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ルシファウス様は見えない
しおりを挟むあの夢は、ルーファスさんが私に見せたものだ。
夢を繋げる──というようなことをルーファスさんは言っていた。
全く信じていないわけではなかったけれど、半信半疑だったのに。
「あれは……夢ではなかったのか。姉さんと僕の気持ちが重なって、夢の中で会えたということですね」
「夢……なんのことかしら、わからないわ、レナード」
「誤魔化さなくてもいいのですよ、姉さん。あなたに伝えた通り、僕の両親はあなたの本当の両親ではありません。あなたが生まれてすぐ、僕の両親は公爵夫妻を毒殺しました。そして、あなたを自分の子としました。公爵夫人の子は死産と届け、あなたは、自分が産んだのだと」
「……どうしてそんなことをする必要があったの?」
「あなたが公爵夫妻の子だと都合が悪かったのです。公爵家の跡継ぎがあなたになってしまう。自分たちは後見人にはなれますが、それでは足りなかったのでしょう」
夢の中と同じことを、レナードが言う。
本当だったのだと、認めざるを得ない。私の両親は殺された。
私は本当の両親の顔も声も知らない。
「僕も、気づかなかったのです。なんせ、僕が生まれたときにはすでに姉さんはいましたから。年齢は一つしか違いませんが、そういうこともあるだろうと思っていたのです。ですが、実際は」
「……レナードは、私の弟ではないのね」
「はい。母は公爵家を乗っ取った時にはすでに僕を身籠っていて、僕はすぐに産まれたそうです。僕は自分を十八だとばかり思っていましたが、実際は十九。姉さんと同い年ですね。少しおかしいとは思っていたのです。ですが……子供だった時は、何もできませんでした。姉さんを、助けることも」
レナードは苦し気に言って、それから私をやや冷たい印象のある切れ長の瞳で見つめる。
「姉さんはワイアット殿下と結ばれるものと思っていましたが、婚約が反故にされ……父と母があなたをどこかに売るかという話をしているのを聞きました。自分たちの子供ではないのだから、少しは役に立ってもらわなくてはいけない、と」
「そうなのね、やっぱり……」
売られるか、金持ちに嫁ぐのだと考えていた。
私の予想はあたった。けれど──私の知らないことが、公爵家では起こっていたのだろう。
「僕は……二人が公爵夫妻を毒殺した証拠を集めながら、姉さんの商売を支援して……そしてようやく、両親を殺人の罪で投獄することができたのです」
「そうだったのね。レナード、苦しかったわね。実の両親の罪を明らかにするなんて……」
「それ自体はどうとも思っていません。寧ろ嬉しかったのですよ、姉さんと……いえ、リュミエルと、実の姉弟ではないことが判明して」
どういうわけか、背筋がぞわっとした。
気のせいよね。レナードは、冷静沈着で賢くて、わかりにくいけれど優しいところのある弟だ。
「ようやく姉さんを公爵家に迎え入れる準備ができたというのに、姉さんはどこにもいなくなってしまった。その時の僕の絶望が、わかりますか?」
「あ、あの……ごめんなさい。何も言わずにいなくなってしまって」
「それぐらいあなたは傷ついていたのですね、リュミエル。大丈夫です、これからは僕があなたの傍にいます。あなたを脅かすものはもういません、こんなところに隠れていなくていいのですよ」
「で、でも……」
両親が──私を売り飛ばす可能性がなくなれば、私は確かに公爵家に戻ってもいいのかもしれない。
でも、ここにはルーファスさんがいる。
公爵家にルーファスさんをつれていくことなんてできないもの。
そもそも、ルーファスさんのことは秘密なのだから。
「リュミ、何を悩む必要がある?」
「はわ……っ」
ぬっと、私の背後に現れたルーファスさんが、ソファに座る私の体を抱きしめる。
耳元で低い声で囁かれて、驚きのあまり心臓が口から出そうになる。
隠れていて欲しいと伝えたのに……!
「どうしましたか、リュミエル」
「……い、いいえ、なんでもないの」
訝し気に、レナードが尋ねる。
どうしたもなにもルーファスさんが目の前にいるはずのに、レナードはまるでルーファスさんが見えていないみたいだ。
見えていない──のかしら。
もしかしてルーファスさんは──。
「そもそも、俺の声は誰にも聞こえず、誰も俺に気づかない。俺を見つけたのはお前だけだ、リュミ。形を取り戻したとはいえ、俺は未だに魂だけの状態だ。お前にしか見えない。そうだろうなとは思っていたが、やはり、そうか」
「……っ」
「リュミエル? ……やはり、様子がおかしいようです。妙に、以前よりも色気があるというか……もちろんリュミエルは常に美しい、僕の理想の姉さんではあったのですが。この家に、もしかしてなにかあるのですか?」
賢いレナードは、さすがに察しがいい。
この家に何かというよりは、今まさに背後にルーファスさんがいるし、私を抱きしめているし、退屈そうに私の脇腹や腰を撫でている。
「ここは、あまりいい場所ではなさそうです。すぐに帰りましょう、リュミエル。挙式の準備は整えてありますので」
「きょ……」
「挙式ですよ、リュミエル。僕があなたを守ります。苦労はさせません。従姉弟での婚姻は許されていますから。それに……」
レナードは僅かに言い淀んで、それから口を開いた。
「ワイアット殿下は、どうやらアイリーン王女と上手く行っていないようなのです。リュミエルはどこかと、数日前に尋ねにきました」
「……殿下、私を」
「はい。アイリーン王女がいるのに何故姉さんを気にするのかと尋ねたら、アイリーン王女と結婚をしたのは気の迷いだったといって……王女は、離縁状を置いて隣国に帰られたようですね。何があったかは知りませんが」
「……うぅ」
なんとも言えない声が出てしまった。
私はその理由を知っている。ルーファスさんの見せた夢の中で聞いた。
性格の不一致ならぬ、性癖の不一致である。
アイリーン様というのは、褥教育を受けていなかったのか、それとも隣国の褥教育が一風変わっているのか。
ルーファスさんにいやらしいことをされたら憤死してしまうのではないかというぐらいに、清楚な方なのだ。
こう表現すると、私が清楚じゃないみたいになってくるのだけれど。
その可能性は高いわね。確かに私は清楚とはいえない。
家から逃げた時に、何もかもがだいぶどうでもよくなってしまったのだから。
「殿下は、リュミエルに謝りたいそうです。殿下となにか、ありましたか? リュミエルならばよい妻になるだろうと……僕の目から見て、殿下とリュミエルはここ数年はまるでうまく行っていないように見えましたが」
「……それは、その」
「夢の中のお前を見て、惚れ直したのだろう。それぐらい、ベッドの中のお前が愛らしく魅力的だということだな」
くつくつ笑いながらルーファスさんが言う。
褒めてくれているみたいだけれど、ちっとも嬉しくなかった。
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