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いままでの、いつも通りの
しおりを挟む馬屋にシャルデアを連れて行く。新しい藁を敷いて、シャルデアを中に入れると、水桶に井戸から汲んできた水を、飼葉おけに飼い葉を入れた。
「シャルデア、長く走っていて、疲れたわね。乗せてくれて、ありがとう」
ブラシで熱心に体を擦っていると、じわりと涙がにじんでくる。
周囲を確認する。馬屋には、シャルデアとフィアナしかいない。ユリシアスは先に館に入ったようだ。
フィアナはシャルデアの体に、額を押し付けた。
つるりとしてあたたかい生き物の感触に、長く緊張していた体から力が抜けていく。
「……っ、……ごめん、ね。今だけ。もう、泣かないから」
ぽろぽろと涙がこぼれた。
涙と共に、体に溜まっていた嫌なものが、流れ落ちていくようだった。
「うん。……大丈夫。ありがとう、シャルデア。……文字を読むことも、書くことも、算術もできるようになった。昔よりも、きっともっと、しっかり働けるわ」
少なくとも、ユリシアスが不自由をしないように。役に立つことができるだろう。
シャルデアは心配そうに、フィアナの体を鼻先でつつく。
フィアナはシャルデアの額を撫でると、涙を拭って微笑んだ。
シャルデアの世話を終えたフィアナは、再び井戸に向かう。
井戸の水を汲んで水がめをいっぱいにした。
久々の仕事だが、体は何をしたらいいのかをよく覚えているようだった。
水がめを満たした後は室内に入り、中を確認する。ユリシアスは不在だった。
どこかの部屋にいるかもしれないが、探して歩く必要はないだろう。
──今自分ができることを、行うだけだ。
動き回っていると、いろいろなことを忘れることができる。むしろ、何をすべきかわからない城の中にいるほうが不自由さがあった。
「……ドレスは、もう、必要ないわね」
フィアナは二階に向かう。ベッドとクローゼットのある部屋を見つけて、ドレスを脱ぐとクローゼットの中にしまった。
クローゼットの中にはいくつかの服がかけられている。
あとでユリシアスに許可を得ようと思いながら、その中からワンピースを取り出すと着替えた。
相変わらず背は痛んでいたが、鏡で見る気にはならなかった。
一階に向かう。使用人の支度部屋を見つけて、箒などを取り出した。
エプロンもあったので、ワンピースの上から身につける。
まずは掃除をしようと思い、床を掃きはじめる。
きつく絞った布でテーブルや窓を拭く。一階にはリビングがあり、ソファや暖炉がある。
リビングの背面には高い書架があり、さまざまな蔵書で埋まっていた。
外のかまどの他にも、キッチンとダイニングテーブルがある。それから、水まわり。
浴室があり、物置部屋と、使用人用の準備部屋がある。
二階には寝室が四部屋。リビングと、それから、客室がある。
玄関前のホールは広く、そこから二階に続く大きな階段があった。
「……ユリシアス様は、お怪我をなさっているのに。どこにもいないわね」
掃除を終えたフィアナは、外に出た。
さくさくと草を踏みながら、森の中に向かう。久々に嗅ぐ青々とした緑の香りに、胸がいっぱいになった。
森は、好きだ。
森に行こうと、カトルと約束をしていたことを思い出す。
生命の林檎の木から逃げるように森に入っていく。川辺には、ブラッドベリーの実が群生している。
それから、傷によく効くサイラールの葉がある。これは、葉がハートの形をしている。
薬草茶として飲むことのできる、ソリアの葉もある。
フィアナはサイラールの葉と、ソリアの葉を摘んだ。それからブラッドベリーの実を摘んで、持ってきたカゴの中に入れる。
相変わらず指先や腕に傷がついたが、たいしたことではない。
無心で摘んでいると、足音が背後から聞こえた。
「……何をしているのですか」
「ユリシアス様」
「こんなところで、一体何を。一人で森に行くなど、危険です」
「大丈夫です。慣れていますから」
「そういう問題ではありません。……王妃様、怪我を」
「気にしないでください。ユリシアス様、お口に合うかはわかりませんが、ブラッドベリーでジャムを作りますね。ユリシアス様は、お怪我をなさっているのですから、寝ていないと」
「……戻りましょう」
やや強い言葉で言われて、フィアナは身をすくませた。
震えてしまった体に気づかれないように、「帰りますね」と笑って誤魔化した。
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