今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第二章 マユラ、錬金術店を開く

アルゼイラの夢

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 ◇

 鬼子。
 生まれたときからそう呼ばれていた。
 だから『アルゼイラ・グルクリム』──闇の中で光る星という名を、自分につけた。

 アルゼイラには、うまれたときから人にはない化け物じみたものがあったのだ。

 それは、頭からつきでる二本の角だった。
 故にアルゼイラは、長い間幽閉されていた。

 それは、塔である。森の奥深くにある、幽閉塔だ。塔には知識だけがあった。かつて幽閉されていた狂王ヴォイドガルグが大人しく幽閉される条件として運ばせた本が、幽閉塔には腐るほどにあった。

 アルゼイラは誰に教わるでもなく自力で文字を覚え、言葉の意味を覚え、十歳を迎えるころには塔の内部にあるすべての本を読み終えていた。
 
 一人きりの生活だが、特に困るようなことはなかった。アルゼイラは魔法を使うことができたからだ。幽閉塔から外に出ることはできなかったが、水も炎もうみだすことができる。動物を操り食料を得ることもできた。
 本を読みふけり知識を得ると、もっと複雑な魔法を使うこともできるようになった。

 だから、十歳を過ぎると退屈になった。
 退屈になったため、塔を出ることにしたのである。

 幽閉をされていたのは、人とは違う姿をしたアルゼイラを皆が不吉だと思い、恐れたためだ。
 特に両親は──国王と王妃はアルゼイラが自分たちの子だと認めるわけにはいかなかった。

 王妃がアルゼイラを産んだとき、アルゼイラの頭には黒い角が二本はえていたのである。
 角などはえた人間はいない。それは魔物の証だ。

 王妃は魔物に犯されたのだと、皆が言った。国王は怒り狂い、王妃は心を病んだ。
 そんなことはない、魔物に犯されるなど馬鹿げた話はない、アルゼイラが不吉を背負って生まれてきてしまっただけだ。
 だから、幽閉しなくてはいけない。誰にも気づかれないように、知られないように、密やかに。

 そう決まるまではしばらく時間がかかった。アルゼイラは三歳まで城の牢獄に閉じ込められ、それからわけもわからないままに幽閉塔に押し込められたというわけである。

 そんなアルゼイラが塔を出る方法は、ただひとつ。
 ──自分は有用だと、王に、力と恭順を示すことだけだった。

 ◇

 ぱちりと目を開いたマユラは、自分の隣ですやすや寝ている師匠をぐりぐり撫でた。

『……なんだ、お前は。何用だ』

 爽やかな朝である。ルージュはマユラの腹の上で眠っていて、マユラは師匠を抱きしめている。
 一晩海にいたマユラは、アンナお手製の胃に優しい芋のポタージュスープを食べて、風呂に入って体を清めると、すぐにベッドにもぐりこんだ。

 師匠もついでに引きずり込んだ。これはマユラが猫のぬいるぐみを抱いて眠る趣味があるからというわけではなく、師匠用のベッドがまだ用意できていないからである。

 どうやら、丸一日眠っていたらしい。外は明るい。ベッドに入ったのが昼頃だったので、今は恐らく夜を通り過ぎて朝だろう。

「なんだか、師匠の夢を見た気がします」
『私の夢だと?』
「はい。塔に幽閉されている夢なんですけれど……」
『……妙なことだ』
「師匠は幽閉されていたのですか?」
『五百年前の話だがな』

 師匠が両手をのばして、伸びをした。
 マユラもそれに倣って、大きく手を伸ばして伸びをする。長く眠ったためだろう、体がギシギシしている。
 ずるりと、マユラの腹の上からルージュが落ちていく。
 マユラはあわててルージュを両手で受け止める。ルージュは驚いたらしくぱちりと目を開いて「ぴー」と言いながら、翼をぱたぱたさせた。

『お前、海の底であの幽霊の腹の子の声を聞いたと言っていたな』
「はい、そうですけれど」
『私には聞こえていない。恐らくあの場にいた誰にもな。お前にはもしかしたら、人ならざる者の記憶を見、声を聞く力でもあるのかもしれんな。なぜかは知らんが』
「ふふ、そうだといいですね。もしそうだったら、師匠が話してくれない秘密も知ることができてしまいます」
『隠していることはなにもない。語るのが面倒なだけだ』

 マユラはぱたぱたと部屋を出た。
 師匠とルージュが、マユラの後をちょこちょことついてくる。親鳥になった気分である。
 水瓶の水で顔を洗って口をゆすいでいると、アンナが「朝ごはんよぉ」と、のんびりした声で呼んでくれる。

「わぁい、ごはんだ!」
『なんだその喜び方は、間が抜ける』
「仕方ないじゃないですか、朝起きたらご飯を準備してもらえるのって、私、はじめなんですよ」
「ぴぃ!」

 マユラはいそいそとダイニングに向かった。
 ダイニングテーブルには野原で摘んだ可愛らしい花が飾られ、美味しそうな──ポタージュスープがよそられていた。

「マユラちゃん、ごめんね。作りすぎちゃったの。ご飯を食べられるのって、マユラちゃんとルージュちゃんしかいないのに、つい。生前だって、夫が帰ってこないから、沢山ご飯をつくっても捨てるだけだったのに……」
『不幸女、朝から不景気な顔でめそめそ泣くな』
「アンナさん、私、ポタージュスープ大好きです」
「マユラちゃん!」

 アンナが嬉しそうにマユラを抱きしめようとしてくる。その体はマユラの体をするりとすり抜けた。

「アンナさん、ありがとうございます。たくさん食べて、今日から頑張っていかないとですね!」

 思いがけず、スキュラやリヴァイアサンという危険な魔物を討伐することになったものの、マユラの本業は錬金術師である。

 今日から──マユラ・グルクリム輝く星錬金術店の、通常営業を開始しよう。

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