ハロウィントリップ!〜異世界で獣人騎士に溺愛された話〜

のらねことすていぬ

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番外 サタの告白

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 ぱくりと開く大きな口。
 しっとりと濡れた唇の間から、白い歯……いや尖っているから牙が見える。あの鋭い牙でちくりと舌や肌を噛まれると、痛みと甘い快感が俺を襲ってくるのだ。
 ――アズラークの口に食べられるのは、少し怖くて、とてつもなく気持ちいい。
 その口が今は別の物を噛んでいるのが少し悔しいと思う。あれは俺のための口なのに。
 昨日の夜に齎された悦楽を思い出して腰をぶるりと震わせるが、そんなことを考えている時間じゃないといやらしい気持ちを胸の奥に押し込めた。
 
 さんさんと明るい朝日が、透き通ったガラスの窓からダイニングルームに降り注いでくる。
 ダイニングルームの真ん中に鎮座しているのは大きいテーブル。そのテーブルは白いクロスに覆われ、たくさんの料理で彩られていた。
 やたらと大きな肉を焼いたもの、マッシュポテトのようなもの。ちょっと硬くて大きなパン。調理の仕方はシンプルだけど、なにしろ量が多い。これが朝餉なのだから信じられない。
 たっぷりと皿に盛りつけられた肉を口に運ぶアズラークを見て、俺はほう、とため息に似た息を吐いた。
「すごい食べっぷりだね」
「体が資本だからな。サタももう少し食べてくれ」
 俺の皿に乗ったパンの欠片を見てアズラークが言うが、俺は冗談だろと笑いながら首を横に振った。
「種族が違うから無理だよ。それに、俺は部屋でごろごろしてるだけだからいいよ。俺が食べても太るだけ」
 騎士団長として活躍しているアズラークと比べられたら困る。彼の丸太のような腕は、鍛錬ときつい任務で作られている。それを支えるための食事であって、暇を持て余している自分には必要ないものだ。
 そうだ、暇と言えば、と俺は顔を上げた。
「ね、アズラーク。俺、そろそろまた働こうかなと思うんだけど」
「……働く?」
「うん、俺も成人した男だろ? それに前は一人でもなんとかなるくらいは稼いでたし、いつまでもこのままじゃいけないだろ?」
 アズラークと出会って攫われて、随分と時間が経ってしまった。そしてアズラークの優しさに甘えてずるずると暇を満喫してしまっていたのだけど――そろそろアズラークにどっぷりと甘えた生活から一人立ちするべきだろう。
 日本に比べてあまり法整備のされていないこの国では、俺みたいな怪しい奴でも、ちゃんとした身元保証人がいてくれれば仕事ができるらしい。身元保証人になれるのは金があるか、地位があるかのどちらかが必要だ。だから孤児に毛が生えたようなレオンでは身元保証人になるのは無理だったけど、アズラークが後ろ盾になってくれるなら俺も仕事を探せるのだ。
 そんなことも、俺はレオンと二人の生活だと知らなかった。レオンも知らなかったのかもしれない。周りにはあまりいい大人はいなくて、誰も教えてくれなかったし、俺もレオンもお互いしか気を許せる相手がいなかった。人間ということがバレそうで怖くて、常識を誰かに深く聞くことができなかった。
 だけど男娼をしていた頃に誰かに保証人を頼んだら、どんな見返りを求められるか分からなかったから、結果的には変な奴に頼らなくて良かったのかもしれない。
 そんなことを考えながらアズラークの目を見ると、さっきまで大きな口で肉を食らっていた彼の唇が、ぎゅっと引き結ばれていた。
「……アズラーク?」
 俺を甘やかす時は美しい空のようなライトブルーの虹彩が、なぜか背筋がひやりとする不機嫌さを漂わせて俺を睨みつけていた。さっきまではふんわりと微笑んでいたのに。
「駄目に決まっている」
 ぴり、ときつい空気を発したアズラークは少し荒々しくカトラリーを置く。銀色のフォークが陽の光を反射してぎらりと光った。
 彼は気持ちを押し殺したため息を吐き、苛立たしくとんとんと指先で机を何度も叩いている。
「え、あ……駄目?」
「ああ、駄目だ。サタは、俺がどれだけ我慢しているか分かっていないだろう」
「我慢?」
 我慢するようなことあったっけ?
 自分はアズラークとの生活で一切我慢をしていないけど、なにか負担をかけていたのだろうか。思いを巡らせると、アズラークはいつも俺のやりたいことを優先してくれるし、優しすぎるくらい優しい。その優しさも穏やかさも、彼が耐えた結果だったのだろうか。
 アズラークの険悪な雰囲気と言葉に俺は困惑して眉毛を下げた。
「狂いそうなほど我慢している。本当は、今までお前を抱いた客すべてを殺したいくらいなんだ。この先、別の獣人には指先一本でも触らせない」
「……客?」
「なにか今の生活に不自由があったか? 自由が恋しい? それとも俺をいつでも捨てられるように、他の男を見繕う気か?」
 威嚇する唸り声がアズラークの喉の奥から響いてきて、俺はようやくアズラークの勘違いに気が付いた。
 アズラークは俺がまた夜の街に立ちたいと言ったと思ったのか。
 恋人同士になったのにそんなわけないだろ。ちょっと拗ねたくなる気持ちだ。
「あ、いやいやアズラーク。違う、違うんだよ。俺は働くなら男娼以外の仕事を見つけるつもり」
「男娼以外?」
 本当か? と視線で尋ねられてうんうんと何度も頷く。
「俺は力仕事はできないけど、それ以外なら獣人に引けを取らないと思うんだよね。読み書きもできるようになったし、手先も器用だし」
 できたら子供に物を教える仕事がしたい。この世界に塾はなさそうだから、学校か、保育所か。
 この世界は過酷だ。親がいなかったり、弱い子供は捨て置かれる。レオンみたいに生き延びるためになんでもする子供がたくさんいる。
 自分にできることは僅かかもしれないけど、やりたいこと見つけたんだと照れくさく小さな声でそう言うと、アズラークは絞り出すように呟いた。
「分かった。サタがやりたいことがあるなら応援する。だが、それでも……心配だ」
「心配するようなことはないだろ? それにほら、アズラークに身元保証人になってもらうから変な職場だったらすぐに教えるし」
 アズラークは変わらず苦い顔をしている。男娼じゃないと知って少し落ち着いはずなのに、なにが引っかかるんだ。
 彼はしばらく視線を彷徨わせて言葉を探した後、俺の方へ手を伸ばした。
「すまない、他の獣人の体に触れる職業じゃなくても、嫉妬してしまう」
「嫉妬?」
「サタと恋人同士になったんだから、信用しないといけないのは分かっている。でも抑えられない」
 訥々と呟くアズラークに、俺は目を見張った。
「浮気とかしないよ?」
「分かってる。分かっているんだ。サタは……今は俺の恋人だ」
 伸びてきた彼の手が、俺の手を握る。大きさの違う掌に、俺は手首まですっぽりと包まれてしまった。離さないと執着を匂わせる彼の手に、俺はようやくアズラークの心配の根っこを理解した気がする。迷って口を開いたアズラークと同じように、俺もなんて言おうかしばらくためらったけど、気合を入れて少し大きく息を吸い込んだ。
「俺、男娼の時にアズラーク以外の男と寝てないよ」
「は?」
「口と手で5000ぺルラって最初にアズラークにも言っただろ」
「言っていた気がするな」
 このことを伝えるのは少し勇気がいる。はじめてアズラークに抱かれた日のことはまだ胸の奥でちくちくと針ををだして心を苛んだ。あの夜は散々俺のことを好き勝手にして、翌朝には消え去っていたアズラーク。あの朝、まどろみの中では俺は少し幸せだったんだ。この世界に来て、はじめて安心して眠っていた。それが眠りから覚めて……一人きりでベッドにいて、すごく虚しい気分だった。あの晩はビジネスだったのだから文句は言えないけど、情熱的だった言葉が全部リップサービスだったのだと思い知らされて、胸にパキリとひびが入ったようだった。
 それに他の獣人たちが5000ぺルラじゃ口淫すら悪いって言っていたのに。俺の全部を弄んで5000ぺルラだけ置いて行ったアズラークに少し腹が立った。手と口だけで触ってやるのと、俺のはじめてはアズラークのなかで同じ値段だったのかよって不満はある。随分と安いじゃないか。
「そう。5000で俺をやり捨てたのはアズラークだけだよ」
「いや、やり捨ててない、金は後から払うというか、連れて帰るつもりで……じゃない、待て、その前になんて言った?」
「男相手に寝たのはアズラークが初めてだし、他の人としたことないよ。全部させたのはアズラークだけ」
「俺が……最初?」
「そうだよ。なに、いまさら重いとか言うなよ」
 男に言うのか分からないけど、処女だったんだよ。告げてしまったことに顔に血が集まってくるのが分かる。他の奴に体は許さなかったのに、アズラークに誘われてあっさり寝てしまった。男娼だからなんでもしていいって思わせておいて、実は未経験。面倒くさいと思われたくなくてそれを隠してアズラークに抱かれたんだ。そんな馬鹿な男だってバレるのが恥ずかしくてたまらない。
 顔を火照らせている俺と対照的に、アズラークの顔は青ざめていく。
「……すまなかった」
「本当だよ、初心者相手にあれこれしやがって」
「すまない」
 テーブルの上に頭を下げそうなアズラーク。大きな体が縮こまっている。 尻尾もしょんぼりと垂れていて、彼の項垂れた様子にくすくす笑ってしまった。
「冗談だよ。アズラークに抱かれそうになって、わざと言わなかったんだ。男娼なのに遊び相手にもならないって思われたくなくて」
 ただの客だったアズラークに抱かれたいって思うなんて、自分はあの時にはすでにアズラークに惹かれていたのかもしれない。頼る相手がいない世界で、俺のことを黒猫だと思って助けてくれた彼に、淡く惹かれてしまっていたのかも。
「サタ……抱いてもいいか? はじめてをやり直させてくれ」
 朝日に照らされる時間なのに、アズラークの目には強い欲望の色が見えた。
「今夜、ね」
「大事に抱く。俺だけのサタ」
 ぎゅっと手に力が込められて、じりじりと強い視線が俺を焼く。
 尻尾が背後でゆらゆらと揺れ、ふわふわの耳が細かく動く。俺を舐めて噛んで、食らい尽くしたいって彼の全身が語っていた。
 テーブルの上の肉よりも俺の方が美味しそうだろ?
 俺はこっそりと、そう心の中で呟いた。







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