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第一章 マユラ、錬金術師になる
お兄様との再会
しおりを挟むユリシーズが作った氷の船──というよりも牢獄が、マユラたちを港まで運んだ。
氷の船の上でレオナードがマユラの両手をじっと見つめて、きつく眉を寄せる。
「君は、また怪我をしている」
「……あ、あぁ、これですか。たいしたことはありません」
「マユラ。君は女性だ。自分を大切にしなくてはいけない。全て俺に任せてくれていたら」
「そんなことはできません。例えばレオナードさんに全ておしつけて、レオナードさんが大怪我をしたり命を失ったりしたら、私は一生後悔します」
「……
治療のポーションもいくつか鞄に入れていたのだが、リヴァイアサンに船が襲撃されたときに鞄はなくしてしまったし、スキュラと戦っている最中に服が破けたせいか、ポケットの中身もいつの間にか海の中に消えてしまった。
焼けただれた手のひらや、触腕に襲われた時の傷を隠すために、マユラはレオナードから一歩離れる。
『全盛期の私であったなら、あのような魔物など指先一つでダウンさせていただろう。お前は駄目だ、方向音痴間抜け』
「そうだな、俺は駄目だ。駄目だと言われないよう、もっと努力しないと」
師匠に小馬鹿にされてしゅんとするレオナードを、マユラは慌てて庇った。
怪我をしたのはマユラが弱いからであって、レオナードの責任ではないのだ。
「師匠、レオナードさんを責めないでください……! 身一つでリヴァイアサンやスキュラを倒せるのですから、十分すごいんですよ、レオナードさんは!」
『ふん』
「ふん、じゃありません、ごめんなさいしてください。海に投げますよ」
『……お前。たった数日で私にたいして妙に強気だな』
「いかに尊敬する師匠といえども、言っていいことと悪いことがあります」
レオナードには十分守ってもらっている。むしろ足手まといなのはマユラである。
──だからといって、レオナードに錬金魔法具を渡して、あとはよろしくなどという無責任なことはしたくない。
『まぁ、その、なんだ。お前は強い。だがまだまだだ、レオナード』
「もっと努力する。師匠が安心してマユラを俺に任せてくれるように」
「あの、レオナードさん。私のことは任されなくていいですからね、よくしていただいてとても助かりますが、そこまでは大丈夫ですから。次はちゃんと依頼で、お金を払ってお手伝いをお願いします」
「……金の関係と言われてしまうのも、寂しいものだな」
「そ、そうなんですか……?」
レオナードが何故か先程よりも落ち込んだ。
慌てるマユラの前に、ぬっと、ユリシーズが顔を出す。
氷の檻はいつの間にか港に到着していた。ユリシーズ風魔法を応用して、背中に翼をはやして浮いている。
ぐっとマユラの腰を抱くと、氷の檻からマユラを持ち上げて、桟橋へと戻った。
もう、夜明けが近いのだろう。桟橋から見える海は、朝日に照らされている。
スキュラを倒すことができた。
爽やかな朝である。
──だが、マユラの心は凍り付いた。
マユラにとって最大の問題が目の前に横たわっている。ユリシーズが怖い。
まかさ唐突に海に投げ捨てられるとは思わないが、オルソン捨てられた挙げ句、レイクフィアの家族が嫌っている錬金術師になっているなんて。どう、説明したら。
マユラの後を追って、レオナードは軽々と氷の檻から跳ねあがり、桟橋に戻った。
桟橋に戻ったからだろう、マユラの足が人魚のそれから、二本の人間の足に戻る。
不思議なことに、靴はそのままはいている。スカートはぼろぼろになっていて、ところどころ足は向き出しになっていたが、怪我は切り傷程度。治療のポーションさえ一粒食べれば、問題なく治るだろう。
「あ、あの、お兄様」
「マユラか」
「は、はい、マユラです。お兄様、そ、その、助けていただいてありがとうございました……」
どうも、おそろしさが先に立ってしまい、兄と話すとしどろもどろになってしまう。
レオナードや師匠と話しているときは、こんなことはないのだが。
「いや。問題ない。……お前は、あのような場所でなにをしていた」
「スキュラ退治を。れ、錬金術師と、して……」
「……マユラ」
「は、はい」
「お前は錬金術師として身を立てた。私を救うことができるほどに、有能な錬金術師になったというわけだ」
「そ、そこまでは……」
兄の両手が、マユラの腰を抱いている。
近すぎないだろうか。兄の凶悪なほどに美しい顔面が傍にあっても、それは兄なのでどうとも思わないが。
でも、近すぎる。
「レイクフィアは錬金術師など認めない。だが、魔法の才のないお前が選んだ職業としてそれは相応しい。マユラ、私はお前を認めよう。つまり……もう、我慢をしなくていいというわけだ」
「が、我慢……?」
「あぁ。……マユラ、心配していた」
ぎゅうううと、それはもう激しくユリシーズが抱きしめてくるので、マユラは目を白黒させた。
兄はまだスキュラの呪いにやられて、高熱を出しているのではないだろうか。
『おい、つぶすな。なんだこの男は。兄か。兄なのか、本当に』
「兄です……私のお兄様です」
「あぁ、マユラ。お前がお兄様と私を呼ぶ声を、この四年どんなに夢に見たことか。努力家で優秀な私の妹よ。私たちは口付けをした。つまりはそういうことだ」
「ど、どういうことですか……!?」
「ユリシーズ、マユラは怪我をしている。そろそろ離れろ。傷が痛むだろう」
レオナードがべりっと、ユリシーズをマユラから引き剥がしてくれる。
マユラは『おい、お前の兄はどうなっているのだ』と呆れる師匠を抱きしめながら、恐怖によって高鳴る鼓動を落ち着かせた。
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