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ルーファスさんの嫉妬
しおりを挟むワイアット様がアイリーン様に逃げられてしまって、少し可哀想だなとは思うけれど。
今更、ワイアット様とよりを戻したいとは思わない。
ルーファスさんと出会う前の私なら、もう少し心が動いていたかもしれないけれど──。
「リュミ、この小僧の元に戻りたいとは言わないな、まさか。もしそんなことをお前が口にしようものなら、俺は何をするかわからん」
「……!」
ルーファスさんが苛立ちを含んだ声で言う。
ルシファウス様がちょっと出ている。そんなに怒らないでほしい。怖いもの。
レナードに危害を加えるのはいけない。弟──ではないけれど、私の弟のようなものなのだから。
「姉さん、さきほどから様子がおかしいのですが。……それに、やはり以前の姉さんよりも、どうにも……なんというか」
「変、かしら……」
「色気があります。つまり、男の気配がします。愛人を囲っているのではないですか? 誰ですか、姉さん。リュール商会で出会った男ですか? 商売相手? そんなはずは……姉さんの近くに、姉さんと必要以上に親しい男はいなかったはずです」
「く、詳しいのね」
「ええ」
レナードは立ちあがると、家の中を探索しはじめる。
私はその後を慌てて追った。ルーファスさんも、私のすぐ後ろをついてきている。
鎧の男さんはただの鎧に、顔なし貴婦人も絵画の中に、それぞれ戻っている。
一見、古めかしい貴族の家だ。レナードには廃墟に見えているようだけれど。
「今のところは、なにもなさそうですが」
部屋という部屋を見て周り、隅々まで調べ尽くしたレナードが言う。
ルーファスさんの肉体が眠っている隠し部屋は気づかれなかった。
「追い出す、か。今の俺なら殺すという選択肢もある」
耳元で囁いてくるルーファスさんに、私はぶんぶん首を振った。
レナードは家族だ。だからそんなことはしてはいけない。そもそも人生の選択肢に、人を殺すなんて選ぶのは間違っている。
私と二人きりの時のルーファスさんは、やや不穏さを感じるものの穏やかだった。
でもやっぱり、封印される理由はきちんとあったのだ。さらりとなんでもないことのように、レナードを殺すなんて言うのだから。
「リュミエル、愛人がいるのではないですか」
「愛人なんていないわ。私はここで、一人暮らしよ。完全で、完璧な一人だわ」
「……リュミエル、もしかして」
レナードの全てを見透かすような空色の瞳に見つめられて、私はぴしっと固まった。
ルーファスさんは見えていないから余裕の顔をしていられるけれど、私は必死だ。
「──何かに、憑りつかれているのでは?」
「え……」
「ここに来る前に、屋敷のことを調べました。この屋敷には過去、罪人が閉じ込められていた、と」
「そう……らしいけれど、だからといって何もないわ。子供ではあるまいし、幽霊なんて……」
内心びくびくしながら、私は答える。
レナードは昔から賢い子だった。一を聞いて十を知るようなところがあり、家庭教師の先生も絶賛していたぐらいだ。
わかってはいたけれど、こんなに直球で言い当てられるとは思っていなかった。
「あなたはどうにも、見えない誰かと会話をしているような様子だ。それに、この屋敷に妙に執着をしている。そうでなければ、こんな廃墟に住むはずがない」
「執着など、していないわ……」
「では今すぐ、公爵家に戻りましょう。僕と結婚をしてください、リュミエル。殿下から、あなたを守らなくては」
「……ありがとう、レナード」
唐突な結婚宣言は、ワイアット殿下から私を庇うためだったのね。
心優しいレナードに、私は微笑んだ。
「でも、私のためにあなたの人生を犠牲にする必要はない。だから、帰って。私はここでひっそり暮らしていくことを決めたの。色々と、疲れてしまって」
「犠牲になどしていません。僕は、あなたを愛しています。シモン家にはもう、あなたを苦しめる者はありません。リュミエル、安心して戻ってきてください」
「レナード、無理をしないで。あなたにはもっと相応しい相手が」
「リュミエル、僕とあなたを阻むものはもう、何もないのですよ!」
「──ある。俺だ」
レナードが私の手を握ろうとする。
それを──ルーファスさんが阻んだ。
私の体を引き寄せて、自分の背後に隠す。それから──壁という壁をギシギシと慣らし、廊下を、ぐらぐらと脈打たせた。
何をどうしているのかはわからない。けれど、館全体が生き物になったみたいだった。
「リュミエル!」
レナードの体が浮き上がった。正確には、屋敷で働いているシーツを纏った布お化けたちに、持ち上げられている。
「あぁ、レナード……」
布お化けたちが、レナードを担ぎあげて玄関まで連れていく。
私は慌ててレナードを追いかける。隠れていてって言ったのに。何もしないでって約束したのに。
「ルーファスさん、やめて、駄目です……っ」
「ルーファスとは誰だ、リュミエル!? やはり、男が!?」
気になるのはそこなのね、レナード。もっと、他に色々気にするところがあると思うのだけれど。
扉が開き、そのままレナードはぽいっと外に捨てられた。
バタン! と、勢いよく扉が閉まる。
「あぁ、レナード……」
「リュミ。俺以外の男を何故心配する? 家に帰ることを、何故迷う。お前は俺を愛しているのではなかったか? 何が結婚だ。お前は、俺のものだろう」
「レナードは家族です。それに……」
それに、なんだろう。
扉の向こう側で、レナードが呼んでいる。けれど、私はすこし、ほっとしていた。
……どうしてかしら。
「弟と結婚する気はありません。それに、私は……」
私は、ルーファスさんが好きなのだろうか。
『リュミエル、あなたは何かに憑りつかれている。必ず助けます!』
「ごめんね、レナード。私は大丈夫だから、帰って。それから、私はあなたと結婚はできない。弟としか、思えない。あなたはあなたの幸せを見つけるべきだわ」
扉の向こう側でレナードが怒鳴っている。
扉を開いて、レナードの手を取って逃げてしまうことは簡単だ。
けれど私は、その手を取る気にどうしてもなれなかった。
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