Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

65.それぞれの想い 3

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 日に日に日差しが強くなってきた。
 夏休みが近づいているというのに、僕たちはまだフリーの曲を決められずにいた。アメリカに行くのだとしたら、そろそろ決めなくては。
 練習の前に僕と陽向さんは打ち合わせのためベンチに腰掛け、それぞれ鞄からスマホを出した。
 隣に座った陽向さんはスマホにイヤホンを繋げると僕に向かってすっと手を伸ばし、片方を僕の耳の方へと差し込んだ。

「制覇君、これ見てくれない?」
 二人で画面をのぞき込む。
「きょうちゃんに薦められたミュージカルなの。出会ったばかりの高校生の男女が、二人で歌う楽しさに目覚めるシーンなんだけど。この曲どう?」
 別々に歌いだした二人が、いつの間にか気持ちよさそうにハーモニーを作り出していく。周りを取り囲む他の生徒も、途中から一緒になって音楽に乗っていく。いい曲だ。タイトルはStart of Something New。

「ねえ。ところで、果歩ちゃんは何か言ってた?」
 陽向さんが声を潜めて聞いてくる。
 僕は首を横に振った。
「……ちゃんと話はしてくれたの?」
 僕は再び首を振った。あれから果歩と話をするチャンスがないのだ。姿はもちろん毎日のように見かけるんだけれど、なんでもバッジテストの準備に忙しいんだそうで、まったく話をする隙を与えてくれないのだ。
「怖いわ。突然、怒られたりしないかしら」

 まさかそんなことはないと思うけど、そんなに心配されると心配になってくる。

 果歩には何も言えないうちに、話がずいぶん進んでしまった。自分の知らないうちに僕たちがアメリカに行くことになったと知ったら、果歩は怒るだろうか。

 果歩。ごめん。
 僕も海外に行かずに上手くなれるなら、そうしたいとあの時思ったんだよ。大きな大会で成果を出せるくらいになった時、僕がここまでこれたのはモミの木のおかげだとはっきり言えたらどんなに喜ばれるだろうと思ったんだよ。でも大きな大会で成果を出そうと思うなら、自分に変な縛りなんてかけないで、チャンスは掴んでいかないとならないと思うんだ。オーナーもそう思って、僕たちを囲い込んだりせずにチャンスをくれたんだと思うんだよ。

 そう伝えたいけど、その機会は訪れないまま、フリーのプログラムを作ったり、パスポートを取ったり、僕の海外行きの準備は進んでいった。


 夏休み直前の日曜日。
 僕は練習を休ませてもらって、モミの木から少し離れたリンクで開かれているバッジテストの応援に行った。果歩が一年のブランクを空けて、六級を再受験するのだ。
 そこで、モミの木でよく見かける小学校中学年くらいの女の子が初級のテストを受けているのを見た。

 その子は果歩とモミの木で出会って、親しくしているうちに受験できる力をつけたのだそうだ。受験課題は果歩が教えたらしい。僕と果歩は二人でリンクサイドに並んで応援しながら、久しぶりに話をした。
 二人で並んでバッジテストを見るなんて久しぶりだった。昔に帰ったような気分がした。
 果歩は得意げな声で言った。
「私の初めての弟子ですよ」

 果歩の初めての弟子はたくさん注意を受けながらも、ぜひまた一級を目指してがんばってくださいねという言葉をもらって合格した。
 そして念入りに磨きをかけて挑んだ果歩のショートとフリーは、今回は文句なしの出来栄えだった。
 僕は二人の合格発表を、受験者の輪から少し離れたところから見守った。

 バッジテストが終わった。リンクは照明が半分落とされ、薄暗くなった館内には整氷車が動き出した。
「これでいよいよ近畿だな」
「これからは試合に向けてがんばらなきゃ」
 果歩はご機嫌な声を出しベンチにかけた。

「こんな所まで自力で上って来るなんて、大した奴だな」
 しかも弟子まで育てるなんて。
 それに対して果歩は、自力じゃないよと言った。
「去年スケーティングで落とされた時、制覇が一生懸命教えてくれたんじゃない」
 ベンチで靴紐くつひもを緩めながら果歩が言った。自分の名を出されて、僕は不覚にもどきっとしてしまった。
 果歩は靴を裏返すと、銀色に光るエッジをタオルで丁寧に拭き始めた。

「私がここまで来れたのは、制覇のおかげだよ。それから、モミの木のみんなのおかげ。私は一人じゃなくて色んな人と一緒に考えたり工夫したりしてきたから、ここまで来れたと思うんだ」
 ああ、なんだ。そういうことか。
「そう言われれば僕もそうかも。去年お前とスケーティングの研究をした時もすごい勉強になったけど、その前には大学生の人たちと一緒に色々考えたこともあったよな。先生に言われたことをやってただけじゃ、ここまでは来れなかったかも」
「仲間と磨き合える場所って、やっぱ偉大でしょう?」

 その言葉を、僕はスケートに出会ってから今までをふり返りながらかみしめた。
 果歩は今日、初めての弟子だという子を僕に紹介してくれたけど、果歩の最初の弟子はあの子じゃない。僕だって果歩がいなければ、スケートなんてしていなかった。遊び場として気楽に過ごせるリンクがあって、そこで果歩と色々なことに挑戦できたから今の僕があるんだ。
 そんなあの場所の大切さを訴えてくる果歩に、アメリカ行きを伝えるのは気が引けた。でも今を逃すと、このまま無言で出かけることになってしまう。

 靴袋を肩にかけて立ち上がった果歩に、意を決して話をしようとした時だった。
「制覇。行っておいでよ、アメリカに」
 果歩は力強く、僕の背中を押すように言った。
「外の世界には、こことは違う仲間が待ってるよ。きっと!」
「お前、知ってたんだ……」
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