半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

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クロヴィス様の不安

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 クロヴィス・ラシアン王太子殿下は、私よりもひとつだけ年上で、幼い頃から親しくしていた、所謂幼馴染の間柄である。
 
 艶々の黒髪、紫色の神秘的な瞳、狼のような耳がぴん、と頭から生えている。

 昔は良く引っ張ったり撫でたりしたものだけれど、最近は私も淑女としての自覚を持ったので触っていない。

 半獣族のクロヴィス様には当然尻尾もある。

 半獣族の方々は尻尾を露出しなければいけないので、特殊な形状の服を着ている。
 女性はスカートの下に隠れてしまうけれど、男性はそうはいかないからだ。

 ふさふさと長い尻尾も艶やかな黒色をしていて、先っぽだけが白い。
 見るたび撫で回したくてうずうずするけれど、我慢している。

 幼馴染で婚約者とはいえ、男と女なので。

「リラ、……良く来た。待っていた」

「クロヴィス様、お久しぶりです」

 私はクロヴィス様の前で足を止めると、礼をした。
 最後に会ったのは、半年ほど前だったかしら。

 ネメシア公爵家は固有の領地を持っていない。ラシアン王家の分家にあたるので、領地経営などはしなくて良いとされている。

 リリーナお母様はクロヴィス様のお父様の妹にあたる。元王族のお姫様である。
 とはいえお父様は優秀なので、働かなくて良いという立場が我慢できず、城で財務管理などをしている。
 永久凍土と言われる所以も、財務管理の厳しさにあるらしい。

 公爵家は王都にあるので、クロヴィス様に会おうと思えばいつでも会えるのだけど、私はそこまで恋愛体質ではないし、クロヴィス様も学園に入学されて忙しいだろうと思っていたので、あえて会いに行こうとはしなかった。
 幼馴染として、親戚としての気安さはあるけれど、間の恋だのは無縁の関係だと思っている。
 
 クロヴィス様は見目麗しいけれど、美人は三日で飽きるもの。
 幼い頃からの付き合いだから、見栄えの良さにはもう慣れてしまった。
 我が家のお父様やお母様、弟の見栄えが良すぎるので、見栄えの良さについてはお腹がいっぱいなのだ、私は。

 どちらかというと、髭がある筋肉質な将軍、とか、草臥れた学者、とか、に心惹かれるわよね。
 そんな知り合いはいないのだけど。
 冒険譚に出てくる騎士などに、ときめくお年頃なのよね。
 クロヴィス様が悪いというわけではないのだけど。

「とうとうこの日が来てしまった……、リラが、魔道学園に入学する日が」

「はい、一日はやいですが、寮でゆっくりしようかと思いまして」

「……リラ、悪い事は言わない、……今すぐ、公爵家に戻れ」

「は?」

 クロヴィス様は昔は子犬のように可愛らしかったけれど、歳を経るごとに堂々とした佇まいになり、王太子殿下としての風格も出てきていた。

 分かりやすくいうと、若干偉そう、になってきていた。

 気安い関係だけれど、仲良しではない。
 そんな感じ。
 親戚だし、幼馴染だし、そんなものよね、と思っていた。

 それなのに、今のクロヴィス様は、不安そうに耳を垂らし、何かに怯えたように青ざめている。

「私が学園に入学すると、不都合があるんですか?」

 もしや、浮気かしら。
 学園には可愛らしい女性も多いし、ありそうな話だ。
 私はルシアナとそっと目配せした。
 ルシアナも女の感が働いたのだろう、深刻な表情でこくりと頷いた。

「不都合ならある。リラが学園に入学すると、俺はリラに捨てられる」

「浮気がばれて?」

「浮気などしていない! 断じて!」

「怒らないから、言っても良いわよ。クロヴィス様と私は従兄妹だし、幼馴染だし、女としては見れないでしょう? 婚約も、腐れ縁の延長みたいなものだし」

「リラは俺を、そんなふうに思っていたのか……?」

 せっかく私が浮気を許そうとしてあげているのに、クロヴィス様は傷ついたように私を見た。
 耳が垂れ下がっていて、捨て犬っぽかった。
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