44 / 89
第二部
44.近づく試合
しおりを挟む
流斗たちは、夏の間やっぱり海外でレッスンを受けていた。その情報の出どころは、隣の子ではなかった。もちろん果歩でもなかった。よくリンクで会うジャッジの人からだった。流斗たちが持ち帰ってきたプログラムの状況についても、知ることができた。大したことはなかった。入っているエレメンツは、レベル1と2が半々程度ということだった。
僕たちはステップ系のエレメンツは別として、ものによってはレベル3も入れられるのではという状況になっていた。
海外レッスンがどれほどのものだというんだ。日本でだって、できることはある。
「制覇君」
「わっ」
駅に着くと、どこからか突然名前を呼ばれて驚いた。あたりを見回すと学校帰りの陽向さんが目の前に現れた。制服姿だ。彼女はいつも車で行き来しているから、こんな所で会うなんて珍しい。
「少しでも早く、話がしたくて」
どうしたんだろう。そんなに急ぎだなんて。でも悪い知らせだとは思えなかった。彼女の目が輝いていた。
「うちの学校の、スポーツ特待生の条件を確認してきたの」
「スポーツ特待生……?」
「そう。全日本ジュニアでね優勝できたら、入学金も授業料も免除してもらえるんですって。そうしたら制覇君、うちの学校に通えるんでしょう?」
費用の問題さえクリアできるのなら、もちろん陽向さんの学校に通いたい。スポーツ課のある学校に入った方が普通の公立に行くより、アイスダンスをする上ではずっといい。スポーツに力を入れることを目的とした場所なのだから。
四月には流斗の話をチンプンカンプンで聞いていた僕だったけれど、今はスポーツ課の意義を理解し、惹かれるようになっていた。
「でも実績がない生徒を取るはずないって父に言われたんですけど」
「その実績が、全日本ジュニアよ」
入るためには優勝が必要ということか。
全日本での優勝というのは決して軽いことではなかった。ただ僕はずっとあいつに勝ちたいという思いでやってきたのだ。あいつに勝てば自動的に全日本での優勝はついてくる。望むところじゃないかと僕は自分に言い聞かせた。
翌日も、授業が終わると僕は急いで自転車置き場に向かった。
「せいはっ」
「わっ。びっくりした」
自転車の陰から突然果歩が現れた。
「どうした?」
「最近ぜんぜん捕まらないから、ここで待ってれば会えるかなと思って」
「ああ、そうか。でも悪いんだけど、すぐ行かなくちゃならなくて……」
忙しい毎日。次にいつモミの木に行けるかなんて、もう分からない。もしかするとこのまま僕はずっと、モミの木から遠ざかっていくことになるかもしれない。そうなったら果歩はきっと、悲しむことだろう。
「練習、大変なんだよね。でも、私たちもう中三だよ」
果歩が物憂げな眼で僕を見た。
?
なんだかいつもと、様子が違う?
「これ。読んで」
そう言って果歩は僕に、そっと一枚の紙を差し出した。自転車置き場には他に誰もいない。
何をくれたのか。少しどきどきしながら紙に目を落とす。
「私もさすがに、いつまでもスケートばかりじゃいけないと思って」
そこには、「〇〇塾」という大きな文字が――。
「は!? じゅく!?」
「一緒に行かない?」
果歩がにっこり笑いかけてくる。
「いや、僕は……」
何の用かと思ったら。
僕は、塾なんかに行くつもりはなかった。練習のことしか考えていなかったから。
断ろうとして、はっとした。目の前に、スケート以外の場所に誘ってくれている果歩がいることに。果歩は北山高校を受験するんだ。僕も同じ北山高校を目指すと、前にそう伝えたんだった。
でも今はもう、そのつもりはない。僕は陽向さんと同じ高校に行こうとしている。
そのことを果歩はまだ知らない……。
「僕は、練習が忙しいから」
「塾に行かないでがんばるんだ?」
「う……ん。そんなとこ」
というか、スポーツ推薦で入るつもりだから、勉強よりスケートなんだけど。
「じゃあ、私ももうちょっと滑ってようかな」
僕の言葉に安心したのか、果歩はいつもの調子で能天気に笑った。いやいや、笑ってる場合じゃないぞ。
「お前は勉強しろよ」
「え~、なんでよ」
「落ちたらどうすんだよ」
「制覇だって落ちたらどうすんのよ」
「僕はいいんだよ」
だって僕は、公立高校を受けるんじゃないんだから。
「って、やばっ! 電車の時間が!」
「えっ! たいへん! 行ってらっしゃい!」
僕は塾のチラシを手に握りしめて、自転車に飛び乗った。果歩が僕に手を振る。果歩は僕が近くにいない未来を想像したことがあるだろうか。高校にも、そしてモミの木にも僕がいなくなる未来を知ったら、果歩はどう思うだろう。寂しいと思ってくれるだろうか。モミの木から常連が一人いなくなるという以上の意味で……。
僕はまた、果歩と離れる道をいつの間にか選んでしまった。
でも、いつまでも同じ所で一緒にいたい奴と同じ毎日を続けていくわけにはいかないんだ。いつまでも自分のやりたいようにだけ、やっていられるわけじゃないんだ。
そうできるのなら、そうしたかったけど――。
世の中には僕に期待をかけて、待ってくれている人がいる。そうなると自分の勝手ばかりを、やり続けていくわけにはいかないんだよ。
駅までの道を急ぐ。この日の風はずいぶん冷たく感じられた。もう九月も終わりだ。あとひと月で西日本ジュニアか。
僕たちはステップ系のエレメンツは別として、ものによってはレベル3も入れられるのではという状況になっていた。
海外レッスンがどれほどのものだというんだ。日本でだって、できることはある。
「制覇君」
「わっ」
駅に着くと、どこからか突然名前を呼ばれて驚いた。あたりを見回すと学校帰りの陽向さんが目の前に現れた。制服姿だ。彼女はいつも車で行き来しているから、こんな所で会うなんて珍しい。
「少しでも早く、話がしたくて」
どうしたんだろう。そんなに急ぎだなんて。でも悪い知らせだとは思えなかった。彼女の目が輝いていた。
「うちの学校の、スポーツ特待生の条件を確認してきたの」
「スポーツ特待生……?」
「そう。全日本ジュニアでね優勝できたら、入学金も授業料も免除してもらえるんですって。そうしたら制覇君、うちの学校に通えるんでしょう?」
費用の問題さえクリアできるのなら、もちろん陽向さんの学校に通いたい。スポーツ課のある学校に入った方が普通の公立に行くより、アイスダンスをする上ではずっといい。スポーツに力を入れることを目的とした場所なのだから。
四月には流斗の話をチンプンカンプンで聞いていた僕だったけれど、今はスポーツ課の意義を理解し、惹かれるようになっていた。
「でも実績がない生徒を取るはずないって父に言われたんですけど」
「その実績が、全日本ジュニアよ」
入るためには優勝が必要ということか。
全日本での優勝というのは決して軽いことではなかった。ただ僕はずっとあいつに勝ちたいという思いでやってきたのだ。あいつに勝てば自動的に全日本での優勝はついてくる。望むところじゃないかと僕は自分に言い聞かせた。
翌日も、授業が終わると僕は急いで自転車置き場に向かった。
「せいはっ」
「わっ。びっくりした」
自転車の陰から突然果歩が現れた。
「どうした?」
「最近ぜんぜん捕まらないから、ここで待ってれば会えるかなと思って」
「ああ、そうか。でも悪いんだけど、すぐ行かなくちゃならなくて……」
忙しい毎日。次にいつモミの木に行けるかなんて、もう分からない。もしかするとこのまま僕はずっと、モミの木から遠ざかっていくことになるかもしれない。そうなったら果歩はきっと、悲しむことだろう。
「練習、大変なんだよね。でも、私たちもう中三だよ」
果歩が物憂げな眼で僕を見た。
?
なんだかいつもと、様子が違う?
「これ。読んで」
そう言って果歩は僕に、そっと一枚の紙を差し出した。自転車置き場には他に誰もいない。
何をくれたのか。少しどきどきしながら紙に目を落とす。
「私もさすがに、いつまでもスケートばかりじゃいけないと思って」
そこには、「〇〇塾」という大きな文字が――。
「は!? じゅく!?」
「一緒に行かない?」
果歩がにっこり笑いかけてくる。
「いや、僕は……」
何の用かと思ったら。
僕は、塾なんかに行くつもりはなかった。練習のことしか考えていなかったから。
断ろうとして、はっとした。目の前に、スケート以外の場所に誘ってくれている果歩がいることに。果歩は北山高校を受験するんだ。僕も同じ北山高校を目指すと、前にそう伝えたんだった。
でも今はもう、そのつもりはない。僕は陽向さんと同じ高校に行こうとしている。
そのことを果歩はまだ知らない……。
「僕は、練習が忙しいから」
「塾に行かないでがんばるんだ?」
「う……ん。そんなとこ」
というか、スポーツ推薦で入るつもりだから、勉強よりスケートなんだけど。
「じゃあ、私ももうちょっと滑ってようかな」
僕の言葉に安心したのか、果歩はいつもの調子で能天気に笑った。いやいや、笑ってる場合じゃないぞ。
「お前は勉強しろよ」
「え~、なんでよ」
「落ちたらどうすんだよ」
「制覇だって落ちたらどうすんのよ」
「僕はいいんだよ」
だって僕は、公立高校を受けるんじゃないんだから。
「って、やばっ! 電車の時間が!」
「えっ! たいへん! 行ってらっしゃい!」
僕は塾のチラシを手に握りしめて、自転車に飛び乗った。果歩が僕に手を振る。果歩は僕が近くにいない未来を想像したことがあるだろうか。高校にも、そしてモミの木にも僕がいなくなる未来を知ったら、果歩はどう思うだろう。寂しいと思ってくれるだろうか。モミの木から常連が一人いなくなるという以上の意味で……。
僕はまた、果歩と離れる道をいつの間にか選んでしまった。
でも、いつまでも同じ所で一緒にいたい奴と同じ毎日を続けていくわけにはいかないんだ。いつまでも自分のやりたいようにだけ、やっていられるわけじゃないんだ。
そうできるのなら、そうしたかったけど――。
世の中には僕に期待をかけて、待ってくれている人がいる。そうなると自分の勝手ばかりを、やり続けていくわけにはいかないんだよ。
駅までの道を急ぐ。この日の風はずいぶん冷たく感じられた。もう九月も終わりだ。あとひと月で西日本ジュニアか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる