Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

79.ライバルの躍進 2

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 十月末の土曜日。僕たちは電車を乗り継ぎ、群馬へと向かった。
 去年西日本の会場で東日本のダンスが行われたのとは逆で、今年は東日本の会場に僕たち西日本が入れてもらうのだ。

 会場ですぐ、僕は流斗たちを見つけた。滑らなくてもその姿を見ただけで、二人がどれだけ練習を積んだかが分かった。
 繊細な印象は相変わらずなのに、しっかりとしたものを感じる。高校に上がり成長したというのもあるけれど、氷上だけでなく陸上でのトレーニングもかなり積んだに違いない。

 僕たちもこの一年で変わったよ。
 姿からだけでは分からないと思うけれど。
 演技を見れば分かってもらえるはずだ。仕上げはまだまだこれからだけど、去年言われたようなつまらないダンスなんかじゃなくなってると思うんだ。

 今回のエントリーは東も西も一組ずつ。勝つも負けるもなかった。
 僕たちはただ、お互いを確かめるためだけに来ていた。


 一日目。リズムダンス。
 思った通り。
 二人は一年前とは比べ物にならないスピードで滑り出した。去年だったら絶対にやらないと思われるようなダイナミックなリフトも決めてみせる。
 リフトと言えば大変なのは下にいる男性だと思われがちだけど、実は女の子の方にもかなりのテクニックと体幹を必要とする。そしてそのリフトから氷上に下りた神宮路さんの足取り。難しい着氷をものともせず、スムーズにステップへとつなげていく。エッジを制御する能力が格段に上がっている。

 弱点を補強してきたか。当然だよな。
 もともと「アイスダンス」を踊ることのできていた二人が、身体能力も高めてきた。エレメンツのレベルもぐんと上がっている。得点は60・97。

 対して僕たちの点数は58・73だった。今の段階としては十分だ。僕たちにはまだ磨きこむ余地がある。全日本までには、もっといいリズムダンスになっている。

 もっと大きな点差がついたって、僕は前向きでいられるつもりだった。そう。実際、僕の心を乱したのは点差ではなかった。

 二日目。

 流斗たちのフリーに陽向さんが困惑した目を向けた。
「これがアイスダンスのプログラム? これで本当に必要な要素が全部組み込まれているの?」

 彼女は、「上手い」でも「すごい」でもなければ、「やられた」でもない顔で彼らを見ていた。
 先生も食い入るように二人を見る。
「なんていう不思議なプログラム。それにこの難しい選曲。同じメロディーを繰り返すこんな曲、普通ならアイスダンスに使ったりなんかしない。それをこんな風に成立させるなんて……」

 曲名は知らなくても誰でも耳にしたことがあるだろう、パッヘルベルのカノン。それが流斗たちの楽曲だった。このプログラムの何がそんなに気になるのか。

 その理由はしばらく見ているうちに理解できた。
 フィギュアスケートの多くのプログラムは、物語で言えば起承転結のような抑揚を持つように作られている。見応えのあるプログラムを成功させようと思ったら、選曲の段階からメリハリがありドラマチックなものを選んだ方がやりやすい。
 こんな同じようなメロディーを繰り返す曲では、見る人を退屈させかねないし、せっかくのエレメンツも注目を浴びる機会を得られずに埋もれてしまう。もしくはエレメンツを入れたところが浮いてしまい、音楽との調和が悪くなることだって考えられる。

 ところが不思議なことに、二人の演技は見る者を退屈なんてさせなかった。起承転結のような大きな波はないけれど、小さな波が繰り返される。少しずつ音色を変えながら、何度も何度も。
 輪唱を意味するカノンそのもののように、二人は輪唱を奏でていた。追いかけ合い、時に重なり、その中に少しずつ変化が起きる。エレメンツもステップも、その奏であう中に見事に溶け込んでいる。
 こんなプログラム、見たことない。
 輪唱するアイスダンスだなんて。

 普通じゃない。
 なんでこんなプログラムなんかを用意した?
 どうして今まで誰もやったことのないものなんかで、滑ってみようなんて思ったんだ。

 いくつもの楽器が加わり、曲に厚みが増していく。それに加えて、テンポが早まっていく。二人のステップが加速する。
「試合には、求められる要素と形式があるというのに。このプログラムで認めてもらうことができるつもりなのかしら。ずいぶんな冒険ね……」
 先生は二人に対して、あきれているのか、それともたたえているのか。

 終盤に向け、音量を上げながら追いかけ合うメロディー。大音響の中、二人はダンススピンに入る。体を寄せ合い回っているうちに、しだいにまた会場には静けさが訪れた。

 このプログラムについた得点は、96・69。
 これは妥当な点数なんだろうか? 人と違うことをやったことで減点されたりしているんだろうか。それとも逆に、もしかして加点とかあったりするんだろうか?
 その答えを知ることはできなかった。

「驚いた。ずいぶん面白いことをする人たちなのね」
 陽向さんは興味深そうにしみじみと言った。

 次に滑った僕たちの得点は87・61。かなりの点差はついたけれど、粗削りなエレメンツはおそらく狙ったレベルを獲れていないし、プログラム全体もこなれていないので基礎点も本来より低くついているはず。全日本までの見通しを考えると問題視するほどの点差ではない。
 それよりも演技としては、全日本への可能性を十分感じてもらえるものになっていたはずだ。

 と思うけれど、流斗はどう思っただろう。
 落ち着かない思いで、表彰式に向かった。
 一年前を思い出す。僕はまたあいつに何かを言われるのだろうか。こんな中途半端な状態で西日本に来たことをけなされるだろうか。

 まずは東日本の表彰から行われた。どういうことだか、表彰台のまわりをたくさんの観客がわいわいと囲んでいた。僕たちのアイスショーの後のようだった。
 名前を呼ばれ、台の上で賞状を受け取る流斗。

 このあと、何か言われたら何を言おう。
 そんなことを考える。
 僕の方からもいったい何を考えてあんなプログラムを作ったのか、話を聞いてみたい。

 アメリカのミニ発表会の時のような気分がした。いいプログラムを鑑賞し合って、感想を言い合ったあの時のような。僕たちはお互い、以前より高いステージに上がったのだ。

 流斗たちは台を下り、連盟の人とかカメラを構えた人とかにお辞儀をして、僕とは反対方向に歩き出した。花を抱えた観客たちが何人も彼らを追いかけた。
 そして僕たちの名前が呼ばれた。

 って、あれ?
 これで流斗との久々の対面は終わりなわけ?

「制覇君、早く早く!」
「あ、はい」
 なんでだよ。ほんとにこれでいいのかよ。

 僕の進歩に気づいてくれただろうか。認めてくれただろうか。どうして彼らへの感想を言わせてくれないのか。
 彼らの演じたこれまでにない新しいプログラムを僕は実はひっそり高く買っていたのに。そのことを一緒に語れる距離に近づけているだろうとどこかで期待していたというのに、僕は肩透かしを食らわされてしまったのだった。
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