初恋の王子様が奪われてしまったので、庭付き風呂付き怪異つき古びた館に引っ越しました

束原ミヤコ

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見えない人とのデート

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 ルーファスさんは、外に出ることができたらしい。
 それがルーファスさんの言っていた私が家主だから、家という縛りのうちに入る理論からなのか、それとも別の何かなのかは私にはよくわからない。

 ともかく、ルーファスさんがとても嬉しそうでよかった。
 眠ることも食べることもできずに、何の楽しみもなく家の中に居続けるというのはどれほど大変なことだろうと、私はルーファスさんの境遇に思いを馳せた。

 それは確かに、自分がいったい何なのかを忘れてしまうぐらいに、苦痛なことだろう。
 それにしてはルーファスさんは、そんなに暗さを感じないというか。
 自分の境遇を悲観している感じは、あまりしないのだけれど。

 私は私の境遇を悲観してばかりいたので、ルーファスさんの生き方は(生きてはいないけれど)とても尊敬できるものだ。

 街にくだる坂道を歩いていると、手を握られる感触がある。
 坂道からは、海がよく見える。丘の上には私の屋敷ぐらいしかないので、丘をあがってくる人はいない。
 
 街のはずれにあるために、屋敷の周囲は静かなものだ。

 私の手は、ルーファスさんに握られているので、見えない何かに掴まれているように不自然に浮いている。
 外に出たからといって、ルーファスさんの姿が見えるようになるわけではなかった。

『リュミ。喜べ。この俺がお前と手を繋いで歩いてやっているのだ。歩くというのも久々だな』
「手を繋いで歩くことができるのが嬉しいと言ったらどうですか」
『あぁ。お前と手を繋いで外出できることが嬉しい。外はいいな、リュミ。家の中から見るよりも、いいものだ』

 あっさり肯定するところが、可愛らしい人だ。
 偉そうなのに、そんなに嫌な感じがしないのは、すぐに私の言葉を肯定してくれるからなのだろう。
 嬉しいと言われると、言った私の方が照れてしまう。
 手のひらは見えないけれど、感触だけはしっかりある。
 硬い皮膚に、ゴツゴツした骨の感触。体温は私よりも少し低い。ルーファスさんには体温があるのだ。お化けさんなのに温かいというのは、不思議なのだけれど。

「それは、何よりです。ルーファスさんは普段は歩かないのですか?」
『まぁ、幽霊のようなものだからな。基本的には浮いている。屋敷の中でなら、壁をすり抜けることもできる』
「なるほど……鍵を閉めても、ルーファスさんは部屋に入れるのですね」
『あぁ。閉めるだけ無駄だ。鍵など閉めたら、お前に拒絶をされたと思い、俺はお前に酷いことをするだろうな』
「……それは、その」

 酷いこと。
 ふと想像してしまって、私は頬を赤らめた。
 何をされるのだろう。ルーファスさんにはもうずいぶんいろいろなことをされた気がするけれど。
 もっと、すごいことがあるのかしら──。
 
『なんだ。して欲しいのか、リュミ。俺は構わん。好きなだけ、してやる』
「ち、違います……っ」
『わかっている。みなまで言わなくていい、安心しろ。少なくとも石像よりはお前を気持ちよくしてやることができる。お前に触れて、動くことができるからな、俺は』
「忘れてください……っ」

 耳元で囁かれて、ついでに息を吹きかけられて、私は耳を押さえて飛び退いた。
 見えないルーファスさんに向かってばたばたと手を動かす。
 もちろん、石像のアレスに欲情した私が悪いのだけれど。このままではいつまでも言い続けられてしまいそうだ。
 私はそんなにいやらしい女ではない。はず。多分。
 あの時はほら、連日のいやらしい夢でおかしくなっていたのよね。ルーファスさんがあんな夢を見せるのが悪い。

 ルーファスさんの存在感がすごいせいで忘れそうになっていたけれど。
 ワイアット様とレナードも同じ夢を見ているのだとしたら、一体これからどうなるのだろう。
 いえ、どうにもならないわね。
 二人とも、酷い悪夢を見た、程度の認識で終わらせてくれるはずだ。

『他の男のことを考えているな、リュミ』
「考えていませんよ。どうしてそう思うのですか?」
『この俺と歩いているというのに、上の空だった』
「ごめんなさい。他のことを考えていたのです」
『例えば?』
「ルーファスさんの声は私にしか聞こえないのですよね。そうすると、街でルーファスさんと会話をすると、私は独り言をずっとぶつぶつ呟いている、様子のおかしい女になるんじゃないかって」
『なるだろうな』
「……では、街では話をしませんよ」
『人の目など気にする必要はない』
「そういうわけにもいかないのです。私はできる限り、目立たずに過ごしたいのですから」

 あまり目立つわけにはいかないのだ。
 公爵家から無断で出てきた身の上なので、万が一居場所が知られてしまって、家に連れ戻される可能性を考えると、目立たないほうがいい。

「私、どこかのお金持ちに売られたりするのは嫌ですから」
『そんなことは、俺がさせない。お前は俺のものだ、リュミ。お前を抱いていいのは俺だけだ』
「ええと、はい。少し動機が不純な気がしますが、ありがとうございます、ルーファスさん」
 
 誰かに守ってもらうということも今までなかったから、胸がどきりとしてしまう。
 ルーファスさんは私の顔や体が気に入っただけだと自分に言い聞かせる。
 というか、そもそも幽霊だ。
 ときめいている場合ではないわ、リュミエル。なし崩しに同居生活がはじまってしまったけれど、あくまで相手は幽霊であることを忘れてはいけない。

 私はルーファスさんを連れて、買い物をした。
 小さな街だけれど、商店街がある。商店街には、海で採れた海産物や、特産品らしいイチゴ酒や、レモン酒などが売られている。
 イチゴやレモンが練り込まれたクッキーや、チーズなども多く売られている。

「おや、これはこれはリュミエルさん。お屋敷の住み心地はどうですか? おかしなことはありませんか?」

 私を気遣ってか、ルーファスさんは静かにしていた。
 静かにしているとそこにいるのかどうかわからなくなってしまうけれど、それでも時折私の髪を触ったり、腰に触ったり指を絡めたりしていたので、存在を感じることができた。
 特に目立つこともなく買い物をしている私に、私に屋敷を売った町長さんが話しかけてくる。
 
 ご高齢で、優しげな雰囲気の男性である。
 私はお辞儀をして微笑んだ。

「特に問題なく過ごしています。海も見えますし、とてもいいところですね」
「そうですか、それはよかった。若いお嬢さんにあんな不気味な屋敷を売ってしまって、申し訳なかったなと反省していたところでして」
「気にしないでください。とてもいい場所ですし、お屋敷も気に入りました」
「そんなことを言ったのは、あなたがはじめてです。今までも興味を持ってくれた人は何人かいたのですが、皆、内見をした段階で青ざめて逃げてしまって」
「お化けなんていませんよ。だから、大丈夫です」

 町長さんは困ったように眉を寄せる。
 それから、秘密を打ち明けるように深刻な顔で口を開いた。

「それならいいのですけれどね。色々、街の文献を調べたのです。どうにも、あそこには昔、よくない人間が住んでいたようでして」
「よくない、とは?」
「何か、罪を犯して閉じ込められたらしいのですが……」

 罪を犯して、閉じ込められた?
 それは、ルーファスさんのことだろうか。
 
「詳しいことはわからないのですがね。ともかく、罪人が閉じ込められていたようです。だから、あの屋敷には呪いがあるのかもしれないと思い、リュミエルさんが心配になってしまって」
「そうなんですね。今の所この通り元気ですし、特におかしなことも起こっていませんよ」
「それならよかったですが、何かあればすぐに言ってくださいね。といっても、できることなどはないのですが」

 私は町長さんと挨拶をして別れた。
 それから膨らんだ買い物袋を持って、海に向かった。
 海が見たかったというのもあるし、ルーファスさんと二人になって話をしたかったのだ。

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