芸術で稼ぐ異世界

アズ

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「マーサ、聞いたぞ。お前、せっかくオファーが来たのに断ったそうじゃないか。何でだよ」
 そう声を掛けてきたのは同じルームメイトのロビンだった。ロビンは俺よりもやや背が高く、一言で言えば美形男子だった。たまに、日によって違う女性と歩いている姿を見かけるところ女性からもモテモテなのだろう。そういう男と同じ部屋というのはあまり好きではなかった。
「オファーは絵としてのじゃなかったからさ」
 マーサはそう答えた。
「だとしても、お前はオファーを受けるべきだったよ。せっかくのチャンスを捨てることないだろ」
「お前には分からないよ」
(絶対に)とマーサは心の中で呟いた。
 だってあれは、俺の作品ではなかったからだ。俺が評価されたわけじゃあない。売れる為にと手段を選ばなかっただけに、それが気持ちのいいものではなかったことに気づいたのだ。
「もう、漫画の方は描かないつもりだ」
 金がなくなったらまた描くかもしれないが、それまではこれでいいと思った。
「勿体ないな」
 そう言う彼は自分と違って彫刻をやっていて、それなりに評価も高かった。実際に彼は評論家からの一定の評価を受けて、アカデミー主催以外の展示会の出展に向けて作品を出し、審査に合格した。その展示会は後二週間で開催される。
 恐らく、彫刻家としての一歩を彼は足を進めている。
 対して俺のこれまでの評価はギリギリだった。展示作品も大半がロマン主義で、俺みたいな絵はまだまだ少ない。
 ただ、10歳の最年少とされるアカデミー生が描いた絵はロマン主義でも写実主義でもなかった。
 名前はエマと言った。アカデミー生に正式に入った最初の作品が一階通路に展示されてあった。
 その絵を見て思ったのは、駅前の広場を描かれた作品だと分かるが、空想でないものの写実にあるような細かなタッチではなく、むしろ荒かった。子どもの絵だと笑う奴もいたが、俺はこの絵を見て怖いと正直思った。この子は才能がある。俺には一目見て分かった。
 転生前はやはり美術が好きで学生の頃は美術部に所属していた。そこではよく風景画を描いていた。周りの学生も風景画をよく描いていた。むしろ、ロマン主義歴史画を描く生徒は自分の部活にはいなかった。あるとしたら、有名画家の真似をして絵を描いたことがある程度だった。自分には歴史画を描く空想が頭に浮かび上がらなかった。
 無論、アカデミーの絵と部活動の絵ではアカデミー生の絵のレベルは高い。流石、画家を目指す人達が集まる場所なだけ皆本格的だった。
 俺はその中から負けないようにするのがやっとだった。
 たまに、ロマン主義の美術の教科書にあった宗教画をなんとか思い出しながらキャンバスに描いてギリギリの評価を貰っているような状況だった。
 正直に白状すれば、この世界の歴史は勿論、宗教もよく分かっていないし、転生前の世界でも熱心な信者ではなかった。でも、この世界も前の世界でも天使が共通して登場することが分かったので、それっぽい絵を描いた。それでも、評論家からは「君はロマン主義に向かないね」と的を当てたことを言われた。
 流石、色んな作品を評論してきただけに、その人達の目はやはり誤魔化せられるものではないと気づかされた。
 そんな俺も画家としての稼ぎが漫画以外に全くないわけではなかった。
 アカデミーの外では依頼さえあれば、男性客が求めるような官能的な絵を描いた。それは喜ばれたりもしたが、それを誰かがアカデミーに密告し、警告を受けてからそれも描けなくなってしまった。
 正直、画家として本当に目指せるか不安だった。そこに10歳のあの絵を見て俺は衝撃を受けた。
 エマという10歳のアカデミーでは歴史上最年少となるその子もバカにならないと本気で思った。周りが笑おうと、俺は笑えなかった。
 アカデミーに入れただけの実力はあると俺は思ってしまった。逆にどうやったらその才能を自分も手にすることができるのか気になった。
 そう、今思えば俺は自分に自信が持てないままここまで来てしまった。それまでは俺の頭の片隅にある誰かの作品を真似して描いていただけだ。それが新しいと評価を貰う為だ。
 確かに、此方の世界にはない絵画を俺はよその世界から引っ張り出しているから当然と言えば当然だった。
 だが、このままじゃ駄目だと危機を感じていた。
 それは次のアカデミー主催の今年最後の展示会に向けた作品をそろそろ制作に取り掛かからなければならなかったからだ。
 だが、次に出す作品の構成が全く思い浮かばず、ちょっと焦っていた。
 もしかしたら、後期は評価を落とすかもしれない。
 連続で落とせば、俺はこのアカデミーにいられなくなる。そうなれば、俺は間違いなく路頭に迷う。
 なんとかしなきゃと思えば思う程に気持ちが焦ってしまう。
 一度、この世界の歴史とか宗教を学ぶべきか。
 俺は気づけば外に出て、近くの図書館に足を向けていた。



◇◆◇◆◇



 図書館に行くと、見覚えのある顔を見かけた。
 アカデミーで見かけた確か……ああ、アンジェとか言った子だ。よく、宗教画を描いている子だ。両親が熱心な宗教家でその影響を受けているのだろうと思うが、隣にいる子どもは妹だろうか? その割には瞳の色が違う。
 すると、アンジェは此方に気づいたのか「珍しいところで会うのね」と声を掛けられた。
 まさか、顔を知られているからとはいえ女子から声を掛けられるとは思わなかった俺は戸惑ってしまった。
「ねぇ、無視?」
「あ、いや……そんなんじゃないよ」
 こんな姿をルームメイトに見られたら「これだから童貞は」とからかわれていただろう。
 童貞を馬鹿にした彼の笑い方は嫌いだった。
(童貞で悪かったな)
「それより隣にいる子は誰?」
「あら、知らないの? この子が最年少でアカデミーに入ったエマよ」
「え!?」
 俺は思わず図書館であることを忘れて大きな声を出してしまった。
 それから周りの集まる目線に気づき、周囲に頭をペコリと下げた。
「そんなに驚く?」
「いや……すまなかった。しかし、君が……」
 対してエマは珍しい格好のマーサを見て不思議な顔をしていた。どこか興味津々で、それはマーサにジロジロ見られている気分にさせた。
「今、この子に文字を教えていたところなの」
「文字が読めないのか?」
「貧しくて学校に行けなかったのよ」
「俺も文字は読めない」
「え? それじゃなんで図書館に来たのよ」
「いや、宗教について勉強しようと思って、とりあえず宗教っぽい本を借りて、ルームメイトに読ませるつもりだ」
「それであまり歴史画を描かなかったのね」
 アンジェは一人納得して頷いて見せた。
「だったら、あなたにも一緒に教えようか?」
「え?」
「ついでよ。勿論、タダじゃないわ。お金をいただくけれどいい?」
 そう言って指でコインをつくった。
「ああ、それじゃ頼むよ」
 どちらにせよ、ロビンに頼む時もお金が発生するから同じことだった。
 しかし、文字が読めないのが自分以外にもいたのは驚きだった。いや、理由を聞けば納得出来るが。
 それが、実は今後の俺にとってはヒントになった。
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