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ファウストの真実
しおりを挟むリリスが死んだ。殺したのは自分だ。
その事実がアストリウスの首を締め上げて、苦痛に臓腑が焼かれるようだ。
冷たい彼女のぐったりとした体が、両手を濡らす血に滑る。
彼女を離さないように、落とさないように、アストリウスは骨がきしむほどに強くリリスの体を抱いた。
そんな中、ファウストの声が耳障りな音楽のように鼓膜を震わせる。
「お前は覚えていないだろうが、私はお前の父の子だ。国王がメイドを孕ませて作って、捨てた。幸いにして私には魔法の才があり、母が死に孤児になったところを、教皇に拾われた。いつか、復讐してやろうと思っていたよ。私が得られるはずだったものを全て手に入れたお前に。お前の苦しみや涙だけが、私の心を満たしてくれる」
そんなことのために、リリスは苦しめられて、殺されたのか。
そんなことのために──リリスは。
アストリウスは光の失せた暗い瞳をファウストに向ける。
彼はおかしくてしかたないというような表情で、アストリウスを見下した。
「魔力もたいして持っていない役立たずのお前が国王だなんて、滑稽だと思わないか? 戦いをリリスに任せて、己は安全な場所にいる。リリスは、足を捥がれ、腕を捥がれ、腹を貫かれても、お前のために戦い続けた。お前を心から愛していた。だから……奪うことにしたんだよ」
「ファウスト、恩を忘れたのか!? お前は儂のためにアストリウスを操ると約束しただろう……!」
「黙っていてくれるか、御父上。あなたのくだらない野心などどうでもいいんだ。私はただ、アストリウスの傷つく顔が見たかった、それだけなのだから」
やれやれと、ファウストは両手をあげた。
メルティーナもファウストも、教皇の養子だった。アストリウスを操るために、ファウストがメルティーナに魔法を授けたのだろう。そしてアストリウスは操られた。
教皇との和解などは、形ばかりのものだ。操られていたアストリウスは、メルティーナの、その裏にいる教皇のいいなりだった。
「お前が一番傷つく頃合いを見計らい、リリスを処刑させた。こんなにうまくいくとは思わなかったよ。リリスは……リリス様は本当に、すばらしい魔女でした。彼女が使ったのはレディ・アリアの隷属魔法。その魔法を傍で見、研究し、私にも同様の効果がある護符を作ることができた。とても難しかったですし、彼女のように多くの者の心を掌握することはできませんが、たいして魔力も持たないお前ひとりを操るには十分だった」
ファウストは赤い舌で、ぺろりと唇を舐める。
「リリスの体もまた素晴らしかった。彼女は私に処女を捧げてくれた。私にしがみつきながら、何度もお前の名を呼んでいましたよ、健気なことにね。でも、被虐の印に負けて、最後には自ら腰を振ってくれた。多くの男を侍らせ己に奉仕をさせる彼女はまさに、支配の女王だった。そんな彼女を、私だけが独占できたのです。あれは、極上のひと時でしたね。彼女をもう犯せないことだけが、残念でなりません」
「殺す……殺す、殺す、殺してやる……!」
「同じ言葉しか言えないのか? まるで気の触れたカナリアのようだ」
「殺す……! お前を……あぁ、だが、はは……そんなことは、どうでもいいな。もう、どうでもいい。リリス、リリス、一人にはさせない、君をもう、一人にはしない」
己の形が曖昧になる。自分がどういう人間だったのか、そんなことは全て忘れてしまった。
王としての立場もなにもかもがアストリウスの頭の中から薄れて消えていく。
アストリウスは、衝動に突き動かされるままに──風穴の空いた彼女の体からリリスの心臓を抉った。
多くの血がリリスの体からは失われていたが、心臓は今だ血潮を噴き出している。
それをアストリウスは口に含んだ。咀嚼し嚥下するたび、彼女の魔力が己の体をめぐっていくのがわかる。
アストリウスはリリスと一つになったのだ。
かつてリリスがそうだったように、めぐる魔力が暴走を起こして悲鳴をあげて逃げ惑う人々の体を内側から爆発するように弾けさせて霧散させた。群衆も、教皇も息つく間もなく粉々になり、地面に残骸のように散らばった。
咽かえるような血と臓腑の臭気の中、己に防壁の魔法をかけていたファウストだけが無事だった。
「リリスの魂を呼び戻す方法を探せ、ファウスト。それまでお前は殺さない」
「……ふふ、あはは、品行方正で面白味のない優等生のふりをしていたのだな、アストリウス。お前の体にも私と同じ血が流れている。だから、お前もまた……狂っている」
きっと──そうなのだろう。
アストリウスはリリスの頬を撫でた。そしてその体を、新しく手に入れた魔力で包み込んだ。
遺体が腐乱しないように。彼女を蘇らせるその日まで、傍に置いておくために。
アストリウスの唇は、リリスの流した血で濡れている。
それはどこまでも甘く、香しい、甘美な味がした。
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