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ルイ・オランドルの苦渋 2
しおりを挟む騎士団本部には牢獄がある。
これは主に王城内で問題を起こしたものや、身分ある者を閉じ込めておくための牢屋である。
罪状により懲罰が決まるまでの一時預かりの場だ。
簡素なベッドが一つ置かれたきりのそれでも清潔な牢獄に、ナターシャは不貞腐れた顔をして座っていた。
「ルイ!」
迎えに来たルイの顔を見るなり顔をあげて、大きな瞳に大粒の涙を浮かべる。
昔からナターシャはこうなのだ。
思い通りにならないとすぐに泣き顔になる。
実際にぽろぽろと涙をこぼして泣くこともある。
昔はそれが幼い妹のようで可愛いと思っていた。だが今は──苛立ちを溜息とともにルイはそっと逃がした。
「ルイ、何かの間違いなの! 私はなにも悪いことをしていないのよ!? それなのに、こんなところに閉じ込められて……」
「ナターシャ、少し黙って」
「でも!」
「黙れと言っている」
冷たい声で、はじめてナターシャを叱った。
ナターシャは目を見開いて、口を噤む。
夫婦としてうまくやっていこうと考えていた。揉めごとや争いごとを嫌うルイは、できるかぎりナターシャが居心地よく暮らせるようにと、彼女の意見を否定せず、好きなようにさせていた。
だが、母の言う通りだ。
ルイの不甲斐なさが、オランドル侯爵家の家名を地に落とした。
「オランドル侯、あなたの妻が起こした問題は、前例にない犯罪で判断が難しいが、ルーディアス陛下は故意ではなかったということで、酌量の余地があると考えています」
ルイの元にやってきたオルフェレウスが、冷静な口調で言う。
そこには怒りも恨みもない。
本来なら──もっと怒っていいはずだろう。
ラーチェルの発表会を、ナターシャは滅茶苦茶にしたのだから。
だが、あくまで騎士団長として冷静なままのオルフェレウスに、ルイは深く頭をさげた。
「大変ご迷惑をおかけしました。ラーチェルや殿下のおかげで、大事には至らなかったとお聞きしました。本当によかった。とても謝罪ではすまないようなことをナターシャはしでかしたと、重く受け止めています」
「私は悪いことをしていないのよ!? 香水を作っただけだもの!」
「黙れと言っているのが聞こえなかったのか? この期に及んで、反省もしていないなんて」
「でも!」
昔は可愛いと思えた涙も、儚げな美しい顔立ちも、可憐な声も。
全て、醜悪なものだと感じた。
「賠償金はお支払いします。ナターシャについては、オランドル家が責任をもって管理をさせていただきます。二度と社交界には顔を出させませんし、領地からも家からも出しません。申し訳ありませんでした」
「そ、そんな、何を言っているの、ルイ!?」
「君は自分のしでかしたことを理解していないのか? オランドル家の家名に泥を塗り、罪人という悪名を轟かせたんだ」
「そんなことはしていないわ。私はちょっと、香水を作っただけじゃない。ラーチェルも許してくれたわよ」
「……君は、嘘ばかりだ」
ここに来る前──研究棟で発表会の後片付けをしていたラーチェルに会った。
すまなかったと謝罪をするルイに、彼女は「私も悪かったんだと思うわ。ナターシャとずっと友人でいるつもりだった。けれど、私はナターシャのことをなにも知らなかった」と辛そうに言っていた。
私は恨まれていたかもしれない。何かした自覚はないけれど、無自覚がナターシャを傷つけたのかもしれない。
それでも罪は罪。反省をして、償って、もう二度と同じことが起こらなければそれでいい。
そう言って、それから明るく笑った。
ルイの領地にある、生命の樹。あの樹からつくった傷薬で、令嬢たちの傷を治すことができた。
香水もとても好評だった。ありがとう──。
加害者の夫であるルイに、そんなことを言えるラーチェルが眩しかった。
ルイはナターシャの言葉を信じて、ラーチェルのことを男にだらしのない女だと──軽蔑をしたこともあったというのに。
すまなかったと謝罪すると、「色々重なってオルフェ様と結婚をすることができた。だからもういいの」などと笑うから、ルイの胸は潰れそうになった。
本当は君が好きだった。
結ばれるのは自分であったかもしれないのに。
──自分が、情けなくて、仕方がない。
「オルフェレウス殿下、申し訳ありませんでした。妻を管理できなかったのは、全て夫である僕の責任です」
「私に謝罪は必要ない。謝罪なら、被害にあった者たちに」
「その通りですね。一生かけても、償っていくつもりです」
「オランドル侯、こうなってしまったのは不運だとは思う」
「同情をしていただき、感謝します。ですが、僕にも罪はあります」
オランドル侯爵家は特別裕福でもなければ、特別困窮しているわけでもない。
ただ──今回のことは、家に大打撃を与えるだろう。
王家に支払う賠償金の提示額はさほどのものではないが、令嬢たちの家に支払う金額がいくらになるかわからない。
どちらにせよ、相手の言い値に従うしかない。
支払いを済ませて、ナターシャをオランドル侯爵家から出さないという文言を書いた契約書にサインをした。
ナターシャを馬車に乗せて、家に連れ帰る。
馬車の中ではナターシャは哀れみを誘うように、泣き続けていた。
ルイはそれに取り合わず、家に戻るとナターシャを彼女に部屋に連れていく。
「オランドル家に戻るまで、ここから自由に出てはいけない」
「どうして?! ひどいわ!」
「君はそれしか言えないのか。それが君への懲罰だからだ」
「嫌よ! 家から出ることができないなんて、生きている意味がないもの!」
「それほどの罪を君は犯した。本当なら離縁をしたいぐらいだ。けれど、女神ルマリエの名のもとに、離縁は許されていない。君のような罪人の血を残すわけにはいかないから、僕は愛人を作らなくてはいけなくなった。全く……面倒ばかりをかけてくれる」
穏やかで、優しく──なんて。
最早、無意味だ。
ルイは侍女や使用人たちに、ナターシャを見張るように命じた。
喚き散らしているナターシャを無視して、扉を閉める。
ナターシャが香水作りを命じた職人たちにも会わなくてはいけない。
後処理と、両親への謝罪。
それから──山積みになっている問題を前に、激し苛立ち、髪をぐしゃぐしゃと手でかき回した。
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