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八十神咲子 1

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 ◇

 私は――生まれた時から特別な存在だ。

 私は、特別な血筋に生まれた。

 帝都守護職である鎮守の神様たちの花嫁になることができる特別な存在、それが、私。

 お父様とお母様は私の言うことならなんでも聞いてくれた。

「咲子は特別なの。一番尊い鎮守様が、あなたを娶ってくださるわ」
「そうだな。素晴らしい力を持っている。七鬼様もそうおっしゃっていた」

 巫女の家系に生まれた、神癒の力を持つ巫女は、十歳になると月帝神宮にいる七鬼様の元へ挨拶に行く。
 神癒の巫女は鎮守の神様たちに嫁ぐ必要があるので、その総括をしてくれている七鬼様へのご挨拶は大切なことだ。

 七鬼様の統括している鎮守府で巫女の人数と年齢を把握する。

 それぞれの鎮守様たちにその報告をして、巫女が必ず鎮守様の元へと嫁げるように、次代の鎮守様を力ある巫女が産めるようにしなくてはいけないからだ。

 帝都を守ってくれている神の元に嫁ぐなんて、とても名誉なこと。
 私にしかできないこと。普通の人間と、私は違う。

 私の首には、鮮やかな桜の紋様がある。
 それが私が巫女だという証。
 巫女の力は癒しの力。

 式神や精霊といった人に味方するものを癒やし、鎮守様を癒やし、力を与えることができる。
 私の傍には傷ついた精霊たちが集まることがあったけれど、低俗な精霊なんかを癒やすのはもったいないもの。
 相手をしたりなんてしなかった。
 
 お父様もお母様も、それでいいと言っていた。巫女の力は大切にしなくてはいけない。それは、鎮守様のためにあるのだと。

 鎮守様は――その身に神の力をひいているからか、皆、見目麗しい。
 誰よりも特別な私は、誰よりも素敵な人と結婚することができるのだ。

 ただ――私にもただひとつ、汚点があった。
 それは、薫子お姉様だ。
 
 あんなものを姉だなんて思いたくない。
 幼い頃の私はずっと、お姉様のことをよその子だと思っていた。
 使用人の子供だろう。
 
 けれどある日、お姉様がお父様のことを「お父様」と呼んでいるところを見てしまって、愕然とした。
 泣きながらお母様にすがりついた。あのよその子は、何の力もない居候が『姉』だなんて、信じたくなかった。

 お母様は私の体を抱きしめながら「咲子さんだけが私たちの子です。何の力もないあのような子供は、八十神家の恥さらし。何の価値もありません」と言ってくれた。

 だったら、早く追い出してしまえばいいのに。
 早く、出て行けばいいのに。
 お姉様はあつかましくも、へらへらといつも愛想笑いを浮かべながら、八十神家で暮らしていた。

「――寄生虫とは、宿主の体内に寄生をする動物のことです」

 ある日、女学校の授業で先生がそう言った。
 私は鉛筆でノートに『寄生虫』と書いて、その隣に『お姉様』と付け加えた。

「まるで、寄生虫のようなのよ」
「まぁ、嫌ですね」
「咲子様のような尊いお家に寄生をしているなんて、恥知らずにもほどがあります」

 覚えたばかりの単語は、お姉様を表現するのにぴったりだった。
 友人たちに話すと、皆口元をおさえて、私に同情をした。

 そのような女が家にいるのは不幸だ。何の役にも立たないなんて、さっさと家を追い出せばいいのに。
 皆が、そう言う。私はその通りだと頷いた。

 けれど――はじめて、そのお姉様が役に立ってくれた。
 よりにもよってこの私を娶りたいと、玉藻様が言ってきたのだ。

 玉藻様は元々は、見栄えのいい男性だったらしい。
 けれど、今はもののけの討伐によって大怪我を負い、その顔はぐちゃぐちゃにつぶれているのだという。
 その醜悪な顔を隠すために、いつでも面をつけている。

 そのような恐ろしい化け物のような男の元に、私が嫁ぐなんて考えられない。
 
 たとえ鎮守様といえど、もののけに傷をつけられるような男なんて。
 私には傷を癒す力があるけれど、そんな弱い男に力を使いたくない。

 私が嫁ぐべきは――白虎様だ。
 とても雄々しく強く、力のある鎮守様。私が白虎様の子を産めば、八十神の家はさらに繁栄するだろう。
 八十神には跡継ぎは私しかいないから、子を成したらその中から一人、八十神の跡継ぎとするのである。

 本当なら――私かお姉様のどちらかが家を継ぐ必要がある。
 けれど、お姉様は役立たずだから――化け物の嫁になるのが、ちょうどいい。

 そのうち玉藻様も気づくだろう。
 お姉様がただの人であることに。

 そうすればきっと、お姉様は追い出されるはずだ。
 もしくは、そう――使用人として使われる。

 あんな役立たずには、その程度の人生が似合いだ。
 お姉様が玉藻の家に嫁いでしばらく、私は静かな日々を送っていた。
 お姉様がいなくなってせいせいしたはずなのに、退屈さを感じている。

 お姉様の代わりに雇った女中に花瓶を投げたら、その日のうちに辞めてしまった。
 花瓶を投げた女中は、ひどく嘲るような、反抗的な目で私を睨んでいた。
 お姉様のように、へらへら笑わない。謝らない。

 新しい女を雇うとお父様は言っていたけれど――。
 苛立っている時に水をかける相手が、物をぶつける相手が、いなくなってしまった。

 ――つまらない。

「……まぁ、お姉様」

 女学校の帰り道、友人たちとカフェにでも行こうと繁華街を歩いていた私は、見知った女をみかけた。
 似合わない上等な着物を着ているけれど、その中身の貧相さは変わらない。

 子供を二人連れて、カゴに野菜などを入れて歩いている。
 間違いない。あれは――薫子お姉様だ。

 退屈だった心が、弾む。やっぱりお姉様は、玉藻様の元で使用人として扱われているのだ。
 玉藻様には既に子供が二人いたのだろう。

 お姉様は――子の面倒を見る女中になった。いい気味だ。

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