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第三部
74.セントラルパークの休日 3
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最終日。
サマーキャンプを共に過ごした仲間たちによる発表会が始まった。
目の前で二人の選手の名前が呼ばれた。恋人同士だと誤解していたあのカップルが氷へと乗った。
目の前を通ったウェア越しに見える彼らの身体は上から下までしなやかな筋肉で覆われ、よく練習されていることがわかる。そしてトップ選手のオーラを纏っていた。
ウエストサイドストーリーの音楽にのって、二人が滑り出す。ぱっと周囲が明るくなった気がした。みんなの目が吸い寄せられていく。足取りが軽やかで、華やかだ。
練習着で滑っているというのに、舞台を観ているかのような錯覚も覚えさせられる。
許されない恋に落ちた男女が引き離されながらも惹かれ合うという物語を表すように、二人はプログラムの途中で手を離した。
その二人を見た時、ああ、ここまでのことができるんだと息をのんだ。
手を繋がずに並んでステップを踏むその間ですら、二人は繋がっていた。、まるで見えない糸ででも繋がっているように進む二人。絶妙な距離感を保ち、ターンで入れ替わりながら、視線を向ける先にはお互いがいる。すごく自然に。
ふたりの世界が紡ぎ出されていく。
それは芝居ではない表現だった。昨日見た舞台をなぞっているのとは明らかに違っていた。
アイスダンスに求められていることは、何かを装うことではないんだ。
二人が繋がらない事にはアイスダンスは始まらない、そういうことだったんだ。
しびれるような演技に鳥肌が立った。
彼らに続き、いくつもの演技が繰り広げられた。一組終わるごとに先生や生徒同士の間で感想が交わされた。
五番目に、僕たちの番がやって来た。
「行きましょう」
陽向さんが僕よりどんなに上手くても、僕にできることはきっとある。
今彼女はこの曲を、どんな風に滑りたいと思っているだろう。それを一緒に形にしよう。
そう思って陽向さんに手を差し出した。陽向さんがふと、驚いたような目で僕を見た。
どうしてそんな目をされるのか分からなくて、僕も驚いてしまった。でもすぐになにか嬉しいことでもあったように彼女の顔が変わったので、僕もまた嬉しくなった。
僕の手にそっと彼女の手が重なる。
きゅっと握り返し、歩き出す。
自然と同じ方の足から一緒にリンクへと入った。これまで何百回も手をつないで滑ってきたのに、まるで初めてのような感じがした。
聞こえてくるフォックストロットのリズム。触れ合った手から、彼女の中に見えている景色が伝わってくるような気がした。
お互いの背中に手を回し、同じ方向を見つめながら滑り出す。
いつもなら見逃していたのかもしれないような彼女の小さな動きまでもが、鮮やかに感じ取れた。
突然、彼女と共にこんな風に滑りたいというイメージが僕の中に湧きあがってきた。僕の内側から。このイメージはいったいどこから出てきたのか、これまでの僕は、僕のClose to Youを持っていたのだろうかと不思議に思うほどに。
湧き出した僕の中のイメージを、陽向さんへと伝える。
すると次は、陽向さんがそれに応えてくれた。
自分から、相手へ。
相手から、自分へ。
語らい合うように、二人で一つのものを織り上げていく。
ああ、これはあの時と同じだ。
モミの木で、二人でタンゴを踊ったあの時と。
あの時はたまたまだったけど、そうか。こうやって丁寧に心を通わせていけば、ここに来ることはできるんだ。
リンクに流れる歌声に、二人で思いを乗せる。最高に温かくて、幸せなフォックストロットが体中に満ちる。ふたり一緒に、音楽とひとつになる。
誰かと寄り添い共に過ごす幸せを、僕たちは全身で歌った――。
『これは驚いた! 素晴らしいね!』
演技を終えた僕たちは、オスカー先生の興奮した笑顔に迎えられた。
『フリーは日本に帰ってからの宿題だよ。二人の活躍を遠くから楽しみにしているからね』
先生と握手を交わす。ほっとして、むくむくと喜びが込み上げてくる。
この気持ちを分かち合いたくて、陽向さんを見た。彼女もまた僕の方を向いた。きっと僕たちは、同じ顔をしていた。
最後の発表が終わると、みんなわいわいとリンクから上がった。靴を履き替えていると、スマホを片手にアシュリーがやってきた。
『セーハ、ヒナタ。連絡先をちょうだい』
その後ろからバーリントンがすごい剣幕で駆け寄ってきた。
『セーハ!!』
わー。僕は何にもやってないんだけど。
『これが僕の連絡先だ!!』
目の前にスマホを差し出される。
「『あ、はい。分かりました』」
なんだ、そういうことか。
僕たちは連絡先を交換した。
帰り支度を終えた僕たちは、最後にもう一度リンクをのぞいた。別れを告げるリンクには手を繋いだ二人の姿があり、そこにはG線上のアリアが流れていた。ジャンプを決めた二人の着氷が見事に決まる。隣で陽向さんが二人に大きく拍手を送った。
きれいだ。
その気持ちは、初めて二人を見た時と変わらなかった。だけどあの時感じたそれ以外の気持ちは、もう思い出すことはできなかった。
僕はいったい何を比べていたんだろう。
アイスダンスとペアは、ぜんぜん違うじゃないか。
サマーキャンプを共に過ごした仲間たちによる発表会が始まった。
目の前で二人の選手の名前が呼ばれた。恋人同士だと誤解していたあのカップルが氷へと乗った。
目の前を通ったウェア越しに見える彼らの身体は上から下までしなやかな筋肉で覆われ、よく練習されていることがわかる。そしてトップ選手のオーラを纏っていた。
ウエストサイドストーリーの音楽にのって、二人が滑り出す。ぱっと周囲が明るくなった気がした。みんなの目が吸い寄せられていく。足取りが軽やかで、華やかだ。
練習着で滑っているというのに、舞台を観ているかのような錯覚も覚えさせられる。
許されない恋に落ちた男女が引き離されながらも惹かれ合うという物語を表すように、二人はプログラムの途中で手を離した。
その二人を見た時、ああ、ここまでのことができるんだと息をのんだ。
手を繋がずに並んでステップを踏むその間ですら、二人は繋がっていた。、まるで見えない糸ででも繋がっているように進む二人。絶妙な距離感を保ち、ターンで入れ替わりながら、視線を向ける先にはお互いがいる。すごく自然に。
ふたりの世界が紡ぎ出されていく。
それは芝居ではない表現だった。昨日見た舞台をなぞっているのとは明らかに違っていた。
アイスダンスに求められていることは、何かを装うことではないんだ。
二人が繋がらない事にはアイスダンスは始まらない、そういうことだったんだ。
しびれるような演技に鳥肌が立った。
彼らに続き、いくつもの演技が繰り広げられた。一組終わるごとに先生や生徒同士の間で感想が交わされた。
五番目に、僕たちの番がやって来た。
「行きましょう」
陽向さんが僕よりどんなに上手くても、僕にできることはきっとある。
今彼女はこの曲を、どんな風に滑りたいと思っているだろう。それを一緒に形にしよう。
そう思って陽向さんに手を差し出した。陽向さんがふと、驚いたような目で僕を見た。
どうしてそんな目をされるのか分からなくて、僕も驚いてしまった。でもすぐになにか嬉しいことでもあったように彼女の顔が変わったので、僕もまた嬉しくなった。
僕の手にそっと彼女の手が重なる。
きゅっと握り返し、歩き出す。
自然と同じ方の足から一緒にリンクへと入った。これまで何百回も手をつないで滑ってきたのに、まるで初めてのような感じがした。
聞こえてくるフォックストロットのリズム。触れ合った手から、彼女の中に見えている景色が伝わってくるような気がした。
お互いの背中に手を回し、同じ方向を見つめながら滑り出す。
いつもなら見逃していたのかもしれないような彼女の小さな動きまでもが、鮮やかに感じ取れた。
突然、彼女と共にこんな風に滑りたいというイメージが僕の中に湧きあがってきた。僕の内側から。このイメージはいったいどこから出てきたのか、これまでの僕は、僕のClose to Youを持っていたのだろうかと不思議に思うほどに。
湧き出した僕の中のイメージを、陽向さんへと伝える。
すると次は、陽向さんがそれに応えてくれた。
自分から、相手へ。
相手から、自分へ。
語らい合うように、二人で一つのものを織り上げていく。
ああ、これはあの時と同じだ。
モミの木で、二人でタンゴを踊ったあの時と。
あの時はたまたまだったけど、そうか。こうやって丁寧に心を通わせていけば、ここに来ることはできるんだ。
リンクに流れる歌声に、二人で思いを乗せる。最高に温かくて、幸せなフォックストロットが体中に満ちる。ふたり一緒に、音楽とひとつになる。
誰かと寄り添い共に過ごす幸せを、僕たちは全身で歌った――。
『これは驚いた! 素晴らしいね!』
演技を終えた僕たちは、オスカー先生の興奮した笑顔に迎えられた。
『フリーは日本に帰ってからの宿題だよ。二人の活躍を遠くから楽しみにしているからね』
先生と握手を交わす。ほっとして、むくむくと喜びが込み上げてくる。
この気持ちを分かち合いたくて、陽向さんを見た。彼女もまた僕の方を向いた。きっと僕たちは、同じ顔をしていた。
最後の発表が終わると、みんなわいわいとリンクから上がった。靴を履き替えていると、スマホを片手にアシュリーがやってきた。
『セーハ、ヒナタ。連絡先をちょうだい』
その後ろからバーリントンがすごい剣幕で駆け寄ってきた。
『セーハ!!』
わー。僕は何にもやってないんだけど。
『これが僕の連絡先だ!!』
目の前にスマホを差し出される。
「『あ、はい。分かりました』」
なんだ、そういうことか。
僕たちは連絡先を交換した。
帰り支度を終えた僕たちは、最後にもう一度リンクをのぞいた。別れを告げるリンクには手を繋いだ二人の姿があり、そこにはG線上のアリアが流れていた。ジャンプを決めた二人の着氷が見事に決まる。隣で陽向さんが二人に大きく拍手を送った。
きれいだ。
その気持ちは、初めて二人を見た時と変わらなかった。だけどあの時感じたそれ以外の気持ちは、もう思い出すことはできなかった。
僕はいったい何を比べていたんだろう。
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