Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

64.それぞれの想い 2

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 練習が終わると僕は急いで着替えを済ませ、陽向さんを待った。アトリウムから見える空は、もう暗くなっていた。
「あら? 制覇君、どうしたの?」
 荷物をまとめた陽向さんが、僕を見つけた。
「さっきの話ですけど、もしかして陽向さん、本当は海外に行きたいんじゃないかと思って」 そう言うと陽向さんは一瞬目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「それで待っていてくれたの? ふふ。どうもありがとうございます」

 僕たちは人気の失せたベンチに座った。二つのリンクは一般営業を終えて、静かな貸し切りが行われていた。
「僕が先に思ったことを言ったのが悪かったんですよね。ごめんなさい。行きたいなら行きたいと言ってもらって構わなかったんですけど」
「行きたいかって言われたら、行きたいに決まってるじゃない普通。そうでないことを制覇君が言ったことに私は驚いたわ」
 さらりと当然のように、怒られてしまった。
「……そうですよね。すみません」
「ごめんなさい。怒ってるわけじゃないのよ」

 片方のリンクではスピードスケートの選手がゆっくりとした動きでフォームを確認するようにストロークを重ねていた。その動作からは想像できないほどスピードは速い。もう片方のリンクでは、フィギュアの靴を履いた小さい子たちが追いかけ合うように全力で周回していた。
「正直なところ、分からなかったの。どうして制覇君があんなことを言うんだろうって。海外に行った方が、私たちにとってプラスであることは間違いないのに」
「みんなそういう風に言いますけど、本当に海外に行かなくちゃ強くなれないものなんでしょうか。僕はその常識を変えるべきだと思ったんです」
「どうして? どうしてそんなことをしなくちゃならないの? それが私には理解できないんだけれど?」

 陽向さんはそう言うと、とても言いにくそうに
「果歩ちゃんがそれを望んでいるから……?」
 と続けた。

「果歩? いや、果歩は関係ありませんけど……」
 そこまで言って、ふと言葉が止まった。
 僕は、何か間違っていたんだろうか。僕はあの時、誰から見ても当たり前のことを考えたような気がするんだけれど……。
「その方が、モミの木だって喜ぶんじゃないかなって……」
 でも果歩が来るまでは、違うことを考えていたような……。おかしいな。僕は何を考えていたんだろう。しゃべりながら自分でも、分からなくなってくる。

「海外に行くことを勧めてくださったのはオーナーさんよ。それなのに行かない方がモミの木に喜ばれるんじゃないかだなんてどうかしてる。制覇君にとって、モミの木って何? もしかして制覇君にとってのモミの木って、果歩ちゃんなんじゃないの? 私はそうなんじゃないかなって思って二人を見てた。でも、私たちを支援してくれているのは、オーナーさんなのよ」
 そんな当たり前のこと。そんなこと僕だって分かってる。支援してくれているのは、果歩じゃない。
「行った方がいいってことですよね……」
「オーナーさんもね、考えがあって勧めてくださっているんだと思うのよ」

 モミの木のオーナーだからといって、僕たちにモミの木で練習することだけを望んでいるわけじゃない。どこか他の場所で勉強してでもよりよい成績を残せるなら、それを喜んでくれるはずなのだ。
 僕はうなずいた。
「でもね、そうはっきりあの場で言えなかったの。もしも果歩ちゃんを怒らせたら……私たち続けていけなくなったりするんじゃないかしらって……」

 あの場に流れた緊迫感の正体が、分かった気がした。陽向さんも先生も果歩の態度を測りかねていたのだ。
「でも、果歩が怒ったからってどうってこと……」
「制覇君。果歩ちゃんはどうして、制覇君に一生懸命になってくれるのかしら」
「あいつは、このリンクを夢のあるリンクにしようと一生懸命なんです。僕たちが大きく活躍する選手になればここがにぎわうと思って――」
 陽向さんはとてもそんなことは信じられないという顔をした。

「制覇君は本気でそう思ってるの? 違うんじゃない? 果歩ちゃんは、制覇君に離れていかないでほしいんじゃない? だから海外行きに反対なのよ。もし私たちが行くとなったら、果歩ちゃん、私たちがダンスをするのに反対し始めるんじゃない?」

「いや、まさか」
 陽向さんは相変わらず疑わしい目で僕を見ている。
 そんなことってあるだろうか。でもそうだ。言われてみれば果歩は僕に限らず、誰かが遠くに離れていくということに弱い。
 だけど、僕たちが海外に行くというのは、そういう話とは違わないか? 一時的な話だし、なんといっても僕たちががんばれば、結果がこのリンクに返ってくるのだから。

「果歩も、僕たちが強くなるために海外に行くことが必要なんだと納得したら、反対しないと思います。ここの力だけで強くなることができたらそれが一番なんだろうけど。でも果歩のことは果歩と話をすればいいことで、今僕が陽向さんと話さなくちゃならないのは、いかに僕たちが強くなるかについてですよね」
 答えは決まっていた。

「行きましょう、海外。もっと強くなりましょう」
 その言葉に、陽向さんはこわばった表情を浮かべた。
「そんなことして大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ。あいつが目指していることは、僕たちと同じです」
 あいつが何を夢見てがんばっているのか。僕はよく知っている。
 一度賛同したことをくつがえすとなったら怒るかもしれないけれど。

「果歩ちゃんには行くことにしたってこと、上手く伝えてね。ああ、大丈夫かしら。なんだか緊張するわ。正妻さんに隠れて、よからぬ約束をしているみたいな気分」
「はは……」
 どういう冗談を言うんだ。苦笑いしかできない。
 陽向さんはといえば、冗談とは思えない顔をしていた。

 それから僕は理子さんと先生に急いで連絡を取って、陽向さんと話し合った結果やっぱり海外に行きたいという話になったと伝えた。すぐにオーナーから希望の場所を決めるようにという返事をもらえた。先生は選手レベルの生徒を受け入れてもらえる短期レッスンの情報をあちこちから集めてくれて、僕たちは連盟経由でアメリカのサマーキャンプを紹介してもらえることになった。サマーキャンプの近くには、陽向さんの家族の友だちの家があるらしくて、僕たちはそこにステイさせてもらうことになった。
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