぁ、なんで不機嫌なんだ、秋介」
「だからさ、べつにいつも通りだよオレは」
「──ウソだな」
 大智にはこういうところがある。はっきりとした根拠とかデータがなくても、こいつがいざ断言・・・・することは、ほぼ確実に正解なんだよ、クソ。
「メシ食えてるか?」
「食えてるって」
「……眠れてねェんだな」
「寝てるって、ちゃんと」
 目線を向けずに、つらつらとウソを重ねるオレの学ランの襟首えりくびを後ろから大智のデカい手がつかんだ。
「購買で買ったパンと牛乳やるからさ、一緒に屋上いかねーか。秋介」
 大智はそもそも弁当をふたつ持って登校してくるが、それにプラスして購買でも何か買っている。燃費コストっていうか、エンゲル係数がバカ高いっつーか、まあそういう生き物なんだろうきっと。オレみたいな省エネタイプとはわけが違う。



 この高校の屋上は手すりどころか、高くまでのフェンスにネットが張られていて「不慮の事故・・・・・」のないように備えられていた。その代わりに昼休みだとかはフットサルだとかバトミントンだとかで騒ぐ連中が多いから騒がしく、ひそかに話をする場所としては向いているという一面もある。

「なあ。いきなりでわりぃけどさ、今日おまえんち行ってもいいか──?」
 大智に渡されたのは焼きそばパンとクリームサンド。これに牛乳ってのがまた大智らしいが、オレはあんまりパンと牛乳って組み合わせが好きじゃないんで、自販機でレモンティーを買っていた。
「マジでいきなりだな。どうかしたのか?」
「これまでのパターン的に、綾子あやこさんは夜勤だろ」
「ひとのオカンのこと下の名前で呼ぶのやめろ」
 ちなみに「門司もじ綾子あやこ」というのがフルネームだ、うちの母親は。
「ていうか行くからな。勉強のジャマだとか言われても行く」
 ああ、これも昔からだな──子どものころは軟弱で気弱な印象のする大智だったが、一度決めたことは絶対に実行するタイプだった。それこそ周囲の意見なんてガン無視だ。
「そっか。まあいいんじゃねーの……?」
 それを知っているからこそ、それから今の気分的にもオレは、なんか何もかもどうでもいいような気がしていた。受験なんてどうにでもなるという傲慢ごうまんさは相変わらずあるけど、逆に言えばそんくらいしかないつまんねー男だよな、というどこまでも卑屈ひくつで、どうしようもないキモチがそこにはある。

「いいな。逃げる・・・んじゃねーぞ、秋介」
「なんでオレが逃げる必要があんだよ」
 どうも、うまく表情すら作れていないらしい。大智には心配そうに顔をのぞき込まれるし、それに対してオレは目をそらすくらいのことしか出来ないでいた。
 ひさしぶりに大智が来る。
 だけど、そんで何をすればいいんだ、オレは──オレには何もできない。



 大智がインターホンを鳴らしたのは、基本的にはいつも通りの時間だった。
 いつもと変わらず私服のジャージ姿で、ただしいつものスポーツバッグは持ってきていない。手ぶらってヤツだ。
 とりあえず部屋に迎え入れて、さすがに何も出さないのもアレなんで缶入りの緑茶と煎餅せんべいなんかの菓子類をトレーに乗せて部屋の床に置いた。オレとしてはやや混乱してる。そりゃまぁ、一応は恋人関係らしきものにあるわけだし、セフレじゃないんだからただ遊びに来てもらっても構わないわけだが──うちに遊ぶものなんて何にもねーぞ。
 ゲーム機なんかもないし、せいぜいパソコンとタブレットがあるくらいだ。オレはPCもスマホもタブレットもゲーム用途では使わないし、そういった話題に関しては同級生にまるで遅れを取っている。まったく気にもしてないが。
「なあ秋介、風呂はいろーぜ」
「ん? いや、おまえいつもシャワーとかで済ませてなかったか」
「真冬じゃん? ちゃんと湯船にかってさぁ。せっかくおまえんの風呂やたらでけーんだし?」
 リフォーム時にキッチンやらトイレ、それから浴室を大幅に『修復・刷新リノベーション』した我が家である。無駄に広くて最新鋭の風呂場も基本的にはオレにはあまり関係もないし、母親も多忙ゆえあまり使っていない。金の使い所がヘタなんだ、ウチの親どもは。
「ああ、じゃあ用意してくるから待っとけよ」
「あたりまえだけどさ、一緒に入るんだぜ、秋介」
「そ、そうかよ……」
 ほぼ再会直後に初めてオレん家に上がり込んできて、いきなり「セックス」を口にした大智という人物は、ここにきてなんだか未知の姿勢を見せている。まさか妙なことたくらんでるんじゃねーだろうな。

 まあ、あたりまえだが風呂の準備自体はすぐに済んだ。それを告げると、いきなり大智は服を脱ぎ始めた。
「……うをい、このポンコツ巨神兵。風呂には脱衣所ってのがちゃんとあるんだよ、使えよそれをよ──?」
「あ、悪い。部活と同じノリで脱いじまった」
「どんな部活だよ……」
 同じくノリでツッコんじまうと、大智はあっけらかんと笑った。
「秋介もここで脱いじまえばいいんじゃね?」
「断る。意味わかんねーし……オレ生徒会だったし」



「いや、マジ広いよなーおまえんちの風呂って」
 いわゆる環境問題にも配慮した最新式の高機能バスってヤツだ。詳しくはオレにもよくわかってないが、まあ相応の最高級のお値段なんだろう。
「……住人はみんな小柄こがらなのにな」
 また卑屈な言葉を口にしてしまうオレに向かい、大智は言った。
「とりあえず下着以外はぜんぶ脱ごーぜ。そんで、下着のほうはおれに脱がさせてくれよ」
「はァ──?」
 どうも今日の大智の行動と態度はイマイチ読めない。戸惑とまどっているうちに大智のほうは、下着を含めてすべて脱ぎ去っていた。ひさしぶりに目の前にする裸体、筋肉はおとろえるどころかむしろ鍛え上がっていて、オレが勉強に集中している間こいつもトレーニングに集中していたことがよくわかる。
 そんなオレを見下ろして、大智はひどく嬉しそうな顔をする。
「秋介さ、おまえホントおれの裸、好きだよな」
 言われてみればすでに半勃はんだちになってたオレは、ただ情けない気分になっただけだ。
「ホントにな。オレけっこうムッツリつーか、筋肉フェチなのかもしんねえなぁ」
「いや。それがうれしーんだよ、おれ……」
 大智は、いつか着てみせた水色のローライズボクサーに浮かぶオレの半勃ちを手に取り、かがみ込んで迷わず口にくわえた。ここのところ性欲とか遠のいていたオレはかなり溜まっている状態で、たいしたサイズでもないそれを目をつぶって口を大きく開いて咥え込む、大智の赤らんだ表情にまた興奮している。状況はよくわかっていないが、このまま続けられるとすぐにイッちまいそうなので大智の頭を抱え込んで止めた。

「……最近おれさ、秋介の下着とか水着シーンばっか妄想してヌイてたんだぜ。変態・・だろ?」
「いきなりカミングアウトされても何も言えねえよ、オレにはさ──ただモノ好きだな、ってくらいしか」
 困ってようやくひねり出したセリフにも、大智はただなぜか満足そうで。
「今日はかなり・・・早そうだな、秋介──?」
「ん。ああそうかもな、オレここんとこずっとヌイてなかったから……」
「よっしゃ。風呂行こうぜ秋介!」
 そうとだけ言い残して大智は浴室内へと入っていく。なんだこいつ、何を企んでやがるんだマジで──?
 なんだか嫌な予感がしつつもオレもまた下着を脱ぎ捨てて大智に続く。



 なんだろうな、この場面設定は。
 浴槽に仰向あおむけて大きく両手両足を広げた大智に、オレはオレで仰向けの姿勢で浅く抱き込まれていた。ふざけんな、これこそ「父親と息子の入浴シーン」みたいなマニアックなシチュエーションじゃねぇか!
 湯温は熱くなくぬるくもなくてちょうどいい。このへんのコントロールはさすがに高機能浴槽ってヤツだ。ちなみに長湯タイプに設定してあるので、やや温めといえばそうなのだが気になるほどでもなかった。
 大智の勃起はオレの股間をすり抜けて、大腿部あたりにその先端が見えている。勃ってはいるが、大智の態度そのものは落ち着いたものだった。最初はいちいち焦ったりテンパったり怒ったりしていたオレも、もう何だかどうでもよくなって脱力し、大智に身を預けていた。

「なんかさ、こういうの・・・・・いいなって。実際にやってみてよくわかったよ、おれ」
こういうの・・・・・、って何だ──?」
「セックスだとかさ。開発・・だとかなんとか、道具・・使ったりとかバカみてーに焦ってたのはおれだけど、大事なのはまずそこじゃねーだろ、ってことなんだよなーって」
 振り返ると、ただ上機嫌な大智の表情がオレを迎え撃つ。
「それとも、こんなんダメか──秋介?」
「いや、べつに、オレには……」
 よくわからない。今も意味がよくわかってねえけど、ただ悪くない・・・・心境だった。
「おれさ『セックス』だなんだ言って騒いでたけどさ、それにはべつに道具もなんもある意味、らなかったんだなーって」
「どういう意味だ──?」
「んー、まあ具体例でいや『素股すまた』とかさ。今、この場でもできることだし?」
 大智は勃起をオレの大腿部内側に挟んだまま、オレの両脚の隙間を両腕で狭めていって、その空隙くうげきをちんこが出入りする。なんとなく様子を見ると、大智はこれだけで充分にヤバいらしく真っ赤な顔をしていたし、内腿うちももを大智の勃起が出入りするのにオレのちんこも合わせて動かすと、なんか止めるタイミングもなくあっさり、ふたりしてイッてしまった。
「大智、おまえもかなり溜まってたんだろ……?」
「ああ。だってさ、おれは大学バスケのほうの練習には参加し始めたけどまだ一応は高校生だし、本格的な練習ってよりはメンタルとフィジカルトレーニング重視なとこがあってさ」

 まあ互いには互いの事情があって、今はこんな感じだけど。これでいいんじゃないかっていう「最終回答」がオレたちの間では成立したような気はする。
「いやー、でもふたりしてかなり射精したよな。浴槽内に精液とか浮かんでんのキモチワリーかもとか思ってたけど、秋介ん家の風呂ってなんかうまいこと循環じゅんかんしてんのかな。なんか湯が入れ替わったりしてんのか? もうキレーにどっか行っちまってるみたいだし」
「あのな。おまえは気楽に言うけどよ、これでフィルターか何かが詰まって原因が『精液ザーメン』でした、とかなったらウチの綾子にぶっ殺されんのはオレなんだからな……? 想像もしたくねえわ、マジ怖ぇよあの人だけは……」
 大智は大声で笑う。かつて、うちの母親と大智は実はかなり仲が良いほうだったな、そういや。

 なんかいちいち難しく考えなくてもいいのかもしんないな、ってのはよくわかる。
 べつに一生、オレと大智が『セックス』できないって決まったわけでもないだろうし、そういうのは大学入学して余裕がまた生まれたら、その後でも全然いいんだと思った。

「なぁ秋介。おまえの本命の私立医大って、おれが推薦で行く大学にけっこう近いだろ?」
「ああ、そうな。言っとくがべつにそれを理由に選んだわけじゃねーぞ?」
「わかってんよ、私立医学部では国内トップだから、だろ」
「……そんで、それがどうかしたのかよ」
「一緒に。住まねーか──?」
 振り向くまでもなく、大智の声色は真剣そのものだった。だからオレもそれに応じないといけない。
「それもいいかもな──まあ、まずはオレが合格しないと始まんねーわけだ」
「ああ。わかりきった結果のような気もするけど待ってるからさ、おれ」
「たぶん『ステイ!』ってヤツだな、これこそ大型犬オマエに対する」
「あ。なんだって──?」
 オレは向き直り、今度は正面から大智の「つい・・見惚みとれてしまう巨躯きょく」にしがみついてから言った。
「べつにわかんなくてもいーよ。ただ絶対に、たいして待たせはしねーからさ。大智!」
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