今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

文字の大きさ
21 / 107
第一章 マユラ、錬金術師になる

輝く水

しおりを挟む


 錬金釜いっぱいに水をそそいでくれるレオナードに、マユラは丁寧にお辞儀をするとお礼を言った。

「ありがとうございます、おかげさまで助かりました」
『水をくんで中に入れただけだろう。猿にでもできる』
「師匠、失礼ですよ」

 マユラは師匠のふにふにの頬をつついた。
 レオナードは親切な男だ。嫌味がなく、感情のゆらぎが少ない。

 感情のゆらぎが少ないというのは、苛立ったり怒ったりしないということである。
 とても強いのに、近くにいておそろしさを感じないのはおそらくレオナードの人徳だ。

 背が高く、筋肉質で体格がいい。顔立ちも整っている。
 これで──華やかな騎士団に所属をしていたのだとしたら、それは痴情も縺れるというものだ。

 ルクスソラージュ騎士団とは、王の騎士団である。
 王の護衛から魔物退治、有事の際の戦闘などを行う騎士団で、騎士を目指すものたちの憧れ。
 実力があれば入団することができるが、将校クラスの地位を目指すとなると、実力だけではなく家柄も重要になってくる。

 基本的には狭き門だ。レイクフィアの家族は騎士団に所属している。
 だがどれほど実力があろうとも、家柄が伴わなくては出世は難しい。
 レイクフィアの家族たちは地位が欲しくて、貴族籍を手に入れた。
 
「……あぁ!」
「どうした、マユラ」
「思い出しました。太陽の騎士レオナ……騎士団長の名前です」
「わ、忘れて欲しい……! それは笑顔が爽やかで太陽のような騎士という意味で名付けられたんだ、すごく恥ずかしい」

 レオナードははじめて狼狽えた。
 ぶわっと赤く染まる顔に、彼が本気で恥ずかしがっていることがわかる。

『ふははは! 明るい笑顔が素敵な騎士様! なんとも間抜けな二つ名だな!』
「師匠、からかわない! いい名前です。レオナードさんは騎士団長様だったのに、お辞めになってしまったのですね」

 太陽の騎士レオナという名前をマユラが記憶しているのは、兄がレオナードについて「魔法も使えない凡人の癖に、騎士団長だとは世も末だ」と敵視して、よく怒っていたからだ。
 けれど魔法が使えないレオナードと戦うと兄は互角で、模擬戦はいつも引き分けだった、らしい。
 マユラは家にいて噂を聞いていただけなので、もちろんレオナードの顔は知らなかった。

「なるほど、痴情の縺れ。縺れるわけです。騎士団長様と、女性たちの恋愛……さもありなん、という感じですね」
「いや、俺は縺れさせたいわけではなかったのだが」
『痴情のもつれ……なんともまぁ、情けない。我が弟子を任せることはできんな」
「任せないでください、私は一人で大丈夫ですから。師匠もいますし」
『……そ、そうか』

 今度は師匠が照れている。
 マユラは照れる男性たちをそっとしておくことにした。
 水が満たされた錬金釜の前に立つと、水に両手をかざす。

「よし。魔力をそそぎます。魔力を馴染ませて、浄化、ですね」
『初歩的な魔法だ。お前にもそれぐらいはできるだろう』
「頑張ります」

 水の浄化は、たとえば泥水を飲水にするために行われる魔法である。
 そのほかには、泥のついた野菜を綺麗にしたり、肉の血抜きなどにも使われる便利な魔法だ。
 レイクフィア家で家事全般を任されていたマユラにとって、それはどちらかというと得意な魔法である。
 もちろんレイクフィア家の家族たちは、そんな魔法は使わない。
 彼らは浄化せずとも綺麗な水が飲めるし、野菜の泥を落とす必要も、衣服を綺麗にする必要もないのだ。
 それは誰かが代わりに行ってくれる事柄である。

「全ての不純を取り除き、麗しの白き肌を見せよ。浄化!」

 マユラが水に魔力をそそぐと、錬金釜の中の水面に波紋が広がっていく。
 水に混じりあう魔力が、錬金釜の中の水を黄金に染めあげた。

 光が釜からあふれて、錬成部屋を照らす。
 マユラの髪がふわりと広がり、錬金釜からあふれた魔力風に靡いた。
 それは突風となり、部屋の中に嵐のように吹き荒れる。
 師匠は飛ばされないように、自分の体をテーブルからはやした黒い手で固定した。
 マユラの隣に立っているレオナードは突然の嵐に吹き飛ばされそうになるマユラの背を、力強く支える。

『おぉ』
「すごい……!」

 光と風がおさまると、師匠が感嘆のため息をつき、レオナードは驚いたような表情で呟いた。

「すごいな。魔力のない俺でも、君の魔力のすさまじさがわかる」
「……わ、ぁ……っ」
「ど、どうした」
「わ、私、魔力は本当に少なくて。ですからありったけの力を込めて魔力をそそいだのですが、こんなことになるとは思っていなくて……とても驚きました」

 驚きのあまり、床に座り込みそうになったが、マユラはなんとか堪えた。

『なるほどな。どうやら私の見込み違いだったようだ。マユラ、お前の魔力は特殊だ。魔力そのものを練って発現させる魔法は不得意なようだが、何かに魔力を注ぐ行為が得意なのだろう。つまり、錬金術への適性だけがやたらと高い』
「私、魔力量が少ないおちこぼれではないのですか?」
『違うな。身の中にある魔力量は、素晴らしく多い。だが、魔法に適性がないのだ。錬成に特化している。どうして今まで気づかなかったのか』

 それはレイクフィアの家族が、錬金術を邪道だと嫌っていたからだ。

「よかった。それでしたらきっと、解熱のポーションも問題なく作ることができますね!」

 錬金術の適性についてよりも──ニーナとの約束を果たせることが、嬉しかった。

しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...