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第8章 勇者ミレーヌ

第53話 勇者ミレーヌ。

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 第53話 勇者ミレーヌ。
 
 攫われた人々は第3の砦と第4の砦の間にある城壁の外にある貧民街だ。
 ルクス城はかなり経済的に豊かな城塞都市だけどそれでも貧民街は存在する。
 貧民街は職を求める人たちの供給地であると同時に、低所得者の住居であり背徳の場所でもある。
 売春宿や怪しげなクスリや密造酒が売られ衛生状態も悪い。
 人間に化けたオーガなどが潜伏するにはうってつけの場所と言える。
 
 また成功者に対する妬みの感情も渦巻いている。
 その歪んだ感情は幻術を使う魔法使いにとって操りやすいだろう。
 だがこういう負の部分は金持ちと貧乏人が存在する限り必ず存在する。
 ここの存在が無いと金持ちは存在できないのだ。
 仮にみんなが同じ財産を共有したとしても、誰かより豊かになりたいという欲望を抑えきれない限りこういう場所は無くなりはしない。
 
 僕達はカチュアさんの案内で貧民街に足を踏み入れその異臭に顔をしかめた。
 地面は手入れがされていないのでデコボコの石畳だ。
 4階建ての木造建築が立ち並び、下水道が完備されているのに糞尿が辺りに撒き散らされている。
 トイレの数が少ないのと不潔になれているせいで、高層階から糞尿を路上に捨てるのが当たり前になっている。
 こういう場所に不慣れな僕とミレーヌは口元を覆う。
 吐き気がして頭が痛くなってきた。
 
 「うう…ボク頭が痛くなってきた」
 
 「ミレーヌしっかりして。今、魔法をかけます」

 そう言ってフェリシアが僕達に音と匂いを消すコンシール・セルフという魔法をかけてくれたのでなんとか匂いは抑えられたが不潔なのは確かだ。
 きっとここに住んでいる人は寿命が短いのだろう。
 刹那的に売春や酒やクスリに手を出す生活をおくるのもわかる気がする。
 
 僕達の前方から棍棒や錆びた剣や短剣を持った人たちがゾンビみたいに集団で現れ歩いてきた。
 皆一様にクスリに手を出した人間特有の正気を失った、よどんだ目をしていた。
 よく見ると物陰や窓からも普通じゃない様子の人達がこっちを見ている。
 きっとここの住人達だろう。
 
 「これはまずいな。精神を司る精霊が無茶苦茶な事になっている」
 
 「クヌート、どういう事?」
 
 「こういう事さ!!」
 
 クヌートとフェリシアが汚れた石畳の地面に手をつくと僕達を守るように石壁がそそり立つ。
 地の精霊の魔法だろうと思う間もなく建物の上階から弓矢が放たれる。
 石壁が矢を弾くと同時に正気を失った住人が僕達に武器を掲げて突撃してきた!!
 
 「スリープ!!ストーンウォール!!ミサイル・プロテクション!!」
 
 クヌートとフェリシアが眠りの魔法で前衛を眠らせ、石壁で接近を防ぎ弓矢を防御する魔法で叩き落とす。
 だがこれでは埒があかない。
 
 「このままだと押し切られる!!カチュアさん、ここにある中で最もよく遠くが見える場所とかありませんか?多分そこがこの人たちを操っている者がいる場所です」
 
 この人たちをクスリや精神魔法で操っている存在がいるはずだ。
 その存在はよく見える場所。
 例えば高い塔にいるはずだ。
 僕がそう聞くとカチュアさんが前方の塔の尖塔を指さした。
 
 「あそこに教会がある。あの教会の屋上ならこの貧民街を一望できる」
 
 「多分そこです。みんな行くよ!!」
 
 そう言って僕達とカチュアさんは教会へと走る。
 追いかけてくる人々の足に蔦が絡みつき転倒者が続出しているのはクヌートとフェリシアの魔法だろう。
 走りながらも精神集中が切れないのは流石ハーフエルフのウィザード兄妹だ。
 前後左右から襲ってくる人たちを魔法とみねうちで排除しながら僕達は教会へとたどり着く。
 
 「ファイアボール&ファイアボール&ファイアボール!!」
 
 クヌートとフェリシアが同時に6個の巨大な火の玉を発動させる。
 その火の玉が合体して巨大な炎になり教会のとびらを吹き飛ばした。
 内側からかんぬきをされていた扉も巨大な炎にぶち抜かれる。
 神聖魔法で防御されていた扉は破壊こそ免れたが内側にいた存在をかんぬきごと吹き飛ばした。
 
 神聖な教会の礼拝堂には多数のゴブリンがたむろしていて、攫われたと思われる男性を棒で殴り女性の衣服を破り捨てていた。
 まだ被害者に死者は無くレイプ未遂だったようだ。
 
 「その人達から離れろ!!」
 
 僕とミレーヌとシグレさんとカチュアさんが剣を抜きゴブリンに突入し斬りまくる。
 突然の事にゴブリンは武器を持つが、僕達3人の勢いに気圧されて混乱したのかバラバラに攻撃してきた。
 辺りにゴブリンの肉と内臓と緑色の血が飛び散り教会の内部は阿鼻叫喚の地獄絵と化した。
 脇から僕達を狙うゴブリンはセシルさんの弓矢が的確に射抜く。
 
 「ハードロック!!」
 
 フェリシアが教会の開け離れた扉に魔法をかけると扉がバアン!!と勢いよく閉められ、追いかけて来る人達が扉を叩く音が聞こえる。
 魔法で閉じられた扉は魔法でないと解除できない。
 
 「ストーンサーバント&ストーンサーバント&ストーンサーバント!!」
 
 クヌートとフェリシアが床に転がっていた石に次々と魔法をかけると、石のゴーレムと化しゴブリン達に襲い掛かった。
 材料の石はかなりの数があり、石のゴーレムの数は増していく。
 次第にゴブリンは数を減らして行き最後の一匹を切り殺した事で全滅させた。
 
 被害者の男性も女性も助けが来たことに安堵したが傷が酷い。
 彼らは一様に怯えていた。
 
 「ボク達が助けに来ました。もう大丈夫です」
 
 ミレーヌがそう言うとミレーヌの身体が光輝いた。
 その光は緑色でミレーヌの背中には天使のような羽根が生えていた。
 その光が被害者達の身体を包むとみんな落ち着いた様子で眠りにつく。
 そして打撲や骨折していた傷が癒えていった
 

 「あ、あれ?みんなどうなったの?」
 
 僕達が唖然としているとミレーヌ自身が一番驚いている様子でキョロキョロと周りを見回す。
 するとカチュアさんが慌てたように片膝をついて跪き手を胸に置いた。
 
 「そのお力は伝説の勇者様のお力です。邪悪を祓い闇を照らし人々を導く光り。まさか実在されるとは」
 
 「ボクが勇者様!?」
 
 ミレーヌも僕達も突然の事で何が何やらわからない。
 その間にも扉を叩く音は激しくなる。
 
 「俺とフェリシアの魔法もそろそろ打ち止めだ。尖塔に登るなら先に行け。ここで食い止める」
 
 「ここは兄様と私が時間を稼ぎます!!急いでください!!」
 
 クヌートとフェリシアは魔力の消耗が激しくて扉を魔法で閉めるのが限界のようだ。
 
 「わかった。僕達が尖塔にたどり着くまで任せたよ」
 
 「尖塔は狭く2人が限度でしょう。私もここに残ります」
 
 「そういう事なら私とセシルも残るしかないな。ユキナ、ミレーヌ。頼むぞ」
 
 「出来るだけ早くしてね」
 
 シグレさんとカチュアさんとセシルさんがそれぞれ武器を手に扉に向き直る。
 早くしないと僕達は群衆に取り囲まれてしまう。
 そうなったら住民と凄惨な戦闘になる。
 
 「わかった。行くよミレーヌ!!」
 
 「行こうユキナ。みんな黒幕はボクとユキナがぱぱっとやっつけちゃうから死なないでね」
 
 そう言って僕とミレーヌは仲間たちに背中を預けて尖塔へと続く階段を昇って行った。
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