廃妃の再婚

束原ミヤコ

文字の大きさ
11 / 50

いままでの、いつも通りの

しおりを挟む


 馬屋にシャルデアを連れて行く。新しい藁を敷いて、シャルデアを中に入れると、水桶に井戸から汲んできた水を、飼葉おけに飼い葉を入れた。

「シャルデア、長く走っていて、疲れたわね。乗せてくれて、ありがとう」

 ブラシで熱心に体を擦っていると、じわりと涙がにじんでくる。
 周囲を確認する。馬屋には、シャルデアとフィアナしかいない。ユリシアスは先に館に入ったようだ。

 フィアナはシャルデアの体に、額を押し付けた。
 つるりとしてあたたかい生き物の感触に、長く緊張していた体から力が抜けていく。

「……っ、……ごめん、ね。今だけ。もう、泣かないから」

 ぽろぽろと涙がこぼれた。
 涙と共に、体に溜まっていた嫌なものが、流れ落ちていくようだった。

「うん。……大丈夫。ありがとう、シャルデア。……文字を読むことも、書くことも、算術もできるようになった。昔よりも、きっともっと、しっかり働けるわ」

 少なくとも、ユリシアスが不自由をしないように。役に立つことができるだろう。
 シャルデアは心配そうに、フィアナの体を鼻先でつつく。
 フィアナはシャルデアの額を撫でると、涙を拭って微笑んだ。

 シャルデアの世話を終えたフィアナは、再び井戸に向かう。
 井戸の水を汲んで水がめをいっぱいにした。
 久々の仕事だが、体は何をしたらいいのかをよく覚えているようだった。

 水がめを満たした後は室内に入り、中を確認する。ユリシアスは不在だった。
 どこかの部屋にいるかもしれないが、探して歩く必要はないだろう。
 ──今自分ができることを、行うだけだ。

 動き回っていると、いろいろなことを忘れることができる。むしろ、何をすべきかわからない城の中にいるほうが不自由さがあった。

「……ドレスは、もう、必要ないわね」

 フィアナは二階に向かう。ベッドとクローゼットのある部屋を見つけて、ドレスを脱ぐとクローゼットの中にしまった。
 クローゼットの中にはいくつかの服がかけられている。
 あとでユリシアスに許可を得ようと思いながら、その中からワンピースを取り出すと着替えた。
 相変わらず背は痛んでいたが、鏡で見る気にはならなかった。

 一階に向かう。使用人の支度部屋を見つけて、箒などを取り出した。
 エプロンもあったので、ワンピースの上から身につける。

 まずは掃除をしようと思い、床を掃きはじめる。
 きつく絞った布でテーブルや窓を拭く。一階にはリビングがあり、ソファや暖炉がある。
 リビングの背面には高い書架があり、さまざまな蔵書で埋まっていた。

 外のかまどの他にも、キッチンとダイニングテーブルがある。それから、水まわり。
 浴室があり、物置部屋と、使用人用の準備部屋がある。

 二階には寝室が四部屋。リビングと、それから、客室がある。
 玄関前のホールは広く、そこから二階に続く大きな階段があった。

「……ユリシアス様は、お怪我をなさっているのに。どこにもいないわね」

 掃除を終えたフィアナは、外に出た。
 さくさくと草を踏みながら、森の中に向かう。久々に嗅ぐ青々とした緑の香りに、胸がいっぱいになった。
 森は、好きだ。
 森に行こうと、カトルと約束をしていたことを思い出す。
 
 生命の林檎の木から逃げるように森に入っていく。川辺には、ブラッドベリーの実が群生している。
 それから、傷によく効くサイラールの葉がある。これは、葉がハートの形をしている。
 薬草茶として飲むことのできる、ソリアの葉もある。
 
 フィアナはサイラールの葉と、ソリアの葉を摘んだ。それからブラッドベリーの実を摘んで、持ってきたカゴの中に入れる。
 相変わらず指先や腕に傷がついたが、たいしたことではない。
 無心で摘んでいると、足音が背後から聞こえた。

「……何をしているのですか」
「ユリシアス様」
「こんなところで、一体何を。一人で森に行くなど、危険です」
「大丈夫です。慣れていますから」
「そういう問題ではありません。……王妃様、怪我を」
「気にしないでください。ユリシアス様、お口に合うかはわかりませんが、ブラッドベリーでジャムを作りますね。ユリシアス様は、お怪我をなさっているのですから、寝ていないと」
「……戻りましょう」

 やや強い言葉で言われて、フィアナは身をすくませた。
 震えてしまった体に気づかれないように、「帰りますね」と笑って誤魔化した。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

処理中です...