今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第一章 マユラ、錬金術師になる

マユラ、師匠と住みはじめる

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 腰に小さくて短い手を当てて、ふんぞり返っている王冠を被った猫ちゃんのぬいぐるみを前にして、マユラは腕を組んでごちゃごちゃ散らかった室内を「うーん」と悩まし気な唸り声をあげながら歩き回った。

『落ち着け、そこの残念な女。檻の中の実験動物のようにうろちょろするな。埃が立つ』
「……師匠」
『なんだ』
「たとえ相手が悪人とはいえ、あっさり人を呪殺するなんて、師匠には人の心がないですよね」
『この私がせっかく師匠になってやろうと言うのに、その言い草はなんだ。お前のへっぽこ魔法で私の呪殺魔法が解除できたと思ったら大間違いだぞ。お前は私に命を握られているのだ』

 確かに、それはそうなのだろう。
 マユラが成功したと喜んでいた魔法は、古の大魔導師(かどうかは真偽不明だが)にとっては、肉まんの湯気だったのだ。
 
 マユラがここにいるのは恐らく猫師匠の温情。
 だけれど、でも。
 
「猫師匠」
『猫師匠と呼ぶな』
「──私、思いますに。師匠ってばあんまり魔法が使えないですよね?」
『なんだと』
「大昔に猫ちゃんに魂をうつした師匠は、ずっとこの館に留まっていたのですよね。新しい体に魂をうつすわけでもなく。そんなことができるのかは私にはよくわかりませんけれど」

 猫ちゃんが一瞬ぎくっとした。
 ぬいぐるみなのに表情が変わるのが不思議だ。魂の感情に合わせて、ぬいぐるみの表情も動いているようだ。

「ここに来た人たちを追い払うぐらいしかしていなかったということは、つまり、師匠はここから出られないということではないでしょうか。そしてそのうち幽霊屋敷という噂が立って、師匠は錬金部屋に閉じ込められた。聖なる封印の護符程度で」

 聖なる封印の護符について、マユラは知っている。
 それは錬金道具の一つである。
 魔物の中でも聖なる力に弱いものがいる。それを封じ込めるための護符で──レイクフィアの父や兄に言わせれば「子供だまし」らしいが。
 護符自体に攻撃能力はないものの、魔物を封じたり、近づけさせない力があるのである。

 その『子供だまし』ひとつで閉じ込められていたのだ、アルゼイラは。
 四年前に夫に殺された妻に護符をはがしてもらわなくては、研究室から出ることができなかった。
 
 護符をはがしてもらっても、家から外に出ることをしなかった。
 家に入ってきた者たちに危害を加える以外に、アルゼイラは何もしていない。

「護符がはがされてもここから出なかったということは、つまり、出ることができなかったのです。師匠のつかえる魔法は、家に入ってきたものを呪うという縛りがある、呪殺魔法だけ。ぬいぐるみの体から精神を別の体にうつすことは今のところできないので、外に出られなかった?」
『な、なにを根拠に』
「根拠はありませんけれど。そんな気がしたのです。家自体に縛られているという可能性もありますが、純粋に力がないだけという可能性もありますよね。だとしたら、そのぬいぐるみの体では、外に出たら野良犬にぼろぼろにされたり、子供に拾われておもちゃにされたり……」
『ぎく……っ』

 明らかに猫師匠は狼狽えている。
 マユラはぴしっと指をぬいぐるみの鼻頭につきつけた。

「師匠はこの家の中ではとてもお強いですが、一歩外に出るとただのぬいぐるみ……」
『そ、それがどうした? この家の中にいる限り、私は最強だ』
「でもそれって、少し寂しいですよね。せっかく不老不死になったのに、どこにも行けないなんて」
『寂しいわけがないだろう、この私が』
「意地悪言ってごめんなさい。師匠、私は師匠に錬金術について教わりたいです」

 マユラは突きつけた指先で、猫師匠のぬいぐるみのふにふにした指に、ちょうどぴったり合うサイズの自分の中指を触れさせる。
 それから礼儀正しく、お辞儀をした。

「私が師匠をこの家から外に連れ出してさしあげますから、師匠はその代わり、私の師匠になってくださるというのはどうでしょう? 殺すとか殺さないとか、物騒なことはなしで」

 別に──アルゼイラをやり込めたいとか、言いくるめたかったわけではない。
 ただ、マユラはもう嫌なのだ。
 誰かに支配されたり、気をつかって生きるような生活は。
 
 今までそれができなかったのは──レイクフィア家の家族が怖かったからだ。
 これからはできる限り、自分の考えや意見を口にしたい。
 なんせ、師匠とはこれから二人で住むことになるのだから。

『ふん。愚かな女よ。はじめからそのつもりだ』

 アルゼイラ師匠は何故か偉そうに、平べったい鼻をつんと尖らせた。

「私は、マユラです。よろしくお願いします、師匠!」

 かくして、マユラとアルゼイラ猫師匠は同盟関係となった。
 マユラは猫師匠を抱っこして、比較的汚れていない棚の埃を払って、そこにクッションを置いて座らせた。

「師匠。さくさくっとお掃除を終わらせてしまうので、ちょっと待っていてくださいね。まずはお掃除、それからご飯、そして錬金術です」
『よい心がけだ。働け、マユラ』
「はじめて名前を呼んでくれましたね、ありがとうございます」
『ふん』

 マユラはよしっと気合をいれると、ワンピースの袖を捲った。

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