Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

63.それぞれの想い 1

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 モミの木は週に数時間の貸し切りだけでなく、一般営業でも積極的にアイスダンス用の時間を作ってくれた。それらはアイスダンスの愛好家が何人か入るだけの、アイスダンス専用の時間だった。
 大勢の一般客やシングルの選手に混ざって練習してきた僕たちにとって、これはとんでもないことだった。僕たちの練習は飛躍的に変わった。

 僕はこれまで一緒にリンクに入っている人の安全のため、コースをゆがませたり、スピードを調節したりしていた。それが今は定められたコースを、正しいタイミングで描くということに徹底できるようになった。

 派手なリフト、深く蛇行するステップといった危険な技も、遠慮なくできるようになった。まわりの安全に気を配らなくていいとなれば、失敗も遠慮なくできる。より上のレベルに挑戦することへのハードルもずっと低くなった。


 梅雨の明けたある日の放課後。果歩がリンクの掲示板に、アイスダンス教室の案内ポスターを張り出した。
「スペース的にもう少し人が入るからっていうのはもちろんなんだけど、同じリンクで練習したことがあるって人を増やせば、みんなで応援しようっていう雰囲気が高まるじゃない? そういうのって夢があると思うんだよね。一緒に練習した仲間が、大きく羽ばたいていくのを見る。いいよね~。
 それにね、そのうち制覇たちを追い抜くくらいの強い後輩をここから出したいねって話も理子さんとしてるんだよ。ほら、制覇たちもそうなるともっとがんばらないとでしょ? いいよね~。競い合い! 夢があるよね~」

 そんな風に浮かれて動き回る果歩を見るのは、僕には当たり前のことだったんだけれど、陽向さんは不思議そうな顔をしていた。
「果歩ちゃんは、こういうリンクのお手伝いもやっているの? アルバイトか何か?」
「あ。これは趣味です。ここを夢のある場所だなって思ってくれる人が増えるといいなって。そう思ってやってるんです。ただそれだけ」
 そう笑うと果歩は丸められたポスターをいくつも抱えて、次の掲示板へと駆けていった。
「本当に、ただそれだけなのかしら……」
 陽向さんはどこか納得いかないような顔で、果歩を眺めていた。

 姫島先生は大阪のリンクでのレッスンの合間を縫って、何日かおきにこっちのリンクに来るという忙しい生活をしていた。この日先生が来たところに、理子さんがやって来た。

「正直、ちょっとだまされたかなって思ってるんですよね」
 理子さんはそう言って僕を見た。
「もしかして、あの時の二人はまぐれだったんじゃない? 二人の練習を見てても、私が心を動かされたような演技をしてくれるようには見えないんだけど」
 あの時がまぐれなのではという指摘は、ある意味当たっていた。あの日まで、僕は音楽に乗るということが分かっていなかった。
 だけど僕は、あの日掴んだはずなのだ。
 しかしあれ以来、あの時のようには気持ちよく踊れていないというのも事実だった。

「あのですね、本番と練習じゃ出来が違うの当たり前なんだから、練習見て変な心配するのはやめてくださいよ」
「制覇君はこう言ってますけど? どうなんです? 先生?」
 理子さんの追及に、先生はおろおろして
「そうですわね。確かにあの日は、二人の持てる最大の力を発揮したというか……」
 と、認めてしまった。
「でもあれが二人の実力ではないというわけではないんですのよ。おほほ……」
 慌ててそうフォローするが、僕らの実力を肯定してるんだか否定してるんだかちっとも分らない。おほほという笑い方も、なんだか無理がある。
 まさか理子さん、今さら支援を取り消したりしないよな。

「そんな二人にオーナーからこんな提案があります」
 それは、なんと夏休みにどこか海外の好きなリンクでレッスンを受けておいでというものだった。指導料、交通費、滞在費をすべて支援してくれるという。
「ずいぶん素敵なお話じゃない」
 ぱっと先生の目が輝いた。
「今度こそパスポート取らなきゃね」
 もちろん陽向さんの瞳も。
 なんと。
 支援打ち切りどころか、こんな話を持ってきてくれるとは。
「君たちにはもう少し修行してきてもらわないとね。客寄せパンダくん」
 理子さんは笑った。

 そこに突然果歩が割り込んできた。
「海外なんて、行く必要ないじゃない」
 浮かれていた場の空気が、一変した。
「制覇を育てるのはこのリンクなんじゃないんですか。オーナーはなんで他のリンクの手を借りようとするんですか?」
 果歩は理子さんに詰め寄った。
「それも海外のリンクの。理子さん、去年先生に向かってなんて言いました? 日本でアイスダンス選手を育てることを考えたらどうかって言ってませんでした? それなのに、おかしくないですか? ここで制覇たちを海外に行かせたら、日本じゃアイスダンサーは育たないって、同意してるも同じじゃないですか」
 果歩は理子さんに向かって問いかける。

「私たちは、私たちの手で実証しましょうよ。制覇たちを、素晴らしいアイスダンサーにしましょうよ。海外にあってこのリンクに足りないものがあるんだったら、それがいったい何なのか、私、調べますよ。支援するって言うんだったら、制覇たちをポイっと海外に行かせるんじゃなくて、それを! このリンクに! 揃えてくださいよ!」

 去年理子さんは、海外に生徒を送り込むだけで上達させようとする先生を批判した。それが今、僕たちに同じ提案をしている。
 結局はそれが上達への簡単な道なのかもしれない。
 かつて流斗も言っていた。日本でアイスダンスはあり得ない、そう先生に言われたって。

 でもあいつは、その言葉に納得してなかった。
 それが事実であっても。納得する気はなかった。
 そうだ、そのあとあいつは言ったんだ。日本でアイスダンスがあり得ないって思われているんだったら俺がそれを変えてやるって。

「そうだよな。果歩のいう通り、僕たちはここで成果を出すべきなのかも」
 流斗は結局環境に恵まれず日本を離れている。でも僕は違う。僕は今、恵まれている。
「そうだよね? 制覇もやっぱり、そう思うよね?」
 果歩が僕の手を取った。
 海外に行かずに功績を残せば、それはモミの木のおかげだとはっきり言える。日本でもアイスダンスはできるのだと言えるようになる。

「ちょっと待ちなさいよ、制覇君」
 腕組みをした理子さんが僕を見て、それから陽向さんへと視線を移した。
「音川さんはそれでいいの?」
 その言葉に僕は陽向さんを振り返った。そうだ。陽向さんはどう思うだろう。

 陽向さんはすごく慎重に何かを見極めようとしているように見えた。黙ったまま、僕と果歩の繋がれた手に数秒間視線を落としていた。先生が僕たち三人を見守っていた。なぜか緊迫した空気が流れていた。

「制覇君がそれでいいと思うなら」
 やっとそう言った彼女の笑顔はとても控えめで、なんだかいつもと違うような気がした。
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