半獣王子とツンデ令嬢

束原ミヤコ

文字の大きさ
8 / 67

妄想癖においては他の追随を許さない

しおりを挟む


 クロヴィス様をリビングルームにある質の良い丸テーブルの、重厚感ある焦げ茶色の木製の椅子に座らせる。
 どちらかといえば筋肉質ですらりとはしているけれどしっかりとした体形のクロヴィス様が座っても、椅子はびくともしなかった。
 私も正面の椅子に腰を下ろす。

 ルシアナが丁度良いタイミングで紅茶を運んできてくれた。
 テーブルの上に上品な所作で紅茶と茶器をセットすると、ルシアナは私の背後へと控えた。
 王都にある公爵家から、魔道学園までは馬車で片道十数分。朝から準備をしてやっとたどり着いたと思ったら、クロヴィス様に謎の絡まれ方をしている私は、ようやく人心地ついて、ルシアナの入れてくれた香りのよい紅茶に口をつけた。

 クロヴィス様はじっと紅茶を見ていた。
 湯気がたっているので飲めないのだろう。クロヴィス様はかなりの猫舌である。
 耳と尻尾の雰囲気はイヌ科なのに、猫舌。矛盾を感じる。

「……それで、クロヴィス様。先程からの妄言について整理しますと、……私が学園に入学すると、どういうわけか、クロヴィス様に番、とやらが現れて、その上どういうわけか私は見も知らない良い男とやらと恋愛関係に陥り、クロヴィス様は捨てられる、ということですが」

「そうなんだ、リラ。……俺は、リラに捨てられたくない」

 クロヴィス様は、ごく真面目な表情で言った。
 元々の見栄えが良いので、凛々しい表情を浮かべると途端に雄々しさが増した。

 子供のころは背丈も同じぐらいだったのに、随分と大きく成長したものである。
 テーブルの上で組まれた手などは、私の倍ぐらいはありそうだ。

 私はどちらかといえば小柄なので、そのせいかもしれないけれど。

「捨てませんけど」

「分からないだろう。俺は番の女性に心を奪われて、リラに冷たく当たるんだぞ……!」

「現れたんですか?」

「現われてはいないが」

「来年の事を心配すると鬼に笑われますよ」

「来年じゃない。今年かもしれないだろう」

 私はテーブルを指先でとんとん叩いた。
 少々はしたない仕草ではあるが、クロヴィス様があまりにも意固地なので、苛々してきた。

「……なんでまた、そうなると思ったんです」

 仕方ない、そうなることを前提で話を聞いてあげよう。
 そうじゃないと、話が終わりそうにない。

「……実を言えば、昨今ではそのような出来事が、他国で流行っているんだ」

「そんな愚かな出来事が流行ってたまるもんですか」

「いや、本当なんだ。母上が数日前に、それはもう神妙な面持ちで俺に教えてくれたから、間違いない」

「ヴィヴィアナ様が?」

 ヴィヴィアナ・ラシアン様は、クロヴィス様の母上であり、王妃様である。
 お父上であるローランド・ラシアン様は、私の母リリーナ・ネメシアの兄で耳も尻尾もない人族だ。
 それなので、クロヴィス様の色濃い半獣族の血統は、お母様であるヴィヴィアナ様から受け継がれている。

 白いふさふさの耳と尻尾をもった、若々しくも妖艶な、美しい方だと記憶している。
 城に遊びに行くと、時々ふさふさで大きな尻尾に私を乗せて遊んでくれた。優しい人である。

「母が言うには、……他国では、俺のような婚約者のいる王子が、婚約者と共に学園に通い始めると、運命の人とやらが現れて浮気をし、婚約破棄をすることが流行っているらしい」

「そんな愚かな事が流行ったら国が滅びますよ。ヴィヴィアナ様はそういった表題の観劇などをされたのではないのですか?」

「そこまでは俺も知らないが、他国との交流……、所謂、苦労をしている王妃の会で、そのような話を耳にしたと」

「苦労をしている王妃の会」

 クロヴィス様の言葉を私は繰り返した。
 国王様方の胃がしくしく痛みそうな名前の会だ。そんな名前の会があることを私は知らなかった。
 私もじきにクロヴィス様と結婚して王妃になった場合、入会しなければいけないのかしら。
 
 他国との交流は大切なので、拒否している場合ではないのだろうけれど、如何せん名前が酷い。

「あぁ。あなたは大丈夫なのかと心配してくるので、……俺はこのところ……、リラがあまりにも女性らしく可愛らしくなりすぎてしまったせいで、まともに言葉を交わせなくなってしまった我が身を振り返った。既に嫌われているんじゃないか、と」

「まぁ。お嬢様は殿下が素っ気ないとぼやいていましたけれど、そのような理由があったのですね!」

「ルシアナ、余計な事を言わないで」

 そんな風にぼやいていたのは、かなり前の話だ。
 仲良しだったロヴィが素っ気なくなってしまったのを、多少は寂しく思っていた私はもういない。
 もう今は、そんなものよね、と割り切っているのだから。

「リラ……!」

 クロヴィス様が期待に満ちた眼差しでこちらを見てくるので、紅茶を顔面にかけてやりたくなった。

「その嬉しそうな顔をやめて。……話は大体わかったわ。それで、心配になったわけですね。妄想も良いところですが、理解はできました」

「そうだ。俺の運命の女性とは、きっと、番のことだろう。リラと共に学園に通うと、俺に番が現れるんだ。俺は婚約破棄などしたくない。捨てられるのは嫌なんだ。……俺はリラが好きだ。昔からずっと」

「……まぁ、幼馴染ですし、従妹ですし」

「そうじゃない。女性として、愛してる」

 真剣なまなざしで、声で、クロヴィス様が言う。
 私は動揺を隠すために、紅茶を飲もうとカップを持ち上げた。
 それはもう手が震えて、上手く飲めなかったので諦めた。
 なんで学園生活第一日目も始まっていないのに、婚約者に愛を囁かれなきゃいけないのよ。
 私は学園生活を満喫しにきたのであって、クロヴィス様と愛を育みにきたわけじゃないのよ。
 

しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

処理中です...