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私が外に出ない理由

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 窓という窓がバリンバリンと割れた後、すぐに何事もなかったかのように元に戻った。
 何事かしらと思いながらじっとシェイド様を見つめると、視線を思い切り逸らされた。

「シェイド様?」
「――お前には、外に出て一人で生きていく力があったのだろう。なぜ、嫌われていると知りながら、ルディクの婚約者に甘んじていた?」

 確かにそれはそう。
 私は逃げようと思えばいつでも逃げることができたのだ。
 私を嫌っているルディク様との婚姻の儀式に顔を出して、無実の罪で断罪をされるまえに逃げてしまえばよかったのである。
 でも――。

「それはシェイド様と同じです。シェイド様だって、ここからいつでも外に出ることができるのに、ここに留まっているでしょう?」
「まぁ……それは、そうなのだが」
「私も……マリちゃんに出会うまではそうでした。ずっと、屋根裏でうじうじしていたのです。外に出ましたけれど、結局屋根裏に戻りました。どうしてなのでしょうね」
「さぁ。それが疑問だ。魔導具師として生きていけばいいだろう」
「公爵家が自分の家だという気持ちが、あったのだと思います。それに、ルディク様との婚約から逃げてしまえば、一生追われる身になりますし。それは嫌です。私は、隠れて住みたくはないのです」

 私はクリームたっぷりのシフォンケーキをフォークに刺して、シェイド様の口にぐいぐい押し付けた。
 案外素直に口を開いて、もぐもぐと食べてくれるシェイド様ににっこり微笑む。
 フォークごしなら怪我をしないけれど。
 触れないというのはけっこう不自由かもしれない。

「美味しいですか」
「……あぁ」
「文明って美味しいですよね。買ったケーキ、最高です」
「……文明」
「ええ。屋根裏にいたときは不自由でしたが、一歩外に出ればそこには文明が。お金があれば生きていけるのですから、文明って素晴らしい。全てはマリちゃんの黒の書のおかげです」
「……キャストリン」

 シェイド様は低い声で私を呼ぶ。
 名前を呼んでもらえたのが嬉しくて、私はますますにっこりした。

「はい、あなたのキャストリンです」
「いちいち言わなくていい。……お前は私の嫁なのだな」
「はい」
「私には力がある。お前を傷つけた者たちに復讐をする力だ。それを求めて、私のところに来たのでは? 私は、今の話を聞いて腹を立てている。……お前は、何も悪いことをしていない。それなのに、お前一人が責められて、苦渋を舐めるのは間違っているのでは」

 会ったばかりの私に同情して、腹を立ててくれている。
 シェイド様はいいひとだ。
 そして、シェイド様のおっしゃるとおり、シェイド様には何らかの復讐の力があるのだろう。

 でも、私は首を振った。

「シェイド様。人を呪わば穴二つとよく言ったものです。呪い収集家としては、呪いに飲まれないことが一番大切だと考えているのですよ」
「呪いに飲まれない?」
「はい。誰かを恨んだり、憎んだりすることで呪いに飲まれてしまうのです。私は別にルディク様のことが好きじゃありませんでしたし、むしろシェイド様との結婚を命じられたので、ありがとうございますって思ってます」
「変な女だな」
「ふふ……変な女です。それにですね、悪いことをすれば……それ相応の、罰がくだるものなのです。ね、マリちゃん」
「なう」

 マリちゃんは小さく鳴いた。
 全部分かっているでも言いたげな瞳で。

「そんなことよりも、シェイド様。問題はシェイド様です」
「私か」
「はい。シェイド様はどうして呪われてしまったのか、知らないのですか?」
「さぁ、知らないな。私は生まれた時から呪われていた。黒の魔女が何故私に呪いをかけたのか、わからない」

 シェイド様は腕を組んで、目を閉じた。

「黒の魔女は、祝福と同時に呪いをかけた。アルサンディア国王に最初に生まれる男の子は、優れた容姿と賢さを持ち賢王となるだろう。しかし生まれた瞬間に呪いにかかり、その全身には呪詛の紋様が刻まれて近づくものを皆、切りさくだろう」

 私は呪いの一節を呟く。

「黒の魔女は国王陛下を恨んでいたということでしょうか? でも、同時に祝福を与えているのですから、恨んでいたと同時に、愛情みたいなものを感じますね」
「――さぁ。父上は黒の魔女のことは何も言ってなかった。私と話をすることも、ほとんどなかったのだが」
「お母様は?」
「母上も……同じだな。私には、両親が愛しあっているようには見えなかった。二人の間には、硝子の壁があるように感じられた」
「王妃様と国王陛下が不仲という噂は知りませんね。王妃様はご存命なのですから、何か聞けばわかるかもしれませんけれど」

 この塔からは好きな時に出ることができるし、質問をしにいくこともできるだろう。
 話してくれるかどうかは別として。

「まぁでも、とりあえず、シェイド様の呪いを私に分けてくださいな」
「呪いを分ける?」
「はい。変性した呪いが物体の形を変えて呪物になるわけですが、シェイド様は人間ですので収集することができません。ですので、呪いの一部を石に閉じ込めるわけです。それはそれは強い力を持った魔法石ができあがりますよ」

 わくわくしながら私が言うと、シェイド様は「好きにしろ」と、どこか投げやりに言った。


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