Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第二部

47.初めての舞台 3

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 笠井・児島組の得点――

  Performed Technical Score   18.76
  Program Component Score   14.64
  Total Segment Score   33.40

 僕の得点はいくつだったんだろう。さっきは胸がいっぱいで、自分の得点を見ていなかった。この点数はいいんだろうか、悪いんだろうか?
 画面が変わって順位が表示される。

 音川・天宮 1  41.74
 笠井・児島 2  33.40

 僕は画面をじっと見つめた。音川・天宮1……ってこれ、滑走順じゃないよね?
 先生が嬉しそうな顔で、僕と陽向さんに腕を回して抱き寄せた。この人もこんな顔をするんだと思うような笑顔で。陽向さんも本当に幸せそうだった。
 ふと観客席を見上げると、こちらに大きく手を振る果歩の姿が目に飛び込んできた。

「続きまして、東日本フィギュアスケートジュニア選手権大会 アイスダンスの部を始めます」
 ベンチのそばで足踏みをして出番を待っていた流斗が動きを止めた。彼は観客席を見上げて手を振った。その先に、タオルくらいの小さな横断幕を体の前に構え、ぱたぱたと揺する果歩がいた。「氷華 & 流斗」という文字の入った横断幕。あいつ。僕たちの時にはあんなもの持っていなかったのに。

 流斗は上着を脱いでコーチに預けると、ゲートに向かって歩き出した。僕とすれ違いざまに、
「つまらないダンスしてるね」
 と言った。
「え?」
「日本のジャッジって、ほんと女の子しか見てないよね」
 流斗は僕を見て笑った。続けて何かを言おうとしていたけれど、隣の美少女に「早くしないと、ですよ」とおだやかに袖をつままれて、急いでリンクへと入っていった。

 心臓が激しく鳴った。
 言われてしまった。つまらないダンスだと。
 ああ、でもそれも仕方ない。ステップなんか間違える奴がいるだろうか。この大事な本番で。しかも、それなのに勝ってしまった――

「制覇君。適当に聞き流して」
 僕が考えていることに気づいたのか、先生が忠告するように言った。
「……間違えたのに勝ったなんて、やっぱりおかしいですよね……?」
 女の子だけしか見ないジャッジが僕たちの組を評価してくれたのかもしれないと思うと、それはとても寂しくて苦しかった。
「制覇君。さっきの試合のビデオを見ましょう。ジャッジが女の子しか見てないなんて嘘よ」
 僕は先生に連れられて、暖房室へと向かった。

 撮影を担当していたきょうちゃん先輩を、陽向さんが連れてきてくれた。そして自分たちの演技を見せられた。
「どう? 初めて他のカップルの演技を見た後に、自分たちを見てみて」
 確かに、さっき笠井・児島組を見た時は上手いと思ったけれど、僕たちの方がなんとなくスピードを感じるような気もする。リンクもわりと端まで使えている。エッジの深さの違いだろうか、彼らとは二人の傾きも随分違う。動きも僕たちの方がメリハリがあるように見えた。
「少しのミスをしてもそれをおぎなうだけの力があなたたちにはあった。そういうことよ。基礎点にしても、エレメンツにしてもね。ジャッジはちゃんと見てるわ。安心しなさい」
 僕は黙ってうなずいた。
 でも、じゃあなんで流斗はあんなことをわざわざ言ったんだろう。
「いい? スケートっていうのはね、精神力がものすごくものを言うのよ。そこを突こうとしてくる相手もたくさんいるわ。他の選手に動揺するようなことを言われても、気にしてはだめ。変に惑わされないで自信を持って明日に備えましょ」

 先生は、流斗が僕を動揺させようとしてあんなことを言ったのだと思っているようだった。だけど、今回の試合で僕たちは直接対決するわけじゃない。わざわざそんなことを言う必要があるだろうか。それにもし対決相手だったとしても、あいつがそんな駆け引きのためにそういうことを言うだろうか。
 からかうため? だったら可能性はあるけど。
 よく分からない。
 だけど、いずれにしてもこの気分は引きずっちゃいけない。
 僕は自分の演技をもう一度見た。半年前は自分の姿を死ぬほど見たくなかったけど、今は案外そうでもない。失敗した箇所を見るのは嫌だし、もうちょっとどうにかならないものだろうかという気分にはなるけれど。でも、これだけのことをやれたんだという小さな喜びはあった。
 明日も頑張らないと。

 この日、僕は流斗たちの演技を見ずに終わった。先生が得点だけを持ってきた。
 42・36。
 僕たちよりも0・62ほど点数が高かった。先生はあなたたちの方がフリーでは点がつくと思うわよと、得意そうに言った。フリーに入れるエレメンツの難易度は僕たちの方が高いし、それにこの点差なら今日だって僕のミスがなければ僕たちの方が高い点になっていただろうということだった。

 シニアの試合がまだ続いていたけれど、僕たちはみんなと一緒に会場を引き上げることになった。陽向さんと南場さんは小さなキャリーバッグを引いていた。上本と平野は、先生の持ってきたカメラだのなんだのを持たされていた。
 南場さんは八位だった。結構すごいんじゃないかなと思ったんだけど、明日のフリーではもっと難しいエレメンツを入れてくる人が上に行くだろうから、総合での順位は多分下がると彼は言った。ショートは決められた範囲内での完成度が求められるけれど、フリーはもっと自由度のある中での勝負になる。みんな自分の持った最高の技を見せに来るのだそうだ。

 会場を出ると外はもう薄暗かった。出てすぐの所に、果歩がいた。壁にもたれてスマホを操っていた。
「おっつかれー」
 果歩は僕に気がつくと、かけ寄ってきた。
「誰? 彼女?」
 少し先を歩いていた上本が驚いたように振り向いた。
 きょうちゃん先輩が「え?」とうわずった声を出した。
「違う、違いますよ」
 焦って否定する僕の横で、相変わらず果歩はのんきに「一緒に帰ろ」とだけ言った。上本ときょうちゃん先輩二人の好奇心に満ちた視線が痛い。いや、三人だった。陽向さんまでもが僕に何とも言えない視線を向けている。
「あれ? まだ解散してなかった?」
 みんなの視線に気がついたのか、果歩はきょとんとしてそう言った。
「大丈夫よ。今日の用事はもう終わったから」
 陽向さんは果歩に向かってそう笑いかけると、
「では、制覇君、また明日」
 とくるりと背を向けた。どことなくそっけない。
 大会中なのだ。もっとこう、「明日も頑張ろうね」みたいな感じで言ってもらえると思っていたのに。
 陽向さんは、立ち止まってしまった上本に「行きましょ」と声をかけると、きょうちゃん先輩の腕を引っ張って先生のあとを追った。上本はこちらをチラチラと気にしながら、二人のあとについて行った。

 僕は果歩と二人、取り残された。
「制覇がいてくれてよかった」
 果歩が言った。
「蒼井君は反省会が長引きそうなんだって。今日は帰れないかもって冗談っぽいメッセージが来た」
 またそういうことか。
「バナーまで用意して、ずいぶん熱心だったな」
 思った以上に不機嫌そうな声が出てしまった。果歩は一瞬目を丸くしたけれど、すぐにふふふと含み笑いをした。
「ねえ、今日蒼井君たちを応援してたの、私だけだったって気がついた? これは将来、サポーター一番乗りだったんだよって自慢できるパターンだよ。あの二人、これから人気出るよ~。きっと」
 それが今日の流斗の演技への感想なのか。
「どーでもいーや。勝手にしろ」
「言われなくても勝手にするよ。明日も応援に来るから。もちろん蒼井君の。試合の日を教えてくれなかったような人のことなんて、応援しないんだもんね~だ」
 怒っているのか笑っているのか分からないトーンで果歩はそう言って僕にぶつかってきた。

 明日か。
 明日は、もうちょっとしっかりしよう。
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