今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

文字の大きさ
100 / 107
第二章 マユラ、錬金術店を開く

キリア領からの出発

しおりを挟む

 アルヴィレイスはマユラたちを伯爵家に招いた。

「恩人であるマユラや、クイーンビー討伐に協力をしてくれたレオナード様やユリシーズ殿をもてなしたい」

 と言って。
 急ぐ旅でもない。断る理由もなかったので、マユラはクイーンビーの蜂蜜をいくつか瓶詰めにしたあと、レオナードと共にイヌに乗ってキリア伯爵家に向かった。

「レオナードさん、どうしました?」
「……いや。なんでもない。本当に……どうしたのだろうな、俺は」
 
 レオナードの後ろに乗ったマユラが彼の腹部に手を回してしがみつくと、レオナードは僅かに体を震わせた。
 傷が痛むのだろうかと声をかける。レオナードは小さな声で呟いた。
 怪我をしたわけでもなく、どこかが痛むわけでもないのなら、よかった。

「まだ、気にしていますか?」
「……あぁ、少しは」
「レオナードさんは普段にこにこしているんですから、たまに怒ったぐらいなんでもありませんよ。師匠なんてだいたいいつも怒っていますし」
『おい。別に私は常に怒っていない』
「悪口ばっかり言うじゃないですか」
『悪口ではない。適切な指摘だ』
「ふふ……あはは。マユラと師匠の声を聞いていると、落ち着くな。いつも通りだ」
「はい、いつも通りです」
『呪い男、情緒不安定なのではないか。カウンセリングをお勧めしておく』

 師匠のいつも通りの悪口にほっとするのはマユラも同じだ。
 綿が飛び出している師匠を見ると胸が潰れそうな気持ちになるが、中身の──魂のようなものは無事のようだ。よかったと、心底思う。

「気をつかわせて、すまない。君のほうが余程大変なのに」
「私が、大変ですか?」
「あぁ。……死者の記憶を見るというのは、苦しいことだろう」
「……どうしてそんなことができるのか、私もわかりませんけど。でも、悪いことではないかなと思います。いつも記憶を見ることができるわけじゃ、ないんです」

 今までこんなことはなかったのだ。
 それは単純に、マユラが魔物と関わってこなかったからなのかもしれない。
 レイクフィア家では家から出ることはほとんどなく、アルティナ家では街と家の往復のような生活だった。
 錬金術師になってはじめて、魔物と関わり、討伐した。
 それでも全ての魔物がマユラに語りかけてくるわけではない。

 はじめては、アンナの子の想いが変化をした、スキュラだった。

「もしかしたら、ティターニアさんが私に、自分の最後を伝えたかったのかもしれません。アルヴィレイス様やカトレアさんに、教えるために」

 そう口にすると、そんな気がしてきた。
 ──あくまでマユラの勝手な思い込みでしかないのだが。

 そうだといいなと、思う。
 だとしたら少しは。不遇の中で亡くなったティターニアも、浮かばれるはずだ。
 ほんの少しは。

『マユラ。魔物に同情をするな』
「はい。大丈夫、わかっていますよ、師匠。心配してくれて、ありがとうございます」
『心配などしていない。愚鈍なお前は、余計なことを考えていればすぐに死ぬ。錬金術師を目指しているんだろう。甘くはないぞ』
「気をつけます」
「……マユラは、俺が守る。今度こそ」
「レオナードさん、そう気負わないでください。レオナードさんの呪いについて、まだわからないことばかりでごめんなさい。手がかりを見つけられるように、頑張りますね」

 草原を、イヌが駆ける。アルヴィレイスたちは馬に乗り、ユリシーズがリヴァイアサンを飛ばしている。
 
「俺はこのままでも、いい。まだ。そんな、気がする。君との旅が、もう少し続いて欲しい」

 レオナードが何かを呟いたが、その声は風の音にかき消された。

 アルヴィレイスの城についたマユラはさっそく師匠をチクチク縫った。
 ついでに、ニーナから貰った赤いビーズも、師匠の王冠に縫い付けた。

「うん。可愛いですね、師匠。縫い目が気になりますが……ぬいぐるみ用のポーション、絶対に作りますからね。師匠の体は脆いので、いつでも綺麗な体に取り替えられるように」
『そこまでの必要はない』
「あります。私が嫌なんです、ぼろぼろの師匠。見ているだけで心配になりますから」

 それでも綿は体のなかにおさまった。手と足を動かすことができる喋る師匠を眺めながら、カトレアは首を捻る。

「なるほど。喋るぬいぐるみ。私のおじいちゃん、ずっと自動人形の研究をしていたの。人形に魂を入れて動かす研究ね。ほら、老人の一人暮らしって何かと不自由でしょ。お世話をさせたかったのよ」
『お前の、爺はろくでなしだな。無機物に魂を込める研究は、生命への冒涜だ。自分の世話をさせるために研究をしていたなど』
「おじいちゃんを悪く言わないで! 口の悪い人形だわ、マユラ」
「ごめんなさい。口の悪さは師匠のチャームポイントなので、許してください」

 カトレアはマユラを錬成部屋に案内してくれる。
 色々な素材が綺麗に棚におさめられている。アルヴィレイスはカトレアが仕事をしないと言っていたが、そんなこともなさそうな『できる女』の部屋に見える。

「ここの素材、好きに使っていいわ、マユラ。もしよければ、師匠用の回復薬、作っていいわよ」
「いいんですか?」
「ええ。おじいちゃんの形見なの。それから、アルヴィレイス……お兄ちゃんや、ルーカス様がとってきてくれたりして」
「ありがとうございます、カトレアさん。……でも、どれを使ったらいいか……針と、接着剤と、布と……あぁ、そうだ!」

 マユラは部屋の中の素材を眺める。
 それから、両手をぽんっと、胸の前であわせた。

 ◆師匠用ぬいぐるみ回復剤(自動人形用修復剤)

 <素材>
 ・軍隊蜂の毒針
 ・シダールラムの羊毛
 ・クイーンビーの蜂蜜
 ・綿毛草の神秘の綿

 棚から素材を手にしては戻しを繰り返し、マユラはいくつかの素材を抱えて持ってくる。
 部屋の中央に置かれている錬金釜に入れて、かき回し始める。

「うん、いい感じです」
「……わかるの?」
「かき回していると、手応えのようなものがあります。頭に浮かんだ完成品が、できあがってくるような」
「そうなんだ。私、おじいちゃんから教わったものしか作れないの。おじいちゃん変わっていたから、ちょっと変なものばっかりなのよ。だから、ポーションも作れなくて」
『何故初歩的な錬金魔法具をお前に教えなかったのだ、お前の爺は』
「あんなもの、くだらねぇ! と言っていたわ。毒針のセラムは、生活のために作っていたけど。ポーションは嫌いなんだって。怪我なんて自分の力でなおせなきゃ、おっ死じまえばいい! ってよく言ってたわ」
「過激ですね……」

 なるほどと、マユラは思う。
 だからカトレアは、『あまり仕事をしない』のだろう。
 しないというよりは、アルヴィレイスの求めるような錬金魔法具は作れないのかもしれない。

「よし、できました!」

 やがてぷかりと、錬金釜に錬金魔法具が浮かびあがる。

 それは小さなぬいぐるみ用のベッドである。
 ふかふかで、赤色をしている。師匠用なので、両手で抱えられるほどの大きさだ。

「師匠。これは師匠用のぬいぐるみ回復ベッドです。ちょっと寝てみてくれませんか?」
『……今はいい。お前が修復した体で、十分だ。もし手足がちぎれたら、それを使おう』
「えぇ……せっかく作ったのに」

 師匠がそんなことを言うので、マユラは不満げに眉をよせる。
 カトレアは「仲良しなのね。私とおじいちゃんみたい」と、懐かしそうに言った。
 師匠は嫌そうに『私は爺ではない』と言っていた。

 アルヴィレイスに酒と食事を振る舞ってもらい、一晩ぐっすり寝た。

 約束の五十万ギルスを渡そうとするアルヴィレイスから、マユラは旅の資金にするために五万ギルスだけを受け取った。

「これは、領地の方々のために使ってください。森にはまだ石像がたくさんありましたし、そちらはカトレアさんにお任せしましたので。これからきっと、大変だと思います」
「そうか、感謝する。君は本当に清らかな女性だ。……マユラ、僕も君と旅がしたいな」
「……また、遊びに来ますね」

 女好きなアルヴィレイスだが──屋敷に女性を侍らせている、というようなことはなかった。
 兄やレオナードをもてなす美女たちという情景を見せられたらどうしようと思っていたマユラは、少しほっとしながらアルヴィレイスの熱い見送りを受ける。

「一晩考えていたんだが、僕は、妹を探すという目的もあったが、やっぱり俳優をするのが好きだったな。伯爵家の後継者も見つけたし、また王都で俳優をしようかなと思う。そうしたら、いつでも君に会える」
「来るな」
『領地に籠っていろ』
「……アルヴィレイス殿、それでは、また」

 ユリシーズや師匠に冷たく言われ、レオナードに礼儀正しく挨拶をされて、アルヴィレイスは苦笑した。

「気をつけてね、マユラ!」
「また会おう、お嬢ちゃん」

 カトレアやルーカスに見送られ、マユラは大きく手を振った。

 そうして──明るい陽射しを浴びながら、次の目的地へと出発したのだった。

しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。 継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。 しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。 彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。 2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

処理中です...