初恋の王子様が奪われてしまったので、庭付き風呂付き怪異つき古びた館に引っ越しました

束原ミヤコ

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お化けさんとの共同生活

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 ──なんだか、すごい夢を見た気がした。
 ここにきてからそんなことばかりだ。

 夢にレナードが出てきて、はしたないことをされて、その後──姿の見えない何かに、気持ちいいことをされる夢を見た。
 私、そんなに欲求不満なのかしら。

 一人暮らしをはじめてすぐに欲求不満になってしまうとか。
 今までの抑圧が全部外に出てしまったのだろうか。

 頭がぼんやりしている。今が何時なのかもよく分からないけれど、それはもうどうでもいい。
 私は自由で、何時に寝ようが起きようが誰も私を咎めないし、邪魔もしないのだから。

「ん……」

 連日見る淫夢のせいで、あまり眠った気がしない。
 欠伸をしながら体を起こすと、私は服を着ていなかった。
 まぁ、誰かに見られるわけでもないしいいかと、そのまま大きく伸びをする。
 
 尋ねてくる人なんていないだろうし。

「扉にも、門にも鍵がかかっているし、大丈夫よね」
『不用心だがな』
「きゃあぁ……っ」

 耳元で声がする。ついでに耳に息を吹きかけられる感触がする。
 皮膚がゾワゾワして、私は自分を抱きしめた。
 ベッドの上には私一人だけれど、私を背後から抱きしめている筋骨隆々の逞しい男性の感触がある。
 
 太い腕が体に周り、お腹の上に手が置かれている。

『リュミ。元気がいいな。何よりだ。おはよう』
「お、お化けさん……」
『あぁ。いい朝だ。これほど爽やかで満ち足りた朝を迎えたのは何年ぶりだろう。五百年ぶりか?』

 寝ぼけた頭で夢だと思っていたのだけれど、夢じゃなかったのね。
 なんだか混乱しそうになるけれど、ワイアット様とレナードとの淫夢は夢。
 でもお化けさんにされたいやらしいことは、夢、じゃない。

「お化けさん、いますね……」
『いたらまずいのか?』
「いえ、今一瞬、今までの欲求不満が幻をつくりあげたのかと思っていたものですから……」
『なんだそれは』

 気の遠くなるほどの長い時間を一人で生きていたお化けさんは、私に甘えるように顔を擦り付ける。
 見えないのに、髪がふわふわと頬に当たる感触はある。
 不思議だわ。

「ええと、お化けさんは五百年も生きているのですね」
『さぁ、忘れたが。そんなことはどうでもいい。リュミ、今日も柔らかくあたたかいな。俺としては一日このままでいてもいいぐらいだが』
「そ、それは困ります。私は生きているので、やることがたくさんありますので」
『では、俺はお前の傍にいる。リュミ。ふふ、リュミ。こうして会話ができるなんてな』
「……もしや、お化けさんは寂しかったのですか?」
『ずっと一人だったからな』

 私としては、もしや悪霊に取り憑かれてしまったのでは疑惑があるのだけれど。
 でも、そんなふうに殊勝なことを言われると、少し可愛いと思ってしまう。
 絆されている場合ではないわ、リュミエル。
 お化けさんは寝ている私にはしたないことをしたし、あろうことかワイアット様やレナードとのとても口に出せないような夢を見せてきた、ひどい人なのよ。

 人かどうかさえ、定かではないのだけれど。
 とりあえず人型だ。背が高くて、筋肉質で、髪の毛はある。声は、二十代半ばか、後半ぐらいだろうか。
 すごく若いというわけでもないし、すごく年上というわけでもなさそう。
 いえ、もうずっと生きている(死んでいる?)ので、すごく年上なのでしょうけれど。

『リュミ。お前を見ているだけで楽しい。胸も尻もいい形だ』
「一言余計です。あっ、見ないでください……!」
『お前が見せているのだ』
「見せてないです! 私、一人暮らしだと思ったのに……」
『残念だったな。ここは俺の家だ』

 私はローブを羽織って紐を結ぶと、キッチンに向かった。
 果実水を取り出して、コップに入れてぐいっと飲む。
 乾いた喉が潤って、少しスッキリする。水瓶の水で顔を洗って、手櫛で髪を適当に梳かした。
 
 だいぶ頭がはっきりとしてきたところで、パンを切って、目玉焼きを焼いた。
 焼いたパンにはマーマレードジャムをたっぷり塗って、ミルクたっぷりのカフェオレを作る。
 
「本当はお掃除をしたいけれど、また今度にしましょう」
『なんだ? 部屋を綺麗にしたいのか?』
「それは、まぁ、できればそうしたいです。お屋敷は立派ですが、ずっと手入れがされていないので、傷んでいる場所も多いですし」
『そんなことなら、なんとでもなる』

 お化けさんはお料理をしている最中も、私の背後にピッタリくっついて、私を抱きしめていた。
 正直邪魔だったが、私が動くと同じように動いでくれるので、振り払わなかった。
 邪魔だけれど、そこまで邪魔ではないので。

 なんて──いいわけだわ。
 本当は、少し、満更でもないのだ、私は。
 私もずっと一人だったから。
 姿が見えないけれど話だけできる相手というのは、なんというか、気楽だ。
 そのうえずいぶん懐いてくれている。
 大型犬みたいで、ちょっとだけ可愛い。

「お屋敷が、なんとかなるのですか? お化けさんは、物は動かせると言っていました。もしや、お掃除を手伝ってくれるのですか?」
『掃除などはしない。それは使用人のすることだ』
「使用人がいたのですね。やっぱり、お化けさんは貴族なのでしょうか」
『さぁ。思い出せないがな。それにどうでもいいことだ。お前のために屋敷を綺麗にすればいいのだな、リュミ』

 お化けさんがそう言うと、屋敷の中に一瞬激しい風が吹き荒れたような気がした。
 思わず目を閉じて、恐る恐る開く。
 すると、古めかしい床板や、蜘蛛の巣が張っていた天井や、曇った窓が──新築のように綺麗になった。
 テーブルには美しいクロスがかけられていて、食器棚には洗い立ての高級そうなお皿もたくさんある。
 
 椅子も磨かれて、花瓶にはお花まで飾られていた。

「こ、これは、一体……」
『無機物ならば、動かせるのだ。それに、この体だからか。俺には妙な力があるようでな』
「妙な力ですか?」
『あぁ。何もない場所に何かを出現させることができるとでも言えばいいのか? 説明は難しいが、屋敷は整えておいた。それから、お前はそのような無防備な姿で動き回るのでな。屋敷に許可なく誰も入ることができないように、封じておいた』
「そんなこともできるのですか?」
『そうらしい。今まではそのようなことをしなかったのだが、お前に触れてからどうにも、調子がいいようだ。安心しろ、リュミ。お前が全裸で踊ろうと、誰も屋敷に侵入することはない』
「全裸で踊りません……!」

 全裸で踊らないわよね。
 いえ、怪しいわね。
 お酒を飲んだら全裸で踊る可能性もあるわね。

「お化けさん。ありがとうございます、何から何まで」
『嫁を守るのは当然だろう?』
「同居人では?」
『同居人はこのようなことはしない。お前は嫁……というのは、飛躍しすぎか。俺の恋人だ、リュミ』
「……っ、ん」

 背後から抱きしめられている状態で、覆い被さるように軽く口づけられる。
 触れるだけで離れていく唇に、私は目を細めた。
 この感じ。
 もしや、お化けさんはかなり、手慣れているのかもしれない。

 私は何か、釈然としないものを感じた。
 とはいえ、問い詰めてもそれは生前のことだし、お化けさんは記憶がないらしいので、浮かんだ疑問は喉の奥に押し込むことにした。

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