1 / 89
第一部
01.それは自覚なく始まった 1
しおりを挟む
二学期に入って間もなくのことだった。
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、常葉木果歩だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
学活の始まりを告げるチャイムが鳴ると、途端にみんないつもよりきびきびと席に着いた。すぐに担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
果歩は小さな紙切れに「五時から!」と書くと僕の机の上にそっと差し出した。
「お前は僕を破産させる気か」
ここのところ果歩の誘いに乗りすぎていた僕はそう返事をすると、紙切れに手を伸ばし小さな紙飛行機を折った。
「じゃあ見に来るだけでもいいからさー」
そう言って誘い続ける果歩の鼻先に、僕は紙飛行機をふっと投げた。
「見になんか行ってどうすんだよ」
果歩は軽やかに紙飛行機をかわしてそれをキャッチすると、僕に飛ばし返して片目をつぶってみせた。
「もちろん、制覇が耐えられなくなるまで誘惑……」
「やめろ」
果歩の言葉を遮るように僕は即座に飛行機を飛ばし返した。ところが力を入れすぎたそれは果歩を通り過ぎて、教壇の方に向かって飛んで行った。
「やべっ」
焦る僕の隣で果歩は声を抑えて「ばっか」とささやくと、目を細めてくすくす笑った。
僕たちはよくこうやって、先生の目を盗みこそこそとしたやり取りを交わしていた。
だけどそのころまだ僕たちの間に、浮ついた何かがあったわけではなかった。果歩の頭の中にあるのは、ある場所に僕を誘うことだけだった。
そしてそんな少し強引ともいえる果歩の誘いについつい乗せられてしまうのも、僕が同じ場所に魅せられているからに他ならなかった。
僕たちは紙飛行機の行方を目で追った。
そこでやっと教壇に立つ転校生の姿をはっきりと目にした。
真新しい制服を身につけた男子生徒。横にいる担任教師とはとても同じ生き物とは思えない、何ともいえないコントラストがそこにあった。制服と体型のせいだけではなかった。立ち姿が異彩を放っていた。その端正さと異世界感が女子の興味の対象になったのは当然だった。
先生からの紹介が終わった瞬間、待ち構えていたように一部の女子が手を挙げた。
「蒼井くんは、どのくらいアメリカに行ってたんですか?」
その女子は転校生の方を見ながらはにかむようにそう言った。
女子からの質問に、四年やね、とすぐに先生が答えたものですかさず次の女子が手を挙げた。
「授業始まるし、これで最後にしてな」
苦笑しながら先生は次の女子に発言を促した。
「えー、趣味はなんですか。それから誕生日。と、彼女いますか?」
最後と言われて、みんなが気になると思われる質問を一度に三つも詰め込んで上手くしてやった女子を、クラス皆が喝采した。
数秒のざわめきが収まると、そいつは質問した女子の方をまっすぐに見てにこっとした。
思いがけない大胆さ。初めての場所で、教壇の上で、大勢の前で、最後に微妙な質問もあったというのに物怖じした様子がない。
女子たちが小声で王子だ王子だとひそひそ言っているのが聞こえた。あいつの陰のあだ名は王子に決定したことだろう、そう思って見ていると、そいつは質問した生徒からクラス全体に目を移して初めて口を開いた。
「趣味っていうわけじゃないんですけど、向こうではスケートをやっていました」
その瞬間、クラスの視線がいっせいに果歩に集まった。
そこから先、そいつが質問にどう答えたかはまったく覚えていない。ただ、スケートと聞いて目を輝かせるであろうと思った果歩が思ったほど嬉しそうではなく、むしろ少し困惑したように見えた。それがとても気になった。
中二の夏の終り。まだ生き残ったツクツクボウシの声が空高く響いていた――。
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、常葉木果歩だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
学活の始まりを告げるチャイムが鳴ると、途端にみんないつもよりきびきびと席に着いた。すぐに担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
果歩は小さな紙切れに「五時から!」と書くと僕の机の上にそっと差し出した。
「お前は僕を破産させる気か」
ここのところ果歩の誘いに乗りすぎていた僕はそう返事をすると、紙切れに手を伸ばし小さな紙飛行機を折った。
「じゃあ見に来るだけでもいいからさー」
そう言って誘い続ける果歩の鼻先に、僕は紙飛行機をふっと投げた。
「見になんか行ってどうすんだよ」
果歩は軽やかに紙飛行機をかわしてそれをキャッチすると、僕に飛ばし返して片目をつぶってみせた。
「もちろん、制覇が耐えられなくなるまで誘惑……」
「やめろ」
果歩の言葉を遮るように僕は即座に飛行機を飛ばし返した。ところが力を入れすぎたそれは果歩を通り過ぎて、教壇の方に向かって飛んで行った。
「やべっ」
焦る僕の隣で果歩は声を抑えて「ばっか」とささやくと、目を細めてくすくす笑った。
僕たちはよくこうやって、先生の目を盗みこそこそとしたやり取りを交わしていた。
だけどそのころまだ僕たちの間に、浮ついた何かがあったわけではなかった。果歩の頭の中にあるのは、ある場所に僕を誘うことだけだった。
そしてそんな少し強引ともいえる果歩の誘いについつい乗せられてしまうのも、僕が同じ場所に魅せられているからに他ならなかった。
僕たちは紙飛行機の行方を目で追った。
そこでやっと教壇に立つ転校生の姿をはっきりと目にした。
真新しい制服を身につけた男子生徒。横にいる担任教師とはとても同じ生き物とは思えない、何ともいえないコントラストがそこにあった。制服と体型のせいだけではなかった。立ち姿が異彩を放っていた。その端正さと異世界感が女子の興味の対象になったのは当然だった。
先生からの紹介が終わった瞬間、待ち構えていたように一部の女子が手を挙げた。
「蒼井くんは、どのくらいアメリカに行ってたんですか?」
その女子は転校生の方を見ながらはにかむようにそう言った。
女子からの質問に、四年やね、とすぐに先生が答えたものですかさず次の女子が手を挙げた。
「授業始まるし、これで最後にしてな」
苦笑しながら先生は次の女子に発言を促した。
「えー、趣味はなんですか。それから誕生日。と、彼女いますか?」
最後と言われて、みんなが気になると思われる質問を一度に三つも詰め込んで上手くしてやった女子を、クラス皆が喝采した。
数秒のざわめきが収まると、そいつは質問した女子の方をまっすぐに見てにこっとした。
思いがけない大胆さ。初めての場所で、教壇の上で、大勢の前で、最後に微妙な質問もあったというのに物怖じした様子がない。
女子たちが小声で王子だ王子だとひそひそ言っているのが聞こえた。あいつの陰のあだ名は王子に決定したことだろう、そう思って見ていると、そいつは質問した生徒からクラス全体に目を移して初めて口を開いた。
「趣味っていうわけじゃないんですけど、向こうではスケートをやっていました」
その瞬間、クラスの視線がいっせいに果歩に集まった。
そこから先、そいつが質問にどう答えたかはまったく覚えていない。ただ、スケートと聞いて目を輝かせるであろうと思った果歩が思ったほど嬉しそうではなく、むしろ少し困惑したように見えた。それがとても気になった。
中二の夏の終り。まだ生き残ったツクツクボウシの声が空高く響いていた――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる