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生い立ち
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~14年前2月~
「たっくん子供ができた!」
ワタシがそう言うとたっくんはたばこを口から出し、
「本当か?」
そう言って優しく撫でてくれた。
その時ワタシは17歳、たっくん20歳だった。
ワタシ達は3ヶ月前クラブで知り合いそのまま付き合った。3人姉妹の末っ子だったワタシは中学に入ると夜遊びなどに頻繁に行っていた。次第に家族と喧嘩も増え仲が悪くなっていった。たっくんと付き合ったのをきっかけに家を出て、たっくんと暮らし、高校もやめた。それからは全く連絡を取っていない。それでもワタシは幸せだった。毎日たっくんと一緒にいれて楽しかった。中学生の時から子供が欲しいと思っていたワタシは子供ができて嬉しかった。でも正直金銭面では不安だった。
ワタシ達はたっくんの仕事の収入で生活していた。たっくんの仕事は麻薬の売人だった。それを聞いた時ワタシはびっくりしたけど別に嫌いにはならなかった。仕事があるだけましだと思った。きっとその時からワタシは狂ってたんだと思う。
たっくんの収入は結構良かった。でもたっくんはそのほとんどをパチンコに使っていた。
生活費は家賃、水道代、全て合わせて10万前後でいつもやりくりしていた。
たっくんはパチンコで勝つといつも高価なプレゼントをくれた。でも負けると帰ってくるなりものにあたり次第にはワタシにまで手を出してくる。割合的には負ける方が多かった。だからワタシの体は痣だらけで机も壁もボロボロだった。正直辛かったけどたっくんと一緒に入られると思ったらそんな生活も我慢できた。ワタシはどうしてそんなにもたっくんのことが好きなのかは自分でもわからなかった。殴られている時ワタシは
“たっくんは本当は優しいんだから”
そう思っていた。いや、そう思っていたかったのかもしれない。
ワタシがたっくんに妊娠の報告をしてから6ヶ月が経っていた。お金がなかったから産婦人科には行ってなかった。外は暑くなり、少しずつお腹は大きくなり始めていた。
その頃からたっくんは少しずつおかしくなっていった。薬物の売人だったこともありたっくんは以前から薬物をやっていた。しかし最近はその量も増え、持っている薬物の大半は自分で使っていた。そのため収入も少なくなり、生活はもっと苦しくなっていった。たっくんはいつも1人でブツブツしゃべっていて、いきなり叫ぶこともしばしばあった。幻覚が見えているようで腕にペンなどを指していた。そこにいるのはワタシが好きになったたっくんではなかった。そんなある日ワタシはもう薬物漬けのたっくんとは一緒に入れないと思った。
「たっくん、ワタシもう一緒にいられない」
そう言うと、たっくんはワタシを殴った。お腹だけは必死に守った。今まで絶対に顔だけは殴らなかったたっくん。でもこの時は顔しか殴らなかった。意識朦朧とするワタシを見てたっくんは出て行った。
完全に意識が戻ったのは夜中だった。電気をつけ、お腹を触ってみた。よかった。無事だった。安心した途端鼻がズキズキ痛み始めた。洗面所まで行き鏡を見ると鼻から血が出でいて、少し曲がっていて顔は痣だらけだった。ワタシは痛みに耐えきれなくなり病院に行った。夜中だったため暗くて人通りも少なかったのが救いだった。こんな姿は誰にも見せたくない。
病院の前に着くと入るのにためらった。今になり怪我の原因を何て言おうか迷った。たっくんのせいにはしたくない。おかしいのはわかってたけど、自分が付き合ってる人がそんな人だと認めたくなかった。
ワタシこんなことされてもまだたっくんのことが好きなんだ。引き返そうとした時後ろから声をかけられた。
「どうかなさいましたか?」
振り向くと20代ぐらいの女の人が立っていた。ワタシの顔を見るなり
「大丈夫ですか?ひどい怪我ですね。入ってください」
そう言って半ば強引に入れられた。
診察室と書いてある部屋に入れられ
「ここで待っててくださいね。今先生を呼んできますから」
と言い女の人は駆け足でどっかに行った。ワタシは待っている間鼻の怪我のことをなんて言おうか迷っていた。ぶつけただけではこんなにならないし。どうしよう。しかし答えが出ないうちに病院の先生が来てしまった。
おじさん先生はワタシの正面に座ると
「これはひどいね。どうしたの」
そう言った。ワタシが黙っていると
「話したくないなら話さなくてもいいよ」
そう言ってくれた。
「親御さんは?1人で来たの?」
いつもは化粧をしているせいか20歳ぐらいに見られる。でも今は化粧もしていなかったから年相応に見られた。
「1人で来ました」
ワタシがそう言うとおじさん先生は
「私たちには話さなくてもいいけど親御さんにはちゃんと話すんだよ」
そう言った。
その後の診察でワタシの鼻は少し折れていることがわかった。完全に折れてはいないからすぐに治ると言われた。鼻を固定され病院を出た。家に帰るとどっと疲れが出てきて一瞬にして眠りに落ちた。
翌朝、電話の音で目が覚めた。液晶画面に映し出される見たことのない番号。恐る恐る出る。
「....はい」
「柳葉楓さんの携帯ですか?」
「はいそうです」
「こちら上方警察署のものなんですけど」
は、警察?何で?
「塚山 珠斗さんご存知ですか?」
それは確かにたっくんの名前だった。
「はい」
「珠斗さん昨日薬物の売買をしていて捕まったんですよ。それで楓さんに会いたいそうなんですけど」
「あってもいんですか?今から行きます」
ワタシは急いで準備をした。上方警察署までは電車で20分ぐらいで着く。電話を切ってから10分で家を出た。ワタシは電車の中でたっくんにどんな顔で会えはいんだろうと考えていた。実際顔の怪我を隠すために大きなマスクをつけていたから半分以上は隠れていた。あっという間に上方駅に着いた。電車を降り、改札を抜けたら目の前に上方警察署がある。入り口で名前を言い、ガラスで部屋を半分に分けられているところに連れられた。五分もしないうちに警察の人に連れられてたっくんが入ってきた。入ってくるなりワタシは
「たっくん!」
そう叫んだ。たっくんは虚ろな目で、でもしっかりこっちを見ながら
「楓。どうしたの?その顔」
そう聞いてきた。たっくんは昨日のこと覚えていないんだ。でも警察の人がいる前で本当のことは言えないと思った。
「ああ、ちょっとぶつけちゃって」
笑いながらごまかした。たっくんは
「そーなんだー」
そう言った。その言葉には感情は入っていなかった。なぜかワタシは泣いていた。今はたっくんに泣き顔は見せたくなかった。
「ごめんたっくん。用事があったんだ、行かなきゃ。また来るからね」
ワタシはできるだけ明るくそう言った。逃げるようにして警察署を後にした。
ワタシは駅のトイレに入った。平日の午前中だったので人は少なかった。
さっきのたっくんはいつもと違った。たっくんが発する言葉すべてが空気のように軽く、感情が入っていない。そんな時は今まで何回かあったけど、はっきりと耳にしたのは初めてだった。たっくんがそんな風になったのはショックだったけど、それ以上にそんなたっくんに今まで気づけなかった自分に対してのショックの方が大きかった。
ワタシはトイレで声を殺すようにして泣いた。どのぐらい泣いたかはわからなかったけど、泣いても泣いても涙が止まらなかった。
泣いてもたっくんは戻ってこない。そう思うと孤独感に襲われた。
家に帰り、電気もつけづにリビングに座っていた。これからワタシはどうやって生きていけばいいのか。無意識のうちにお腹に手を当てていた。ワタシは子供が欲しかったこともそうだけど、それ以上に子供を産めば大人として認められるそう思っていたから子供を産みたかった。だけどたっくんがいなくなった今ワタシは一人で産めるか不安だった。
次の日ワタシはブランド品のバッグや靴、アクセサリーなどを持って質屋に行った。全部たっくんからもらったものだった。本当は質屋に出したくなかったけどこうするしか生活していく方法がなかった。
全部合わせて100万にもなった。この時初めてたっくんがくれたものの価値を知った。それなのにワタシは貰ったものをあまり使わなかった。使いたくなかったわけではないけどたっくんからもらったものが汚くなるのが嫌で使わなかった。ワタシは100万円をしっかりバッグに入れて帰った。
あれから3ヶ月がたった。それでも1人の生活にはなれなかった。ワタシのお腹は今にも破裂しそうなぐらい大きくなっていた。ワタシは節約してこの3ヶ月間で20万しか使っていなかった。100万円を手にした一週間後に警察から電話がありたっくんは1年半刑務所で過ごすらしい。ワタシはたっくんが帰ってくるまで絶対に引っ越さないと思った。
夕方になりワタシはテレビを見ながら洗濯物をたたんでいた。するといきなり今まで感じたことのないような痛みに襲われた。ワタシは本能的に陣痛だと思った。トイレに行くと頭が出てきていた。どうすればいいのからからなかったが頭を両腕で支えた。トイレに行ったにもかかわらず床にしゃがみ上半身は起こしたまま足を広げていた。1時間もしないうちに赤ちゃんは出てきた。
えーんえーんと大きな声で顔を真っ赤にして泣く赤ちゃん。ワタシは涙が出てきた。へその緒を切り、結び方はわからなかったが結んであげた。そして赤ちゃんをタオルで包んであげた。少し見つめていたらまたお腹が痛み出した。すると胎盤など子宮に入っていたものすべてが出てきた。ワタシはそれをゴミ袋に詰め込んだ。
その夜あかちゃんと一緒にお風呂に入った。一緒に入ったと言ってもお湯で流してあげることしかできなかった。オムツも洋服はないから裸のままたっくんが来ていた洋服で包んであげた。
「パパの匂いだよ。早く会いたいね」
赤ちゃんは寝ていた。この子のために出生届だけは出してあげようと思った。
ワタシは高校に行っていた時、保育の授業を選択していた。初めて学校で習ったことが役に立ったと思った。
この子が寝ている間にオムツだけでも買ってこようと思い、1人で買い物に行った。10分もかからないで着いた。新生児用と書かれたとオムツを買い、家に帰ると赤ちゃんは泣いていた。
「今オムツ買ってきたからね」
すぐにオムツをつけてあげた。それでも泣き止まなかった。お腹が空いたのかと思い恐る恐る口におっぱいを近づけた。すると勢いよく吸い始めたと思えばと泣き止んだ。変な感じがした。でも嫌ではなかった。
今は11月。この家には暖房はない。寒くならないようにたくさん洋服をかぶせた。
次の日出生届を提出しに行った。純粋で人と人を繋ぐ架け橋になって欲しいと"粋架"と名付けた。ワタシとたっくんは結婚してなかったから苗字はワタシのをつけた。柳葉粋架。
いい名前だと思った。
こうしてワタシと粋架の二人暮らしが始まった。初めの頃は粋架を可愛いと思って一生懸命面倒を見ていた。しかし粋架が生まれて2ヶ月もすると疲労がたまってイライラすることも多くなった。夜中には何回も起こされるし、全然泣き止まない。次第に泣き声を聞くのも嫌になった。ワタシは子供を産めば大人として認められると思っていた。でもそれは思い込みにすぎなかった。外に出るとみんな私のことを見て
「若いのに大変ねぇ」とか「子供が子供を育てられるのかしら」とかそんな声が聞こえてくる。同世代の子を見るとみんな楽しそうに友達と話したりしながら帰っていた。そんなときワタシは何でこの子を産んでしまったんだろう。そう思うようになっていった。
そんなある日出かける準備をしていると粋架が泣き始めた。ワタシは粋架を抱っこしてあやした。それでも全然泣き止まない粋架をみてワタシは爆発した。
「何でいつもいつも急いでるときに泣くの!ワタシはあんたの面倒見るの疲れたの!」
そう言うと粋架はもっと泣いた。
「その泣き声がうるさいの!」
気がつけばワタシは粋架の首を絞めていた。
粋架の泣き声は次第に小さくなっていった。口をパクパクさせる粋架。ワタシは怖くなり手を離した。粋架は無事だった。ワタシはこのとき限界を通り越していた。
あれ以来、粋架が泣くとワタシは粋架を叩くようになった。そのせいで粋架の体は痣だらけだった。そんな生活で粋架は2歳になった。スタスタ歩き、言葉も喋るようになった。以前よりは手がかからなくなったが、それでも体は痣だらけだった。
このとき100万あった生活費はとっくに無くなっていて、家にあるものの売れるものは全て売った。それでも生活していくのはもう限界だった。だから家におもちゃなんてひとつもなかった。お金がないから保育園にも行かれなかった。
粋架が喋るとワタシがうるさいといい叩くせいか粋架は口数が少なかった。それでも粋架は公園に行くと覚えたての言葉で
「ママ、ママ、にゃんにゃん」
そう言って猫を追っかける。その姿はとても可愛く思えた。粋架の顔はたっくん似だった。目はまん丸でくっきり二重。鼻は高かった。そんな粋架をワタシは捨てたいと毎日思っていた。だけどいざ捨てるとなると勇気が出なかった。
この日もお金がないワタシ達は公園に行った。粋架は砂場で遊び、ワタシはベンチに座ってタバコを吸っていた。
「たっくん子供ができた!」
ワタシがそう言うとたっくんはたばこを口から出し、
「本当か?」
そう言って優しく撫でてくれた。
その時ワタシは17歳、たっくん20歳だった。
ワタシ達は3ヶ月前クラブで知り合いそのまま付き合った。3人姉妹の末っ子だったワタシは中学に入ると夜遊びなどに頻繁に行っていた。次第に家族と喧嘩も増え仲が悪くなっていった。たっくんと付き合ったのをきっかけに家を出て、たっくんと暮らし、高校もやめた。それからは全く連絡を取っていない。それでもワタシは幸せだった。毎日たっくんと一緒にいれて楽しかった。中学生の時から子供が欲しいと思っていたワタシは子供ができて嬉しかった。でも正直金銭面では不安だった。
ワタシ達はたっくんの仕事の収入で生活していた。たっくんの仕事は麻薬の売人だった。それを聞いた時ワタシはびっくりしたけど別に嫌いにはならなかった。仕事があるだけましだと思った。きっとその時からワタシは狂ってたんだと思う。
たっくんの収入は結構良かった。でもたっくんはそのほとんどをパチンコに使っていた。
生活費は家賃、水道代、全て合わせて10万前後でいつもやりくりしていた。
たっくんはパチンコで勝つといつも高価なプレゼントをくれた。でも負けると帰ってくるなりものにあたり次第にはワタシにまで手を出してくる。割合的には負ける方が多かった。だからワタシの体は痣だらけで机も壁もボロボロだった。正直辛かったけどたっくんと一緒に入られると思ったらそんな生活も我慢できた。ワタシはどうしてそんなにもたっくんのことが好きなのかは自分でもわからなかった。殴られている時ワタシは
“たっくんは本当は優しいんだから”
そう思っていた。いや、そう思っていたかったのかもしれない。
ワタシがたっくんに妊娠の報告をしてから6ヶ月が経っていた。お金がなかったから産婦人科には行ってなかった。外は暑くなり、少しずつお腹は大きくなり始めていた。
その頃からたっくんは少しずつおかしくなっていった。薬物の売人だったこともありたっくんは以前から薬物をやっていた。しかし最近はその量も増え、持っている薬物の大半は自分で使っていた。そのため収入も少なくなり、生活はもっと苦しくなっていった。たっくんはいつも1人でブツブツしゃべっていて、いきなり叫ぶこともしばしばあった。幻覚が見えているようで腕にペンなどを指していた。そこにいるのはワタシが好きになったたっくんではなかった。そんなある日ワタシはもう薬物漬けのたっくんとは一緒に入れないと思った。
「たっくん、ワタシもう一緒にいられない」
そう言うと、たっくんはワタシを殴った。お腹だけは必死に守った。今まで絶対に顔だけは殴らなかったたっくん。でもこの時は顔しか殴らなかった。意識朦朧とするワタシを見てたっくんは出て行った。
完全に意識が戻ったのは夜中だった。電気をつけ、お腹を触ってみた。よかった。無事だった。安心した途端鼻がズキズキ痛み始めた。洗面所まで行き鏡を見ると鼻から血が出でいて、少し曲がっていて顔は痣だらけだった。ワタシは痛みに耐えきれなくなり病院に行った。夜中だったため暗くて人通りも少なかったのが救いだった。こんな姿は誰にも見せたくない。
病院の前に着くと入るのにためらった。今になり怪我の原因を何て言おうか迷った。たっくんのせいにはしたくない。おかしいのはわかってたけど、自分が付き合ってる人がそんな人だと認めたくなかった。
ワタシこんなことされてもまだたっくんのことが好きなんだ。引き返そうとした時後ろから声をかけられた。
「どうかなさいましたか?」
振り向くと20代ぐらいの女の人が立っていた。ワタシの顔を見るなり
「大丈夫ですか?ひどい怪我ですね。入ってください」
そう言って半ば強引に入れられた。
診察室と書いてある部屋に入れられ
「ここで待っててくださいね。今先生を呼んできますから」
と言い女の人は駆け足でどっかに行った。ワタシは待っている間鼻の怪我のことをなんて言おうか迷っていた。ぶつけただけではこんなにならないし。どうしよう。しかし答えが出ないうちに病院の先生が来てしまった。
おじさん先生はワタシの正面に座ると
「これはひどいね。どうしたの」
そう言った。ワタシが黙っていると
「話したくないなら話さなくてもいいよ」
そう言ってくれた。
「親御さんは?1人で来たの?」
いつもは化粧をしているせいか20歳ぐらいに見られる。でも今は化粧もしていなかったから年相応に見られた。
「1人で来ました」
ワタシがそう言うとおじさん先生は
「私たちには話さなくてもいいけど親御さんにはちゃんと話すんだよ」
そう言った。
その後の診察でワタシの鼻は少し折れていることがわかった。完全に折れてはいないからすぐに治ると言われた。鼻を固定され病院を出た。家に帰るとどっと疲れが出てきて一瞬にして眠りに落ちた。
翌朝、電話の音で目が覚めた。液晶画面に映し出される見たことのない番号。恐る恐る出る。
「....はい」
「柳葉楓さんの携帯ですか?」
「はいそうです」
「こちら上方警察署のものなんですけど」
は、警察?何で?
「塚山 珠斗さんご存知ですか?」
それは確かにたっくんの名前だった。
「はい」
「珠斗さん昨日薬物の売買をしていて捕まったんですよ。それで楓さんに会いたいそうなんですけど」
「あってもいんですか?今から行きます」
ワタシは急いで準備をした。上方警察署までは電車で20分ぐらいで着く。電話を切ってから10分で家を出た。ワタシは電車の中でたっくんにどんな顔で会えはいんだろうと考えていた。実際顔の怪我を隠すために大きなマスクをつけていたから半分以上は隠れていた。あっという間に上方駅に着いた。電車を降り、改札を抜けたら目の前に上方警察署がある。入り口で名前を言い、ガラスで部屋を半分に分けられているところに連れられた。五分もしないうちに警察の人に連れられてたっくんが入ってきた。入ってくるなりワタシは
「たっくん!」
そう叫んだ。たっくんは虚ろな目で、でもしっかりこっちを見ながら
「楓。どうしたの?その顔」
そう聞いてきた。たっくんは昨日のこと覚えていないんだ。でも警察の人がいる前で本当のことは言えないと思った。
「ああ、ちょっとぶつけちゃって」
笑いながらごまかした。たっくんは
「そーなんだー」
そう言った。その言葉には感情は入っていなかった。なぜかワタシは泣いていた。今はたっくんに泣き顔は見せたくなかった。
「ごめんたっくん。用事があったんだ、行かなきゃ。また来るからね」
ワタシはできるだけ明るくそう言った。逃げるようにして警察署を後にした。
ワタシは駅のトイレに入った。平日の午前中だったので人は少なかった。
さっきのたっくんはいつもと違った。たっくんが発する言葉すべてが空気のように軽く、感情が入っていない。そんな時は今まで何回かあったけど、はっきりと耳にしたのは初めてだった。たっくんがそんな風になったのはショックだったけど、それ以上にそんなたっくんに今まで気づけなかった自分に対してのショックの方が大きかった。
ワタシはトイレで声を殺すようにして泣いた。どのぐらい泣いたかはわからなかったけど、泣いても泣いても涙が止まらなかった。
泣いてもたっくんは戻ってこない。そう思うと孤独感に襲われた。
家に帰り、電気もつけづにリビングに座っていた。これからワタシはどうやって生きていけばいいのか。無意識のうちにお腹に手を当てていた。ワタシは子供が欲しかったこともそうだけど、それ以上に子供を産めば大人として認められるそう思っていたから子供を産みたかった。だけどたっくんがいなくなった今ワタシは一人で産めるか不安だった。
次の日ワタシはブランド品のバッグや靴、アクセサリーなどを持って質屋に行った。全部たっくんからもらったものだった。本当は質屋に出したくなかったけどこうするしか生活していく方法がなかった。
全部合わせて100万にもなった。この時初めてたっくんがくれたものの価値を知った。それなのにワタシは貰ったものをあまり使わなかった。使いたくなかったわけではないけどたっくんからもらったものが汚くなるのが嫌で使わなかった。ワタシは100万円をしっかりバッグに入れて帰った。
あれから3ヶ月がたった。それでも1人の生活にはなれなかった。ワタシのお腹は今にも破裂しそうなぐらい大きくなっていた。ワタシは節約してこの3ヶ月間で20万しか使っていなかった。100万円を手にした一週間後に警察から電話がありたっくんは1年半刑務所で過ごすらしい。ワタシはたっくんが帰ってくるまで絶対に引っ越さないと思った。
夕方になりワタシはテレビを見ながら洗濯物をたたんでいた。するといきなり今まで感じたことのないような痛みに襲われた。ワタシは本能的に陣痛だと思った。トイレに行くと頭が出てきていた。どうすればいいのからからなかったが頭を両腕で支えた。トイレに行ったにもかかわらず床にしゃがみ上半身は起こしたまま足を広げていた。1時間もしないうちに赤ちゃんは出てきた。
えーんえーんと大きな声で顔を真っ赤にして泣く赤ちゃん。ワタシは涙が出てきた。へその緒を切り、結び方はわからなかったが結んであげた。そして赤ちゃんをタオルで包んであげた。少し見つめていたらまたお腹が痛み出した。すると胎盤など子宮に入っていたものすべてが出てきた。ワタシはそれをゴミ袋に詰め込んだ。
その夜あかちゃんと一緒にお風呂に入った。一緒に入ったと言ってもお湯で流してあげることしかできなかった。オムツも洋服はないから裸のままたっくんが来ていた洋服で包んであげた。
「パパの匂いだよ。早く会いたいね」
赤ちゃんは寝ていた。この子のために出生届だけは出してあげようと思った。
ワタシは高校に行っていた時、保育の授業を選択していた。初めて学校で習ったことが役に立ったと思った。
この子が寝ている間にオムツだけでも買ってこようと思い、1人で買い物に行った。10分もかからないで着いた。新生児用と書かれたとオムツを買い、家に帰ると赤ちゃんは泣いていた。
「今オムツ買ってきたからね」
すぐにオムツをつけてあげた。それでも泣き止まなかった。お腹が空いたのかと思い恐る恐る口におっぱいを近づけた。すると勢いよく吸い始めたと思えばと泣き止んだ。変な感じがした。でも嫌ではなかった。
今は11月。この家には暖房はない。寒くならないようにたくさん洋服をかぶせた。
次の日出生届を提出しに行った。純粋で人と人を繋ぐ架け橋になって欲しいと"粋架"と名付けた。ワタシとたっくんは結婚してなかったから苗字はワタシのをつけた。柳葉粋架。
いい名前だと思った。
こうしてワタシと粋架の二人暮らしが始まった。初めの頃は粋架を可愛いと思って一生懸命面倒を見ていた。しかし粋架が生まれて2ヶ月もすると疲労がたまってイライラすることも多くなった。夜中には何回も起こされるし、全然泣き止まない。次第に泣き声を聞くのも嫌になった。ワタシは子供を産めば大人として認められると思っていた。でもそれは思い込みにすぎなかった。外に出るとみんな私のことを見て
「若いのに大変ねぇ」とか「子供が子供を育てられるのかしら」とかそんな声が聞こえてくる。同世代の子を見るとみんな楽しそうに友達と話したりしながら帰っていた。そんなときワタシは何でこの子を産んでしまったんだろう。そう思うようになっていった。
そんなある日出かける準備をしていると粋架が泣き始めた。ワタシは粋架を抱っこしてあやした。それでも全然泣き止まない粋架をみてワタシは爆発した。
「何でいつもいつも急いでるときに泣くの!ワタシはあんたの面倒見るの疲れたの!」
そう言うと粋架はもっと泣いた。
「その泣き声がうるさいの!」
気がつけばワタシは粋架の首を絞めていた。
粋架の泣き声は次第に小さくなっていった。口をパクパクさせる粋架。ワタシは怖くなり手を離した。粋架は無事だった。ワタシはこのとき限界を通り越していた。
あれ以来、粋架が泣くとワタシは粋架を叩くようになった。そのせいで粋架の体は痣だらけだった。そんな生活で粋架は2歳になった。スタスタ歩き、言葉も喋るようになった。以前よりは手がかからなくなったが、それでも体は痣だらけだった。
このとき100万あった生活費はとっくに無くなっていて、家にあるものの売れるものは全て売った。それでも生活していくのはもう限界だった。だから家におもちゃなんてひとつもなかった。お金がないから保育園にも行かれなかった。
粋架が喋るとワタシがうるさいといい叩くせいか粋架は口数が少なかった。それでも粋架は公園に行くと覚えたての言葉で
「ママ、ママ、にゃんにゃん」
そう言って猫を追っかける。その姿はとても可愛く思えた。粋架の顔はたっくん似だった。目はまん丸でくっきり二重。鼻は高かった。そんな粋架をワタシは捨てたいと毎日思っていた。だけどいざ捨てるとなると勇気が出なかった。
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