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第一章 マユラ、錬金術師になる
小競り合い
しおりを挟む朝早くに出立して、王都に戻ったのは昼過ぎのことだった。
そういえばフライフィッシュバーガーを食べていなかったことを思いだして、南門をくぐったあとマユラは足を止める。
「王都に戻れた。こんなに早く戻ることができたのははじめてだな。ギルドの連中には、俺は出かけると半年は戻らないと言われていてな。出立したのは二週間前だから、新記録だ。感謝する、マユラ」
さして特別なことでもないように、淡々とそう言ってレオナードは微笑んだ。
「それはよかったです。あの、レオナードさん」
「ん?」
「一週間も森の中で野宿をしていたのですから、もしかして、お腹が空いていませんか?」
「狩りをして肉を焼いていたから、さほど困ってはいなかったが……でも、できることなら、わだつみの祝福亭の魚貝のパスタが食べたい。あの店の店主、グウェルさんは俺の元上司で、料理が上手いんだ」
レオナードにフィッシュバーガーをあげようかと思っていたマユラは、思わぬ名前が出たのでぱちぱちとまばたきをした。
「グウェルさんというのは、もしかしてニーナちゃんのお父様で、エナさんの旦那様ですか?」
「お父様、旦那様……なんて柄じゃないだろうが。そうだ。よく知っている」
「実は──」
マユラは解熱のポーションを作る理由をレオナードに説明した。
レオナードは表情を曇らせる。
「そうか……騎士団にいたときは、熱で倒れるような人ではなかったんだが。心配だな。マユラ、もしよければ共に行ってもいいか? どのみち、君の家まで荷物を運ぶ必要があると考えていたんだ」
『ついてくるのか。あれは私の家だから駄目だ』
「今の家主は私ですよ、師匠。きちんとお金も支払う契約をしています。それに、レオナードさんがいなくては、荷物を運びきれません」
不満げな師匠をマユラは説得する。
特にシダールラムの毛皮は両手で抱えきれないほどに大きい。
片腕の怪我が痛むマユラでは、とても運べない。
それをレオナードはぐるぐると紐でくくりまとめて、背中に背負ってくれている。
『……仕方ない』
「師匠も大歓迎といっていますので、是非一緒にきてください。助けていただいたお礼もしなくてはいけませんし」
「あぁ。君の師匠は怒っているようだが、その言葉に甘えさせてもらおう」
マユラはレオナードを連れて坂をのぼり、海を見下ろす海辺の家に戻った。
まだ手入れができていない海辺の家の外観は、雑草は蔓延り人が住んでいるとは思えないほどだ。
だが、中は昨日のうちに掃除をしてあるので、少しは見られる状態になっている。
「呪いの館に女性が一人で住もうと思うなんて、君は中々度胸がある。普通は怖くて近寄らない場所だ。それに、魔物を相手にするなんて」
「家賃がとっても安いのですよ、ここ。これから商売をはじめるところで、お金がないものですから。レオナードさん、申し訳ありませんが荷物をこちらに運んでくださいますか?」
「あぁ」
マユラはレオナードを研究室に案内した。
錬金釜がおいてあるので、錬成部屋と言うべきか。
棚やテーブルの上に採取をした素材を置いてもらうと、一人がけのソファにレオナードを座らせて、マユラは「少し休んでいてくださいね」と伝えた。
師匠はマユラの手からぴょんと飛び降りると、すたっとテーブルの上に着地する。
「師匠もお疲れ様でした。すぐに戻りますね」
マユラはキッチンに向かい、湯を沸かして紅茶を淹れる。
茶葉は、ヴェロニカの街の人々が餞別にプレゼントしてくれたものだ。ありがたく使わせてもらった。
紅茶を淹れて錬成部屋に戻ると、どういうわけか師匠がレオナードを攻撃していた。
「な、なにしてるんですか、師匠!」
師匠の体の下から何本もの手がはえて、レオナードにつかみかかろうとしている。
レオナードはそれを剣で受けて、はじき、避けて、更に切りつけて霧散させていた。
『実力を試している』
「マユラ、やはり師匠は呪いの人形ではないのか!? 急に魔法攻撃をしてきたんだが……!」
「師匠、やめてください! せっかく片付けた部屋がぐちゃぐちゃになってしまいます……! 神聖魔法を使いますよ!?」
『ま、またあれを私に使う気か? 笑い死ぬからやめろ』
マユラはあわてて紅茶を手近にあったテーブルの上に置いた。
それからマユラには攻撃をしてこない黒い手の間をずかずかとすすみ、師匠を掴んでぎゅうっと抱きしめた。
「師匠、家に来た人を攻撃しないでください。師匠の実力はよくわかっていますから、大丈夫です、大丈夫」
『私は縄張りを荒らされるのを嫌がる、怯えた犬かなにかか』
「よしよし」
『離せ』
よしよししていると、レオナードへの攻撃がやんだ。
レオナードは深い溜息をついて、剣を鞘にしまう。
師匠はマユラの腕の中から逃げると、テーブルの上でふてくされたように寝転がった。
マユラは師匠用のクッションを運んでくると、その上に師匠を乗せた。
それから「ごめんなさい」とレオナードに謝って、紅茶と皿の上に置いたフィッシュバーガーをテーブルに並べた。
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