木陰

のらねことすていぬ

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 まずいな。止められない。そうぼんやり考えた。

 お父様お母様ごめんなさい。僕は貴族の端くれでありながら、庭師に惚れてしまいました。

 身分がどうこうなんて古い頭をしてるんじゃない。ただ貴族と言うものは、特権階級であるのと同時に重い責任も背負うものであって、常に模範的存在であるべきだ。それは教育係からも、尊敬する両親からも言い聞かされてきた。

 感情に流されず、常に公平公正で清く正しくたくましく。誰よりも領民のことを思って領民のために行動するように。だから……自分の欲に流されて、自分のことしか考えない性行為の強要なんてもってのほかだ。

 それなのに、僕ときたら自分の欲求ばかりに忠実で、まったく彼の立場やら気持ちやらを慮っていない。唾棄されるべき肉欲にしたがって、彼の体に手を伸ばした。

 そして、まさに今から想いを遂げるところだ。











 薄暗い部屋の中で、僕は噛み殺しきれなかったため息を小さく吐き出した。その吐息の僅かな空気の震えに、僕の目の前に膝をついて僕の服のボタンを外していた男がぴたりとその指を止めた。


「……セーレ様?」
「ああ、ごめん。何かな?」
「いえ、ぼんやりなさっていたご様子でしたので。…やはり止めておきましょうか?」
「いや、ベレト。続けてくれ」
「……かしこまりました」

僕の言葉に、庭師の男___ベレトは感情のこもらない声で応えると、再びゆっくり丁寧にボタンを外していく。
 徐々に露わになる肌が、少し冷えた夜の空気に鳥肌を立てる。少しずつ冷えてくるこの季節に全裸になるのは辛いかもしれない。ベレトは脱がないで、必要なところだけ出せばいいと言ってあげなければ。

 俺のセックスに付き合わされたあげく、風邪までひいたなんてなったら申し訳なさすぎる。

 せめて暖かい部屋かもっとマシな毛布でもあればいいんだが。残念ながらここはロマンチックで綺麗なベッドではなくて、一枚彼の上着を敷いただけの埃っぽい物置の片隅だ。僕が普段ダンスに誘うような令嬢たちだったら、こんなところで逢引なんて悲鳴を上げて逃げ出すだろう。ましてや初めてを散らす場所だ。

 ここで激しく動いたらあちこちぶつけてアザになるかもしれないし、木の床に肌が擦れて剥けるかもしれない。

 それでも僕はこの行為を止めたくなかった。もうこんな機会、そうそうないのだから。



 そうだ、もうこんな機会は二度とない。ベレトの意外と日に焼けていなくて綺麗な、でもタコの目立つ節ばった指先を見ながら、もうこんな機会はないんだと心に言い聞かせる。



 『……セーレ、不甲斐ない父を許してくれ。お前は、ハイレン公に貰われることが決まったんだ』


 肩を震わせて済まないと呟く父を、誰が責められるだろうか。続いた天災に、領地の蓄えが枯渇していることは知っていた。だから、巨額の金を貸してくれる相手には縋らざるを得なかったのも理解できる。

 たとえ相手が、男色で嗜虐趣味の悪名高い男でも。

 そんな相手のもとに養子に出るのくらい、何千何万という領民の命に比べたら軽いものだ。幸いに僕には兄弟もいるのだから問題もない。これこそが貴族の責任だろう。

 そう思って色々な感情を飲み込んだつもりだった。僕が笑顔で旅立てば済む話だと思った。なのに……惚れた男の顔を見た途端、心の奥に澱んでいた膿のようなものが暴れ出した。

 せめて、せめて一度くらい好きな人の熱を感じたい。
 
 いつも真面目に働く彼の姿を見ていた。その逞しい背中を、太い腕を、優しげな目元を。手を伸ばしてはいけない存在だと知っていたけど、たまに交わる視線に心を高鳴らせた。彼のすべてに焦がれていた。

 でも……僕の口から出てきたのは、真摯な告白ではなくて露悪的な言葉だった。


 『__僕と、悪いことをしないか?』

 そう言って誘惑した。
 正確には誘惑じゃなくて脅迫だったのかもしれない。

 僕は彼にとっては雇用主の子息で、貴族はこの国では絶対的な権力を持っているのだから。そう考えると、僕はハイレン公と同じ穴の狢のようだ。そんな相手の養子というのはお似合いだ。


 面倒なことは言わないし他言もしない。僕はそう告げると、ぎこちなく頷いた彼を無理やり庭の奥の物置小屋に連れ込んだんだ。





 大きな手がゆっくりと髪を撫でて、そのまま体の線をなぞるように肩を伝って腹まで落ちる。掌は予想通り硬くて熱くて、そのことに心臓が高鳴った。


「セーレ様。全部、脱がせますよ」

 僕が無言でうなずくと、ベレトがシャツをそっと肩から落とした。器用な指はあっさりとボタンを取り去って、シャツを脱いだ僕のなまっちろい体が露わになる。

 せめて綺麗な筋肉に彩られた体ならと思うけど、なぜか僕の体は筋肉が付きにくい。

 そのままベルトを引き抜かれて、日に焼けていない足が彼の視線にさらされる。彼が自分のシャツを脱ごうとしているのを見て、僕はその腕をそっと押し留めた。


「お前はいいよ」


 彼の日に焼けた逞しい体を見たい気持ちはあるけれど。これから多少動くとはいえ、気が乗らないことでどれだけ彼の体が熱くなれるかは分からない。


「ここからは僕がしよう。心配しなくていい」


 今度はベレトを床の上にあぐらをかかせ、彼の足の間にもぐりこむ。ズボンを寛げて陰茎を引っ張りだす。少しだけ雄の匂いのするそれを手で扱き上げ、そっと顔を近づけた。

 恐る恐る舌で舐め、なんとか口に含むと、それは咥内でみるみる重量を増していく。

「……っ、気持ち、いい?」


 膨れ上がるそれが怖くて口を離して、彼の顔を見上げる。無言で頷かれて僕は内心胸を撫で下ろす。このまま口に含んでおけばいいのか、それとも僕の中に突き入れさせようか。

 悩みながら陰茎を舐めしゃぶっていると、ベレトにやんわりと肩を押されて押し倒された。


「セーレ様、私にも、触らせてください」


 無理はしなくていい。そう思ったけれど彼は僕の返事なんて待つ気はないようで、首筋に唇が吸い付いてくる。温かく湿った感触がして舐め上げられているのだと気が付いた。

 彼の唇はいくつも僕の素肌に跡を残して下がっていく。鎖骨を辿り、そっと胸の尖りに舌を這わされて体が跳ねた。


「……っ、ん、あ!」


 僕の反応を楽しむかのように続けて吸われて、押し殺した声があたりに響く。もじもじと膝をすり合わせると、彼が気が付いて下肢に掌が降りてきた。


「ぃ、あ、あ、……あ、」


 無言で陰茎を揉みこまれ、そそり立ち震えるそれを扱かれる。先走りがとろとろと零れて湿った音が恥ずかしい。だけどそれを気にする余裕もないくらいに気持ちがいい。腰の奥がじんと痺れて、射精感がこみあげてくる。

 そのまま彼の指で達してしまいたかったが、ベレトはその指で僕の最奥を探った。


「固いですね」


 く、と少しだけ指先が押し込まれる。たったそれだけで痛みに僕は小さく息を呑んだ。

 入れるべき場所ではないから固いのはしょうがない。無理やり押し入ってくれればいいと思っていたけれど、耐えれるだろうか。

 今後は好きでもない男のものを迎え入れるのだから、ここで耐えられずこの先やっていけるわけがない。

 気にせずに突っ込んでくれと言いかけたが、ベレトは片手で僕を軽々とひっくり返すと、尻だけを高く上げて突っ伏した僕の窄まりにぬめった何かが這わされた。


「な、なにして、!……ぁ、あ、ああ、!」


 ぺちゃぺちゃ音を立てて舐められ、ぞわぞわとした感触と快感と羞恥がないまぜになって襲ってくる。
 
 そんなことはしなくていい。やめてくれ。
 そう確かに叫んだはずなのに、がっしり腰を掴まれて逃げられない。

 柔らかなものが奥まで入り込んでくる。ぬめりを借りて、彼の指が内壁を押し広げるのも感じた。

 どれだけそうやって苛まれただろうか。


「挿れても、いいですか?」


 舌と指で散々とかされた僕の体はすっかりぐにゃぐにゃで、骨が無くなったようにぺしゃりと床に潰れている。声を出すこともできずに頷くと、あお向けに返され、足を大きく割り開かれた。


「っう……ぅ、あ、ぁあ゛あ゛、!」


 痛い。
 熱い。
 苦しい。

 指よりずっと太くて長いものに犯されて汚い声が漏れる。だけど内側をごりごり擦られて僕の体は貪欲に快感を拾い上げた。

 ああ、どうしようもなく幸せで、同じくらい辛い。

 脱がなくていいと言った彼の服の端を、皺にならないようにできるだけそっと掴む。
 そう言えばキスは結局できないままだった、と少し残念に思った。









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