Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第一部

02.それは自覚なく始まった 2

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 僕が生まれる少し前。日本のあちこちでたくさんのスケートリンクが姿を消した。
 僕たちの町でも数年前に一つのスケートリンクが閉鎖した。僕はそこには一度も行ったことがなかったけれど。だけど二年くらい前、新しいスケートリンクができた。通称「モミの木リンク」。僕は初めて見た時から、そのリンクのとりこになった。

 市街地から少し離れたこの町に新しくできたそのリンクは――いや、それはスケートリンクではなく大型のショッピングセンターだった。巨大な建物の真ん中に最上階までの吹き抜けがあり、ガラス張りのアトリウムになっていた。中にはリンクが二つ並んでいて、正面には大きなモミの木が一本、吹き抜けをつらぬくように立っていた。

 僕が初めてそこに行ったのは六年生の十二月。あの時も果歩と同じクラスだった。バカでかいモミの木が、クリスマスのオーナメントで飾られていた。見上げて圧倒されたあの姿が、印象的で今でも忘れられない。果歩はフリーパスを持っていて毎日のように出入りしていた。果歩に誘われて集まったクラスの大勢の奴らも、みんな異常に興奮していた。ろくに滑れもしないのに、キャーキャー騒いで盛り上がった。
 それ以来、友だち同士でたまに行くようになった。最初の頃は天気が悪くて外で遊べない時だけだったのが、気がつくとそんなことに関係なく度々通うようになっていた。

 スケートは面白かった。陸上を走ったのでは絶対に出せないスピードが出せる。初めのうちは手すりを持たずに立つだけでも精一杯だったのに、いつの間にか友だちとがむしゃらになって追いかけあっていた。
 スケートを習っていたことのある果歩が目の前でひょいとんで見せた時は、みんな目の色を変えた。怖い怖いと言いながらみんな夢中になってまねをした。最初はただ「ねてみた」だったり「回ってみた」だった。それでもそんなちょっとしたことができるというだけで妙に嬉しくて、見様見真似みようみまねで回数を重ねているうちに色々な技ができるようになっていった。新しい技ができるようになったと果歩に自慢される度、僕もリンクに行って同じ技に挑戦した。

 中学に入ると、部活だ塾だといって一緒に滑りに行ってくれる友達が徐々に少なくなっていった。いつの間にかリンクに通う常連は、果歩を除くと僕だけになっていた。
 それでも果歩は多くの友達をリンクに連れて行こうと熱心だった。クリスマスや冬休みはもちろん、体育祭や文化祭のあとなんかにも打ち上げだとかこじつけて、クラス中に呼びかけて回った。滑りたくないと言っている奴にすら、リンクサイドで美味しい物を食べればいいだの何だの言って、強引に連れて行った。

 だからあの瞬間、クラスの目が果歩に集まったのは当たり前のことだった。そしてその日の休み時間、転校生の歓迎企画としてスケートに行こうとみんなが言い始めたことも。
「じゃあ、今日何時集合?」
 誰からともなくそう言い出して、歓迎会の段取りは進んでいった。
「私、蒼井くんにスケート教えて欲しいな」
「私も。私も」
 転校生のまわりには生徒が一人増え、二人増え、あっという間に人だかりができた。

 果歩は自分の席に座ったまま、「地図書くね」とひとこと言うとノートを一枚ちぎり、そこにスケート場までの地図を書き始めた。その声はいつも通り明るかった。だけどいつもなら浮かれて転校生を家まで迎えに行くなどと言い出してもおかしくないくらいなのに、この日の果歩のテンションは不思議と低かった。
 僕はなぜだかそんな果歩から目が離せなくなっていた。

 果歩が地図を持って席を立つと、かわりに木野が寄って来た。
「制覇、残念だな。今日は大勢行くみたいだぞ。いつもは二人きりなのに」
「誰のせいで二人なのか知ってるか? いつも誘ってるのに断りやがって」
「俺だって常葉木ときわぎと遊べるものなら遊びたい! だけど全然ついていけないからな。仕方ないよ。お前はいいよ。運動神経だけはあるから。小っちゃいくせに」
 僕は木野の背中におぶさるようにぶら下がった。
「聞け。僕はついにこの前、百五十センチを超えた」
「そうか。よかったな。おめでとう」
 僕は木野の首を絞めるように体重をかけてやった。木野はわざとらしく咳込んだ。
 解放してやると、
「まあでも今日は俺も行ってやるよ。他の女子も行くから」
 とへらへらして言われた。
 僕は気が抜けたように言った。
「あほか」

 たぶん僕はみんなより遅れていた。
 果歩についても。
 僕はあいつを女の子だと思ってはいなかったけれど――友人たちは結構女の子として評価しているようだった。確かに果歩は不細工ではなかった。というよりはむしろかなり整っている方だった。くっきりとした目鼻立ち、引き締まった輪郭りんかく、細くてさらさらとした琥珀こはく色の髪。
 だけど果歩は、女の子というにはあまりにもこざっぱりしすぎていた。やわらかさだの、華やかさだのいうものが微塵みじんも感じられなかった。髪は短いし、出るべきところは出ていないし、制服の時はまだしも普段着の時なんかは男の子に見えるくらいだった。
 その上僕は果歩のことを、小学校に入るずっと前から知っていた。あいつはスケートに夢中になる前は僕たち男子と一緒に、友達の家の屋根に上ったり川を渡ったり、やんちゃなことばかりをしているような奴だった。
 僕より背が高くなった頃から――そう、果歩は僕より背が高かった――他の女子と同じで僕に対して少し偉そうにはなったけど、それでも他の女子とは違って気取ったところはなかったから相変わらず話しやすくて、僕にはとても女の子とは思えない、身近な仲間の一人のような存在だった。

 果歩が地図を持って転校生の机に行くと、彼は困ったような笑いを浮かべながら誰にともなく言った。
「ごめん、言いにくかったんだけど、今日は都合が悪くって……」
 そして立ち上がると申し訳なさそうに
「ごめんね。せっかく書いてもらったのに。地図、もらっていいかな」
 と果歩に向かって手を差し出した。
「あ、うん。もちろん。もちろん。いつでも時間ができた時に来てみてね」
 果歩はその手に地図を渡した。果歩にしては随分とあっさりした口調だった。そしてその笑顔は……とても行儀ぎょうぎが良かった。
 一瞬非常に盛り上がったのが嘘のようだった。一部の女子たちはものすごく残念がったのだけれど、結局そのまま日を変えようという話にはならず、うやむやに歓迎企画は流れた。

 なぜあんなに盛り上がってしまう前に都合が悪いことをはっきりと言わなかったのだろう。周囲に気がねして自分の都合を切り出せないなんていう人間には第一印象からすれば思えない。

 果歩もなぜだかこの日は、いつもの強引さをみせなかった。
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