初恋の王子様が奪われてしまったので、庭付き風呂付き怪異つき古びた館に引っ越しました

束原ミヤコ

文字の大きさ
41 / 46

一方的な思慕

しおりを挟む


 レナードは私の手を引いて屋敷から出た。
 そこにはシモン家から連れてきたのだろう、従者や護衛たちが並んでいる。
 
「ここにはよくなものがあるようです。街の人々も不気味がっていましたから、燃やしてしまいましょう」

 レナードの命令で、松明に火をつけた護衛の一人が屋敷に向かっていく。

「やめて……! お願い、やめて……っ」
「リュミエル、あなたの心は屋敷に囚われているのでしょう。ある種の悪しき者は、人の心を操り、憑りつき、生命力を喰らうのだとか。あなたも悪いものに憑りつかれていたのです、きっと」

 そういう話は確かに聞いたことがあるけれど、ルシファウス様は悪いものでもなければ幽霊でもないもの。
 松明を持った護衛を止めようとする私を、レナードが抑え込んだ。
 私の手は空を切る。わかっている。もうルシファウス様はどこにもいない。消えてしまった。

 ここにあるのは、魔法のないただの屋敷。でも、燃やされてしまえば、本当にもう二度とルシファウス様に会えなくなってしまう気がする。

「やめて、お願い……っ、ルーファスさん……ルシファウス様……っ」
「それが、あなたの心を操っていた悪しき王の名なのですね。歴史書には出てこない名です。ルーファスという英雄の名は知っていますが……そちらは偽名で、ルシファウスというのが本来の名でしょうか」
「ルシファウス様は、悪しき王なんかじゃないわ!」
「それは心を操られているからそう思えるだけですよ、リュミエル」

 屋敷に火が放たれる。
 古びて乾燥した木材で作られている屋敷に火の手があがると、それはあっという間に燃え広がっていく。
 
 真っ赤に燃えて、崩れて。激しく炎があがり、黒い煙が空を覆う。
 燃える屋敷に戻ろうとする私を、レナードは強引に馬車に押し込めた。

 シモン家に戻った私は、侍女たちに甲斐甲斐しく世話をしてもらった。
 湯あみをして、ドレスに着替え終わると、まだ幼い妹が「お姉様!」と私を呼んだ。

 愛らしい小さな熱を抱きしめて、私はもう戻らない日々を思う。
 喪失は私の心に風穴をあけた。その穴を、冷たい風が吹き抜けていく。

「お姉様、悲しそう。お兄様が、悪いひとたちをやっつけてくれたのに。お父様とお母様は、よくないことをしていたのでしょう? だからお姉様をいじめて、お姉様はいなくなってしまったのだと聞いたのよ。でも、もう大丈夫。お姉様、いたいの、飛んでいったでしょう?」
「ええ、どこかに飛んでいってしまったわ」

 ターニャはまだ十歳。だが、何が起こったかはある程度理解しているのだろう。
 父と母がいなくなったことを、不憫に思う。
 それでも、無念の中亡くなっただろう私の両親のことを考えると、何も言えなくなってしまう。

「……お父様とお母様がいなくなって、寂しい」
「そうよね。ごめんなさい。私のせいだわ」
「お姉様は悪くない。お父様とお母様が、悪いことをしたせいだもの」

 ターニャは悲し気に笑って、それから「お兄様と結婚するって聞いたの。嬉しい」と言って、私の傍から離れていった。
 私は──残酷だ。
 こんな時でも、私の心の中にはルシファウス様がずっといる。
 ターニャを不憫に思うよりも、同情をするよりも先に、ルシファウス様を失ったことを考えてしまうのだから。

「リュミエル、早々に挙式を挙げましょう。もう準備は済んでいますから、明日にでも」
「……レナード、私の気持ちは無視するの?」

 一人で部屋にいると、レナードがやってくる。
 ベッドに座っている私の隣に座って、私の手を握って彼は言う。
 ここは、いつもの私の部屋じゃない。
 私の部屋はもっと狭くて、ベッドも質素で、勉強道具と文机ぐらいしかなかった。
 私を厭う偽物の両親は、私に極力なにも与えないようにしていたからだ。
 ここは、立派なベッドがあって、飾り棚には花も飾られていて、愛らしいランプに、鏡台に化粧道具。香炉もあって、絵画もある。

「あなたの気持ち?」
「私は、レナードと結婚できない。あなたは私の弟だもの」
「血のつながりはありますが、従姉弟です。リュミエルは僕のことを嫌っているのですか?」
「嫌ってはいなかった。けれど……あなたは、私の家を燃やしてしまった」
「あれはリュミエルの家ではありません。あなたの家はここです」
 
 レナードは苛立ったように眉を寄せる。
 それから、聞きわけのない幼子に言い聞かせるような声音で続ける。

「リュミエル、あなたは未だ屋敷の悪いものに囚われているのでしょう。そのうち、正気に戻ります。挙式が終われば初夜になる。夢の中でそうしたように、あなたと愛し合えることを楽しみにしていますよ」
「……っ」

 レナードは私の首をくすぐるように撫でて、立ちあがった。
 ざわりと背筋をはしるのは、悪寒。その感覚は、ルシファウス様に触れられた時とはまるで違う。
 香炉からは甘い匂いがたちのぼっている。夢の中で嗅いだものと同じ。
 この部屋は──夢の中でレナードにはしたないことをされた場所だ。

 レナードが部屋から出て行き、私はぽすりとベッドに横になった。
 
「このままでは……夢の中と同じ」

 つまり──あの時のように媚薬を使われて、レナードと性行為をしてしまうのだろう。
 
『──浮気者』

 ルシファウス様の声が脳裏で響いた気がした。
 レナードには私の言葉が届かない。誰かに愛されたいと思っていたけれど、それはルシファウス様でなくては、嫌だ。
 
 あの場所に、帰りたい。
 人じゃないものがたくさんいて、ルシファウス様がいて、それだけで十分満ち足りていた。
 立派な家はいらない。権力も立場もいらない。
 ルシファウス様──ルーファスさんだけが、いればいい。

 逃げたままでよかった。何もかもを捨ててしまっても、本当はよかった。

 ルーファスさんと一緒にいることができれば、それで。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...