Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

83.覚悟 1

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「やってきました! ほっかいどー!」
 試合前日の午後七時。飛行機を降りると、平野は嬉しそうに両手を天井へと広げた。
「陽向さんも天宮も、試合が終わったらジンギスカン行こうな!」
 上本も初めての全日本ジュニア出場ということで、テンションが上がりまくっている。

 そして、全日本は初めてじゃない陽向さんまで、なぜか浮かれていた。
「制覇君、お土産は考えた? きょうちゃんにはやっぱりキタキツネのぬいぐるみかなって思ってるんだけど。でもヒグマも捨てがたくて、悩んでるのよね~」
 浮かない顔をしているのは、僕だけかもしれなかった。

「モミの木のみんなにも何か買って帰らなきゃね」
 陽向さんに、うかがうように顔をのぞき込まれた。

 モミの木は、果歩がいなくなっても消えるわけじゃない。応援してくれるみんなはこれからもいる。氷だってある。
 僕たちは支えられている。

 それに報いなくてはという思いは僕を動かすのに十分だろうか。
 僕自身でも、まだよく分からなかった。

 いい報告ができるといいんだけれど。
 エレベーターに乗り込み空港の地下に下りると、快速エアポートで札幌に向かった。


 会場案内の矢印に導かれ、僕たちは抽選会場へ向かった。入り口まで来た時、流斗たちにばったり会った。

「こんにちは」
 陽向さんが彼らに挑戦的にほほ笑んだ。
「こんにちは」
 それに笑い返した流斗は、こちらにみつきそうな目をしていた。
 お前は僕らに向かって、そんな怖い目する必要なんかないだろ。何なんだよ、いったい。

 そんな二人とは対照的なほがらかほほ笑みが、流斗の陰からひょこりと現れた。
「ごきげんよう」
 ごきげんよう……?
「明日からの大会、みなさんも素敵な作品ができるといいですね」
 神宮路さんは僕たちの毒気をすっかり抜くと、「行きましょう?」と誰にともなく声をかけて会場へと歩き出した。

 流斗がそっと僕の耳元でささやいた。
「この試合で勝ったら、俺は大事な話を常葉木さんにしようと思っている」
「えっ?」
「遠くへ行ってしまうかもしれないのなら、その前に言っておきたいことがあるから」
 次の瞬間、流斗の姿が消えた。神宮路さんに袖を引かれ、連れ去られていた。

 陽向さんが「どういうこと?」といぶかしむ目で僕を見た。
「その……僕も昨日知ったんですけど、果歩がインドのどこかに行ってしまうかもしれなくって」
「そこじゃなくて。どうして彼は自分の行動を、制覇君に断らなくちゃならないわけ?」
「さあ……」
「さあって……。制覇君はどうするの? この試合、果歩ちゃんをかけて戦うつもり?」

 流斗はいったい、果歩に何を伝えようとしているんだろう。あいつにとって、果歩は何なんだろう。
 考えてみれば、最初の頃の流斗は今とはずいぶん違っていた。出会った時なんか、アイスダンスをしていることを隠したがっていたし、滑りたいという気持ちにすら素直になれず誤魔化していた。それを変えたのが果歩だった。あいつが自分の好きなものに堂々と手を伸ばせるようになったのは果歩がいたからなんだ。果歩がいなければ今のあいつはなかった。そう考えるとあいつにとって果歩って、とても大きな存在だったんだ。
 それであいつはどうしたいんだろう。果歩の繋ぎとめようというんだろうか。

 僕だって果歩を繋ぎとめたい。
 だけど、それを言葉にすることは僕にはできない。
 なぜって、こんなにも手放したくないという思いがあっても、僕は何度も果歩を置いて遠くへ行こうとしてきた。どれだけ果歩を好きでも、僕はずっと自由だった。だから果歩だって、自由であるべきだと思うんだ。
 過去の悲しみに捕らわれ続けるのではなく。
 自分の才能を生かして、自分が望む場所でやりたいことをやっていくべきだと思うんだ。
 だから僕が果歩にできることは何もない。果歩が自由にいい選択ができることを祈るだけ。

 果歩のおばさんだってそう願ってるはずなんだ。おばさんは果歩の縛られた気持ちに寄り添うために来たわけじゃない。あいつを広い世界に連れ出そうと迎えに来たに違いないんだ。
 そして僕にも、世界にはばたけと言ってくれた――。

「僕は、普通に世界をかけて戦います」
 世界ジュニアへの出場権。
 それを勝ち取るため、この試合で説得力のある勝利を決める。それが僕の選んだ道で、そうすることをみんなが求めてくれている。
 陽向さんは満足そうに笑って僕の手を取った。
「では行きましょうか。世界をかけて戦う、いい響きだわ」
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