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1.出会い
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竜族の俺が、鳥族のアイレ・ヴェーチルと初めて会ったのは、今から50年近く前のことだった。
竜族の領土に、無防備にもあいつが空から落ちてきたのだ。
俺たち竜族は他の種族に比べて長寿で力が強く、普通の生き物は竜族の近くになんか近寄ってこない。
それなのにやたらフラフラとしている鳥族がいると思ったら、そいつは俺の目の前で真っ逆さまに墜落したのだ。
俺もまだ50歳にも満たないガキで、しかも竜族の中でも強い力を持つ黒竜。
今の俺が見たらぶん殴りたいほど調子に乗っていた俺は、新しいおもちゃが来たとばかりに、地面に倒れ伏すアイレに向かって飛んで行った。
灰色の柔らかそうな羽を持った少年が、ぐったりと地面に倒れている。
人間に羽が生えたような姿の彼は鳥族の中でも『有翼族』なのだとすぐに気が付いた。
知能は高いが爪も牙もなく力も弱くて、人間にさえ愛玩用として狩られることのある種族だ。
意思のない愛玩動物なんて吐き気がすると思っていた俺でも、地面に伏す少年の白い頬やサラサラと流れる灰色の髪を見て、なるほどと納得した。
儚げな容姿に嫌でも庇護欲が掻き立てられて胸が高鳴る。
『なんだ。綿埃かとおもったら、有翼族か』
自分の心を誤魔化すように、口では嫌味な言葉を吐きながらながらそっと彼を抱き起す。
予想以上に華奢で軽い体はあっさりと俺の腕に収まって、そのことに彼が心配にすらなった。
『怪我してるのか?』
腕からじんわりと少量だが血が流れているのを見て、俺は自分の巣に連れ帰ろうと足を進める。
だが目を開いたあいつは薄い灰色の翼を必死に動かして、俺の腕の中から逃げようとした。
『おい暴れるなよ。怪我してんだろ』
『……ここにいたら殺されるだろ。それだったら怪我くらい怖くない』
『なんで殺されるんだ?』
誰かに追われでもしているのか。
それなら助けてやらなければと顔を覗き込むと、彼は口を間抜けに大きく開けた。
その顔が可愛らしいなと見つめていると『竜族は鳥族を食べるんだろう』と彼がおずおずと尋ねてくる。
『別に食べないよ。そもそも、お前みたいに痩せっぽち、食べるところないだろ』
竜族はそれほど食事を必要としない。
痩せた鳥族よりも木の実や花の蜜のほうが美味しそうだと笑うと、彼はつられたように微笑した。
その顔がようやく年相応に緩むのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
『俺の巣で手当てしてやるよ、綿埃』
『俺はワタボコリじゃない……アイレだ』
『そうか、アイレ。俺はアルディートだ。にしてもアイレは痩せているな……顔色も毛艶も悪いし。有翼族ってみんなそうなのか?』
『ふん。お前には分からないよ、黒竜のお坊ちゃん。落ちこぼれのワタボコリに餌をくれる親鳥なんていないからな。一族の爪弾き者は、餌をとるのも一苦労なんだよ』
俺の言葉が気に障ったのか、アイレは腕の中でふいと顔をそむける。
機嫌を損ねてしまったことになぜか思った以上に焦った。
確かに俺は黒竜で、しかも子供の少ない竜族の中で甘やかされている自覚はあった。
同世代よりも早く『人型』を取れるようになり独り立ちを始めたせいか、周囲の成竜からは余計に目を掛けられていて、痩せ細るまで餌を摂れずに苦労した経験なんてない。
どうしたものかと思って口をもごもごさせているうちに俺の巣に着き、簡単に手当てを済ませる。
このまま離れたくない。
でも何を言っていいのか分からない。
胸の奥からむずむずとしたものが浮かび上がってきて苦しい。
彼はぽつりぽつりとこの領地まで飛んで来たけど力尽きて落ちたことを話した。
俺はそれをただ頷いて聞くしか出来ない。
巣に置いてあった日持ちのする果物を食べさせて時間稼ぎをするけれど、彼は無情にも日が落ちそうな空を見て立ち上がった。
『帰るのか?』
『ああ。俺たちは夜目がきかないから、早くしないと』
鳥族の領地まで飛ぶなら、確かにそろそろ帰らないといけない。
でもまだ行ってほしくない。
そう何度も口を開きかけてやめていると、アイレは眉毛を下げた俺を見て小さく笑った。
『ありがとう、アルディート。助かった』
夕陽を受けた笑顔が可愛い。
思わず手を伸ばしかけた俺に気が付いていないアイレは、少し照れたような顔をして、首を傾げた。
『なぁ……また、来ていいか? 鳥族の友人なんていたら、恥ずかしいか?』
その声は甘く、純粋な親しみで溢れていて。
俺は芽吹きそうになった感情を慌てて摘み取って笑顔を作った。
『いつでも歓迎だよ、アイレ。友達になれて嬉しい』
竜族の領土に、無防備にもあいつが空から落ちてきたのだ。
俺たち竜族は他の種族に比べて長寿で力が強く、普通の生き物は竜族の近くになんか近寄ってこない。
それなのにやたらフラフラとしている鳥族がいると思ったら、そいつは俺の目の前で真っ逆さまに墜落したのだ。
俺もまだ50歳にも満たないガキで、しかも竜族の中でも強い力を持つ黒竜。
今の俺が見たらぶん殴りたいほど調子に乗っていた俺は、新しいおもちゃが来たとばかりに、地面に倒れ伏すアイレに向かって飛んで行った。
灰色の柔らかそうな羽を持った少年が、ぐったりと地面に倒れている。
人間に羽が生えたような姿の彼は鳥族の中でも『有翼族』なのだとすぐに気が付いた。
知能は高いが爪も牙もなく力も弱くて、人間にさえ愛玩用として狩られることのある種族だ。
意思のない愛玩動物なんて吐き気がすると思っていた俺でも、地面に伏す少年の白い頬やサラサラと流れる灰色の髪を見て、なるほどと納得した。
儚げな容姿に嫌でも庇護欲が掻き立てられて胸が高鳴る。
『なんだ。綿埃かとおもったら、有翼族か』
自分の心を誤魔化すように、口では嫌味な言葉を吐きながらながらそっと彼を抱き起す。
予想以上に華奢で軽い体はあっさりと俺の腕に収まって、そのことに彼が心配にすらなった。
『怪我してるのか?』
腕からじんわりと少量だが血が流れているのを見て、俺は自分の巣に連れ帰ろうと足を進める。
だが目を開いたあいつは薄い灰色の翼を必死に動かして、俺の腕の中から逃げようとした。
『おい暴れるなよ。怪我してんだろ』
『……ここにいたら殺されるだろ。それだったら怪我くらい怖くない』
『なんで殺されるんだ?』
誰かに追われでもしているのか。
それなら助けてやらなければと顔を覗き込むと、彼は口を間抜けに大きく開けた。
その顔が可愛らしいなと見つめていると『竜族は鳥族を食べるんだろう』と彼がおずおずと尋ねてくる。
『別に食べないよ。そもそも、お前みたいに痩せっぽち、食べるところないだろ』
竜族はそれほど食事を必要としない。
痩せた鳥族よりも木の実や花の蜜のほうが美味しそうだと笑うと、彼はつられたように微笑した。
その顔がようやく年相応に緩むのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
『俺の巣で手当てしてやるよ、綿埃』
『俺はワタボコリじゃない……アイレだ』
『そうか、アイレ。俺はアルディートだ。にしてもアイレは痩せているな……顔色も毛艶も悪いし。有翼族ってみんなそうなのか?』
『ふん。お前には分からないよ、黒竜のお坊ちゃん。落ちこぼれのワタボコリに餌をくれる親鳥なんていないからな。一族の爪弾き者は、餌をとるのも一苦労なんだよ』
俺の言葉が気に障ったのか、アイレは腕の中でふいと顔をそむける。
機嫌を損ねてしまったことになぜか思った以上に焦った。
確かに俺は黒竜で、しかも子供の少ない竜族の中で甘やかされている自覚はあった。
同世代よりも早く『人型』を取れるようになり独り立ちを始めたせいか、周囲の成竜からは余計に目を掛けられていて、痩せ細るまで餌を摂れずに苦労した経験なんてない。
どうしたものかと思って口をもごもごさせているうちに俺の巣に着き、簡単に手当てを済ませる。
このまま離れたくない。
でも何を言っていいのか分からない。
胸の奥からむずむずとしたものが浮かび上がってきて苦しい。
彼はぽつりぽつりとこの領地まで飛んで来たけど力尽きて落ちたことを話した。
俺はそれをただ頷いて聞くしか出来ない。
巣に置いてあった日持ちのする果物を食べさせて時間稼ぎをするけれど、彼は無情にも日が落ちそうな空を見て立ち上がった。
『帰るのか?』
『ああ。俺たちは夜目がきかないから、早くしないと』
鳥族の領地まで飛ぶなら、確かにそろそろ帰らないといけない。
でもまだ行ってほしくない。
そう何度も口を開きかけてやめていると、アイレは眉毛を下げた俺を見て小さく笑った。
『ありがとう、アルディート。助かった』
夕陽を受けた笑顔が可愛い。
思わず手を伸ばしかけた俺に気が付いていないアイレは、少し照れたような顔をして、首を傾げた。
『なぁ……また、来ていいか? 鳥族の友人なんていたら、恥ずかしいか?』
その声は甘く、純粋な親しみで溢れていて。
俺は芽吹きそうになった感情を慌てて摘み取って笑顔を作った。
『いつでも歓迎だよ、アイレ。友達になれて嬉しい』
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