初恋の王子様が奪われてしまったので、庭付き風呂付き怪異つき古びた館に引っ越しました

束原ミヤコ

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海辺と罪人

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 白い砂浜と青い海。
 爽やかな風が吹き抜ける海辺には、私とルーファスさんの他には誰もいなかった。

 正確には、私が砂浜に足を踏み入れると、遊んでいた子供たちや恋人と思しき方々が、青ざめて逃げていったのだ。

 おそらく、ルーファスさんが何かをしたのだろう。
 視線をさまよわせると、砂浜からごろごろと人の頭蓋骨のようなものが浮き出ていた。

「こ、こわい……」
『ふふ、人というのは簡単に怖がるものだな。ただの人骨だろう。大抵の場合、地中を深くほればそこには骨がうまっているものだ。ちょっと浮上させるぐらい、造作もないことだ』
「ほ、本当に……?」
『嘘だが。俺は何もないところに、物をうみだすことができると言っただろう』

 ルーファスさんが笑いながら言う。頭蓋骨はすぐに消えていった。
 本物だったのか、それともただの幻だったのかは分からない。
 ともかくルーファスさんが他の人たちを追い払った砂浜を、私はゆっくり歩いた。

「砂浜を歩いたのははじめてですが、サクサクしていますね。少し歩きにくいです。でも、海風というものは気持ちいいですね」
『そうだな。ようやくお前と話ができる。リュミ、退屈だった。お前が相手をしないのが悪い』

 拗ねたように、ルーファスさんは言う。
 不意にきつく抱きしめられて、私は姿勢を崩した。
 ルーファスさんは見えないので、どこにいるか分からない。
 前触れもなく抱きしめられると、驚いてしまう。

『外に出ることができたのは嬉しいが、この体ではな』
「ルーファスさん、先程のお話、聞いていましたか?」
『あぁ、屋敷に罪人が閉じ込められていた話か』
「はい。その罪人というのは」
『十中八九、俺のことだろうな』

 罪人なんて言われたら嫌だろうなと思って、聞くのをためらったのだけれど。
 ルーファスさんは何でもないようにあっさりとそう言って、「はは」と、何が楽しいのか、笑い始める。

『罪人というのもな、中々どうして悪くない。俺の存在に箔がつく』
「何か、悪いことをしたのかもしれませんよ?」
『さぁ、覚えていないな。気になるのか、リュミ。例えば俺がお前に、危害を加えるか、ということについて』
「ええと……それは、その。正直、よく分かりません。今のルーファスさんを怖いと思ったことはありません。ただ、その……女性の扱いは、慣れているでしょう?」

 会話の延長のように、さらりと言おうと思ったのに、言葉が拗ねたような響きを帯びてしまう。
 これでは、ルーファスさんの過去の女性関係について嫉妬をしているみたいだ。

 私はルーファスさんを貴族だと思ったのだけれど。
 貴族にして、罪人。
 例えばもしそうだったとして、そういう人というのは、女性たちからもてるのではないかしら。
 悪い男というのは、どこか魅力があるものだ。

 よくは知らないけれど、そういうものらしい。
 これは私が、リュール商会の代表として働いていた時に得た知識である。

『なんだ、リュミ。嫉妬か?』
「えっ」
『可愛い。こちらにおいで。可愛がってやろう』
「な……っ、違います。どうしてそうなるのですか。私は今、ルーファスさんの正体についての真剣な討論をしていて、ですね」
『では、可愛がってやっている間に、真剣な討論とやらをするがいい』

 ルーファスさんを優しいとかいい人だとか、私は思っていない。
 むしろ私に憑りつく悪霊の類だと考えている。
 ただ、私はもう世捨て人のようなものだから、ルーファスさんに憑りつかれてもそんなに慌てないし、むしろ私を欲しがってくれるので、満更ではないと思っている。

 けれど、まさか罪人とまでは思っていなかった。
 立派な貴族だったのだろうなと感じていた。体格がいいので、名のある騎士だったのだろうな、とも。
 罪人というのは、どういった罪人なのだろうか。

 私はルーファスさんに引きずられて、海辺の岩場の陰に連れていかれた。
 買い物をしたために重たくなった袋を奪われて、適当な地面へと置かれてしまう。
 
『退屈だった、リュミ。俺を構え。せっかく出かけたというのに、お前と話もできず、ただ傍にいるだけなど、つまらん。この体の悪いところだな』
「……っ、ふ、あ」

 岩場はごつごつとしていて、体をあずけるには痛そうだった。
 けれど、岩からぬるりと、見えない何かがはえてきて、私の体を包み込む。
 見えないけれど、それはまるでイソギンチャクのようだった。

 この感触は、人の手だ。何本もの手が、岩からはえて私の体を支えている。
 見えないのでよくわからないけれど、ルーファスさんは何本も手をはやすことができるようなので、これにはそこまで驚かなかった。

 ただ少し、怖い。
 沢山の男の人に囲まれているような感覚がある。
 実際には、ルーファスさんしかいないのだと、頭では分かっているのだけれど。

 唇が塞がり、すぐさま唇の間に舌が割って入ってくる。
 ぬるりと舌を絡めとられて擦られると、体の力がかくんと抜けてしまう。
 まるで、これを待っていたかのように。

 その感覚に耽溺するように、私はうっとり目を閉じた。
 波の音が聞こえる。風が体を撫でている。

 話さなくてはいけないことがあるのに。
 私は、見えないルーファスさんの背中に両手を回した。


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