Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第二部

44.近づく試合

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 流斗たちは、夏の間やっぱり海外でレッスンを受けていた。その情報の出どころは、隣の子ではなかった。もちろん果歩でもなかった。よくリンクで会うジャッジの人からだった。流斗たちが持ち帰ってきたプログラムの状況についても、知ることができた。大したことはなかった。入っているエレメンツは、レベル1と2が半々程度ということだった。
 僕たちはステップ系のエレメンツは別として、ものによってはレベル3も入れられるのではという状況になっていた。
 海外レッスンがどれほどのものだというんだ。日本でだって、できることはある。


「制覇君」
「わっ」
 駅に着くと、どこからか突然名前を呼ばれて驚いた。あたりを見回すと学校帰りの陽向さんが目の前に現れた。制服姿だ。彼女はいつも車で行き来しているから、こんな所で会うなんて珍しい。
「少しでも早く、話がしたくて」
 どうしたんだろう。そんなに急ぎだなんて。でも悪い知らせだとは思えなかった。彼女の目が輝いていた。
「うちの学校の、スポーツ特待生の条件を確認してきたの」
「スポーツ特待生……?」
「そう。全日本ジュニアでね優勝できたら、入学金も授業料も免除してもらえるんですって。そうしたら制覇君、うちの学校に通えるんでしょう?」
 費用の問題さえクリアできるのなら、もちろん陽向さんの学校に通いたい。スポーツ課のある学校に入った方が普通の公立に行くより、アイスダンスをする上ではずっといい。スポーツに力を入れることを目的とした場所なのだから。
 四月には流斗の話をチンプンカンプンで聞いていた僕だったけれど、今はスポーツ課の意義を理解し、惹かれるようになっていた。
「でも実績がない生徒を取るはずないって父に言われたんですけど」
「その実績が、全日本ジュニアよ」
 入るためには優勝が必要ということか。

 全日本での優勝というのは決して軽いことではなかった。ただ僕はずっとあいつに勝ちたいという思いでやってきたのだ。あいつに勝てば自動的に全日本での優勝はついてくる。望むところじゃないかと僕は自分に言い聞かせた。

 翌日も、授業が終わると僕は急いで自転車置き場に向かった。
「せいはっ」
「わっ。びっくりした」
 自転車の陰から突然果歩が現れた。
「どうした?」
「最近ぜんぜん捕まらないから、ここで待ってれば会えるかなと思って」
「ああ、そうか。でも悪いんだけど、すぐ行かなくちゃならなくて……」
 忙しい毎日。次にいつモミの木に行けるかなんて、もう分からない。もしかするとこのまま僕はずっと、モミの木から遠ざかっていくことになるかもしれない。そうなったら果歩はきっと、悲しむことだろう。
「練習、大変なんだよね。でも、私たちもう中三だよ」
 果歩が物憂ものうげな眼で僕を見た。
 ?
 なんだかいつもと、様子が違う?
「これ。読んで」
 そう言って果歩は僕に、そっと一枚の紙を差し出した。自転車置き場には他に誰もいない。
 何をくれたのか。少しどきどきしながら紙に目を落とす。
「私もさすがに、いつまでもスケートばかりじゃいけないと思って」
 そこには、「〇〇塾」という大きな文字が――。
「は!? じゅく!?」
「一緒に行かない?」
 果歩がにっこり笑いかけてくる。
「いや、僕は……」

 何の用かと思ったら。
 僕は、塾なんかに行くつもりはなかった。練習のことしか考えていなかったから。
 断ろうとして、はっとした。目の前に、スケート以外の場所に誘ってくれている果歩がいることに。果歩は北山高校を受験するんだ。僕も同じ北山高校を目指すと、前にそう伝えたんだった。
 でも今はもう、そのつもりはない。僕は陽向さんと同じ高校に行こうとしている。
 そのことを果歩はまだ知らない……。

「僕は、練習が忙しいから」
「塾に行かないでがんばるんだ?」
「う……ん。そんなとこ」
 というか、スポーツ推薦で入るつもりだから、勉強よりスケートなんだけど。
「じゃあ、私ももうちょっと滑ってようかな」
 僕の言葉に安心したのか、果歩はいつもの調子で能天気に笑った。いやいや、笑ってる場合じゃないぞ。
「お前は勉強しろよ」
「え~、なんでよ」
「落ちたらどうすんだよ」
「制覇だって落ちたらどうすんのよ」
「僕はいいんだよ」
 だって僕は、公立高校を受けるんじゃないんだから。
「って、やばっ! 電車の時間が!」
「えっ! たいへん! 行ってらっしゃい!」
 僕は塾のチラシを手に握りしめて、自転車に飛び乗った。果歩が僕に手を振る。果歩は僕が近くにいない未来を想像したことがあるだろうか。高校にも、そしてモミの木にも僕がいなくなる未来を知ったら、果歩はどう思うだろう。寂しいと思ってくれるだろうか。モミの木から常連が一人いなくなるという以上の意味で……。

 僕はまた、果歩と離れる道をいつの間にか選んでしまった。
 でも、いつまでも同じ所で一緒にいたい奴と同じ毎日を続けていくわけにはいかないんだ。いつまでも自分のやりたいようにだけ、やっていられるわけじゃないんだ。
 そうできるのなら、そうしたかったけど――。
 世の中には僕に期待をかけて、待ってくれている人がいる。そうなると自分の勝手ばかりを、やり続けていくわけにはいかないんだよ。

 駅までの道を急ぐ。この日の風はずいぶん冷たく感じられた。もう九月も終わりだ。あとひと月で西日本ジュニアか。
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