別れたいからワガママを10個言うことにした話

のらねことすていぬ

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10のワガママ

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……もう別れよう。

彼とは、別れてしまおう。




楽しそうに笑いながら歩く、長身の男の後ろ姿を見て、俺はそう思って歯を食いしばった。








◇◇◇









俺、エーク・プファイルは10年ほど前に田舎から王都に出て来て、それ以来小さな食堂に住み込みで働いている食堂の給仕だ。
農村の暮らしよりはずいぶんとマシだけど、かといって贅沢ができるほどは稼げない。

細々と地味に暮らす地味な男。
高望みはしないし、成り上がりたいなんて無駄な夢も見ない。
それが俺の人生だと思っていたんだが、約1年前に俺は好きな人ができてしまった。

騎士団の中でも涼し気な美形として有名なアルジオ・ヴィペラに惚れてしまったのだ。

俺が働いている食堂は、夜遅くまで営業していて、酒も提供する。
深夜になってくると質が悪い酔っ払いになる奴もいてそれをどうにかするのも店員の勤めだ。
店内で暴れられては困るからと外まで酔客を連れ出して、どうお帰り願おうかと思っていたら暗がりに連れ込まれた。
殴られたりとかはあったけど、襲い掛かられたことはなくて驚きと恐怖に固まっているところに、アルジオが偶然通りかかって助けてくれたのだ。

大柄な男を吹き飛ばすほどの強さ。
怯えて混乱する俺の傍に膝をついて、じっと辛抱強く「もう大丈夫だ」と声をかけ続けてくれた優しさ。
薄闇の中でも輝く金髪と、深緑のように綺麗な緑の瞳に照らされて、それまで男に興味をもったことはなかったのに、驚くほどあっという間に彼のことを好きになってしまった。

騎士の男と街の食堂の店員。
身分が違いすぎて成就させようなんて気すらおきなかった。

なのに彼はそれ以来、度々食堂に顔を出してくれるようになった。
見回りがてらの日もあれば、休みの日に食事に来てくれることもある。
顔を合わせれば気さくに声を掛けられて、視線が合うとほほ笑まれる。
俺の休日を聞き出されて、出かけないかと誘われて……いつの間にか付き合うことになっていた。
食事をして、酒を飲んで、それでいつの間にか裸で彼の部屋にいた。

まさに青天の霹靂。
彼と付き合えるなんて、本当に夢にも思っていなかった。
せいぜい一晩限りだろうと思っていたのに、彼は俺に「恋人」という称号をくれた。

その時俺は、この幸福を少しでも長く噛みしめようと誓ったんだ。
ワガママは言わない。
相手の要求は何でも受け入れるし、なんだってしてあげる。
どれだけ自分を殺しても、ちょっとでも長く付き合っていられるならそれで幸せだ。

そう思ってただひたすら従順に今迄付き合ってきて、そろそろ一年。

……どうやら彼は俺に飽きたらしい。



彼の様子が、変わってきたと思ったのは、もう半年近く前だ。
最初は穏やかに優しい笑顔で俺を見つめてくれていた男の表情が、だんだん曇るようになってきた。
なにかを思案しているような顔が増え、休日の誘いも減った。
俺が何も言わずにいたら、だんだん不機嫌さをあらわにするようになってきた。

たまに誘われてセックスもして、ヤったらお互い無言で帰る。
俺は彼がいつ「もう別れたい」と言うかとこの頃はずっとビクビクしながら、性欲処理でも一緒にいられるなら別にいいかと思ってた。


だけど今日、明るい笑顔で街を歩くアルジオを見て、俺は自分がいかに身勝手かを思い知った。

俺といる時はいつもしかめっ面で、最近はセックスだって全然楽しそうじゃない。
付き合おうって言っちゃったし、俺が文句の一つも言わないから、振りづらくて義務感みたいなので一緒にいるのかな。
俺をちゃんと振れるようにしてあげないと……彼は幸せになれない。

でもどういう風に別れれば一番、彼にとって負担じゃないかな。
いきなり俺が「別れたい」と言ったら俺なんかに振られたみたいでプライドが傷つくかもしれないし、かといって涙ながらに「あなたのため」なんて告げたら重たいし罪悪感を感じさせちゃうかもしれない。


だったら__俺が今まで言わなかったワガママを言おう。
酷いワガママを言えば、向こうから振ってくれるだろう。
そう思って俺はノートを引っ張り出して、10個のワガママを書き出した。










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