Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

84.覚悟 2

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 大会初日。
 午前中はリズムダンスの公式練習が入っていた。
 会場には昔の大会の名残の五輪のマークが掲げられていた。

 降り立った会場の氷は、とても硬かった。北の方の氷は硬いという噂は聞いたことがあるけれど、本当だったんだな。

 初日のリズムダンスは、ステップの正確さだけでなくリンクとの位置関係もかなり重要になってくる。どの景色の時にどのステップが来るのが適切か、リードするのに必要な情報を頭に叩き込む。
 勝負に必要なのはスキルと情熱ばかりじゃない。こんな夢のない計算も必要なのだ。


 午後一番は、男子ジュニアのショートだった。

 ステップについてあんなに悩んでいた上本は、結局先生にもらった元のステップでプログラムを滑っていた。だけど、それは元のものとは同じものには見えないくらい見違えるものになっていた。ステップの部分だけではない。プログラム全体が、要素は何も変わっていないのに素晴らしいものへと彩りを変えていた。これまでは素材のいいものがただ雑然と並んでいた印象だったのに、心躍る演技になっていた。
 見ていて夢中になれた。
 プログラム一本を通して、音楽が楽しめる。
 姫島先生って、こんな素敵なプログラムを作る人だったんだな。

 感心と驚きで演技を見終えたけれど、上本が気にしていたステップからのジャンプは失敗に終わり、平野より点も出なかったのが気の毒で、僕は上本に声をかけることができなかった。

 上本と平野の応援が終わると、僕たちはリンクへと下りていった。

 六分間のウォーミングアップが終わり、いよいよ競技が始まる。
 滑走順は一番。
 リンクサイドで出番を待つ僕たちの肩に先生が手を置いた。
「多くの方があなたたちのことを応援してくださってるわ。誇りに思って。いい演技を。いってらっしゃい」

「一番。音川陽向・天宮制覇組」
 アナウンスが会場に響く。走る緊張。
 僕は陽向さんに手を伸ばした。

 僕たちは両手を掲げて、舞台の中央へと向かった。
 最高のClose to Youを。
 みんなのため、陽向さんのため、世界へ行くために。

 フォックストロットのゆったりとした明るい音楽が聞こえてきた。僕たちは向かい合ってホールドを組むと、笑顔で滑り出した。
 サマーキャンプから三ケ月。プログラムはエレメンツの難易度を上げすっかり様変わりをしたけれど、あの日のような感覚が再び僕たちを包み込んでくれた。
 ふたりで一緒に、音楽とひとつになっていく。

 彼女の中から溢れ出るイメージが音楽に運ばれて、僕へと届く。それは僕の中にあるものと混ざり合って新しいものに生まれ変わる。そして僕はまたそれを彼女の元へと届ける。僕たちは響き合う。

 アイスダンスは、自分一人では絶対に行くことのできない世界に連れていってくれる素晴らしいもの。

 不思議なことに、この日のClose to Youは、自分の中から聞こえてくるようだった――


 あっという間の二分五十秒。走り切ったような、しんどくて、でもすっきりとした気分だった。
 最高の出来だった。
 目に入りそうになる汗を拭いた時、遠くに、こちらを向いている大きなカメラが見えた。

 リンクを上がると、隣に設けられたキス&クライという得点を待つ場所に通された。これまでシングル専用の場所だと思っていたのだけれど。そこに陽向さんと先生と一緒に座って、掲示板を見上げる。
 一番滑走の点数が出るのにはかなりの時間がかかる。いつのまにか三人の手が重なっている。

「ただ今の得点……」
 アナウンスの後、電光掲示板に得点が表示された。

  Performed Technical Score   32.27
  Program Component Score   28.77
  Total Segment Score   61.04

 61・04。
 悪くない。
 いや、いい点数だ。
 西日本より大きく伸びたこの点数は、エレメンツがちゃんと評価された上に、加点もついた証。東日本の流斗たちの点も上回っている。
 三人の重なった手が結ばれ、激しく揺すり合ってお互いの興奮を分かち合った。

 僕はここまで来た。
 次は流斗、お前の番だ。どんなフォックストロットを見せてくれるのか。
 僕はキス&クライを離れると、ペットボトルを手にリンクサイドへと近寄った。

 流斗の正面に淡いパステルカラーの衣装に包まれた神宮路さんが立つ。両手を広げホールドを組むと、彼女は笑顔で背中を大きく反らせポーズを取った。
 明るい音楽が流れ始める。二人は軽やかに滑り出した。

 滑らかで大きい滑り。膝を深く曲げたり、立ち上がったりするアップダウンのステップの連なりが、吹く風に花がそよいでいるかのように見える。いいフォックストロットだ。
 その優雅さを邪魔しないリフト。

 去年の段階でも僕にないものを感じさせた二人だけれど、今年の彼らは足りなかった道具を手に入れ、描きたいものを思い通りに描けるようになった画家のように思えた。

 キーポイントへとさしかかる。ごまかしのない丁寧なエッジの乗り換え。そのタイミングはリズム的にも、二人の調和としても理想的だ。一歩一歩のカーブは深く、スピード感がある。そして何よりそんな技術的なことを競っているなんてことをまったく感じさせないほど、二人は自然にフォックストロットを踊っている。
 見る人のほとんどは、その踊りの素晴らしさに見入っていることだろう。
 これを見てその水面下のすごさを理解して焦っているのは、アイスダンスをよほどよく知っている人間だけ。ジャッジ以外では、たとえば僕と、陽向さんと、先生……。

 彼らはパターンダンスから残りのエレメンツをノーミスで終え、笑顔で拍手をもらった。

「ただ今の得点……」

  Performed Technical Score   33.52
  Program Component Score   30.94
  Total Segment Score   64.46

 読み上げられた得点は僕たちよりも三点以上も上回るものだった。

 それは予想外の点差だった。
 今見たプログラム、要素的にはそんなに点差がつくものではなかったはずなのに……。

 この点差は、僕たちの力の差の現れなんだろうか。基礎点が違う、そういう意味なんだろうか。
 見事に見えるものには見事に見えるだけの理由があるのだから。

 もしそうだとしたら、明日ひっくり返すのはもう……無理じゃないか?

「フィギュアスケートはね、二日で勝負するものなのよ。ここで心が折れたら、本当に負けるわよ」
 僕の様子に、先生が力強く言う。
 だけど明日、どうすれば勝てるというのか。持てる力のすべてを出してこの結果なのだ。彼らが失敗することに期待しろとでもいうのだろうか。
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