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第一章 マユラ、錬金術師になる
はじめてのポーション
しおりを挟む突然の攻撃に怒った様子もなく、レオナードは「驚いた」と呟いた。
「レオナードさん、ごめんなさい。師匠、家に入ってきた人を攻撃する癖が抜けないみたいで」
『人を縄張り意識の強い獣あつかいするな』
「そういうわけではないのですが。ともかく、怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫だ。君の師匠は君のことが心配なのだろう。お前が私の弟子を任せるに足る人間か否かを判断すると言っていた」
『力を試したのだと言っただろう』
「森で出会っただけのレオナードさんに私を任せようとしないでください、師匠。レオナードさんが困ってしまいますよ。怪我がなくてなによりでした、なんせ師匠は呪殺のたつじ……い、いえ、なんでもありません」
いくらなんでも、今までのこの家で起きていた怪奇事件は全て師匠のせいだとは言えない。
数年前も、相手が悪人とはいえ二人も呪殺しているのだから、それまでにも前科があるのだろう。
殺人は立派な犯罪だ。
もしかしたら師匠の生きた時代はもっと殺人に寛容だったのかもしれないが、現代では痴情のもつれから人を殺した場合、投獄されて斬首刑である。
このぬいぐるみ、人殺しなんです──なんて、マユラには師匠を告発する気はないが、できれば今後、師匠には可愛いぬいぐるみの師匠でいてもらいたい。
「レオナードさんに攻撃しないでくださいね、師匠。私が招いた人はお客様です、わかりましたか?」
『ふん』
「これからお店を開くのですから、お客様に攻撃をされたら困ります。レオナードさん、申し訳ありませんでした。お詫びといってはなんですが、紅茶をいれました。フライフィッシュバーガーも、フライフィッシュとパンを焼き直してきましたので、召し上がりながら待っていてくださいね」
「悪いね。手伝えることがあれば言ってほしい」
レオナードが紅茶に口をつけて、もぐもぐフライフィッシュバーガーを食べているのを見守ってから、マユラは錬金釜に向き直った。
本当は何か手料理でも振る舞いたいところだが、あまりもたもたしていると夜になってしまう。
おそらく今も、グウェルは熱で苦しんでいて、ニーナとエナは心配をしているはずだ。
「さっそく、解熱のポーションを作っていきましょう」
『馬鹿者』
「なにが馬鹿なのですか、師匠」
『まずは怪我を治せ。痛みがあると集中力が落ちる。集中力が落ちれば錬成に失敗しやすくなる。治療のポーションを作り、そのあと解熱のポーションだ。材料は同じようなものだから、練習のつもりで治療のポーションを作るのだな』
確かに師匠の言うとおりだと、マユラは頷いた。
錬成が難しければ難しいほど、集中力が必要になる。錬成中、錬金術師は錬金釜の中に魔力をそそぐ必要がある。
これは錬成素材を溶かして、その魔素を錬金釜の中で混ぜ合わせるためである。
錬金術において魔力量の多さは重要ではないが、魔力が全くないと錬成ができないことも事実だ。
レイクフィア家の家族が錬金術師を小馬鹿にするのは、魔力量の少なさを小手先の技術で誤魔化しているからという理由からである。
アルゼイラ師匠はそのあたりはどう考えているのか気になったが、今はともかく錬成が先だ。
『まずは水で錬金釜を満たせ。水に魔力を与えて、お前の魔力を馴染ませ浄化し不純物を取り除け。その後、定められた順番で素材をいれて、魔力を注ぎ錬成を行え』
「わかりました。まずは水ですね、くんできます」
「手伝おう」
あっという間にフライフィッシュバーガーを食べ終わり、紅茶を一息に飲んでしまったレオナードが立ちあがる。
「いえ、水ぐらいは自分で」
「君は重たいものを持つべきではない。腕に負荷をかければ傷が開き、血が流れる」
「なにからなにまで、すみません」
「水を運ぶぐらいたいしたことではないから、気にしないでくれ」
レオナードと共に裏庭に向かい、井戸から水をくんだ。
大きな錬金釜を水で満たすには、水桶いっぱいの水を数回運ぶ必要があったが、それはレオナードが全て手早く行ってくれた。
なんせ彼は力持ちで、両手に水桶を軽々と持って歩いても、ふらつきもしなかった。
「とても助かります、レオナードさん」
「いや。グウェルさんは、俺の元上司だと言っただろう。料理はうまいし、親切でいい人だ。熱で苦しんでいるのなら、助けたい。助けようとしてくれている、君の力になりたい」
「確か、騎士団とおっしゃっていましたよね」
最後の水桶を持って共に錬成部屋に戻りながら、マユラは尋ねる。
レオナードは傭兵だ。傭兵ギルドに所属している。
それが、騎士──とは、どういうことなのだろう。
「……三年前まで、王国騎士団ルクスソラージュに所属していたんだ。グウェルさんは俺が見習い騎士だったときの上司で、ずいぶん世話になった。エナさんと結婚をしてニーナが生まれて、グウェルさんは騎士団をやめてしまってね」
「そうなんですね。グウェルさんは家族ができたからなのでしょうけれど……レオナードさんはどうして騎士団を?」
マユラの質問に、レオナードは一瞬黙った。
「ごめんなさい。不躾でした」
「いや、いいんだ。もう過去のことだ。気を遣わせてしまって、悪かった。色々あってね。辞めたというか、逃げたという方が正しいのかもしれない」
「辛いことがあったのですね」
「辛いというよりは、困ったこと、といえばいいのか。ようするに、痴情の縺れに巻き込まれてしまって、逃げたんだ」
「ここでも痴情の縺れが……痴情とは縺れるものですからね」
「はは……っ、そんなことを言われたのははじめてだな」
神妙にマユラが頷くと、レオナードは楽しそうに笑った。
男女の色恋沙汰とは難しいものである。この屋敷でも既に三人死んでいるのだ。
レオナードが逃げたくなる気持ちもわかる。
マユラも離縁を言い渡されて、嬉々として逃げてきたのだから。
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